165話
「うわっ、誰だよ!?」
急に見知らぬ少女が抱き付いてきた。
隣でゴミを拾っていたフクが威嚇しながら剥がそうとする。ラムは、またかという顔で見て、すぐにゴミ拾いに戻った。
「俺だよ俺、賢輔」
「はぁ? 賢輔だぁ? 俺の知ってる賢輔は女の子じゃありません」
「ほらよ」
目の前で少女は姿を変えた。
死んだとか、敵側に付いたとかで長らく行方不明の弟、賢輔がそこにいる。死人には見えないんだが。
「いやぁ、俺って魔王なんだってさ。暇なんで逃げて来たんだけど、悪役になるつもりはないから仲間に入れてよ」
は? 何言ってんだこいつ。
「お前が魔王だって? 何を根拠に」
「タイムスリップして未来を見てきた。そこに生き残っていたナターシャから聞いたんだよ。兄ちゃんは俺から倒されるらしいぞ」
「ご主人様、弱いニャ……」
うっさい、フク。俺は只の飲ん兵衛だぞ。武器を持って戦っても雑魚でしかないだろう。
それから弟と色々話したんだけど、元リリィの異世界生命体はマモルとかいう中年男性に乗り移っているみたいだ。
「それで、お前は急に豹変したりしないんだろうな」
「大丈夫じゃね? 未来じゃ勇者扱いされたし」
「で、奴らはいつ仕掛けてくるんだ?」
「それがよく分からないんだよねぇ。城を破壊しようとして失敗した後は特に何もしてないし」
「こっちは準備万端でいるんだけどな。まぁ、飲めや」
樽に少しだけ残ったアンバーホワイトをジョッキに注いで弟に渡す。
「酒なんて久しぶりだよ。奴らは必要な時以外は酒を飲まないんだよ。」
酒を飲まないなんて、つまらない生き物達だな。文化が違うって事か。
「そういや、行ってきた未来にはキンミャーしか酒がなかったなぁ。ビールはどうしたんだろうな」
「ビールがないのにキンミャーはあるのか。薬としても流通しているからかもしれないけど、またもや寂れるアンバーって……」
「ムツって名まえに変わってたけどな。それはいいとして、もう、こっちから攻めたらどうよ。奴らの本拠地はここの真裏だけど、転移魔法で行けないことはないだろ?」
この話は王様達にもしらせなければならないし、魔王がいないのなら排除は思ったより簡単かもしれない。
「取り敢えず家に帰るか」
まだ昼前だし。お腹も空いた。
「あ、リリィ」
「初めまして、賢輔さん」
覚えられていないのがショックだったのか、弟は肩を落として歩いていた。
「上手い具合に逃げてくれた様だな。これで敵の真ん中では爆弾を爆発させられる。クックックッ」
それに、何重にも保険をかけてある。失敗は許されない。
我々にとってこの世界は手に入れなければならないものなのだ。肉体を失って、精神だけの存在となってすぐに、宇宙そのものが終焉を迎えるのが判明した。
広大な宇宙にポツンと存在していた我々は、生き残りをかけて直ぐ様行動に移った。そして、パラレルワールドに移動する手段を得たのだった。
それに精神を乗っ取れば、また肉体のある生活に戻れる。この世界の人の数は、丁度我々と同じ数だ。魔王が発動すれば、全てが一瞬で終わる。それまではしばし我慢だ。
「神殺しを準備せよ」