164話
ムツの街は予想したよりも大きく、色々チェックされて中に入るにはお金も必要なのだった。持っててよかった銀貨ちゃん。
「さて、元の世界に戻るにはどうしたらいいんだろうな」
独り言も言いたくなるよね。全く何をやったらいいのか分からないんだもんなぁ。
教会とかどうなんだろうな。相談にのってくれるか……微妙な気もするけど行ってみるか。
教会がない。
て、事は……宗教がない?
「どんな世界なんだよ。てか、神様って存在も知らないのかいないのか」
とにかく情報がないことにはこの世界で生きて行けない。情報と言えば定番は酒場だな。酒場、酒場……どこだろう。
「すみません、これ下さい」
八百屋でリンゴみたいな果物を買うついでに、酒場の場所を聞いてみた。
「この裏手に、酒場街が。はい、ありがとうございました」
店の横から裏手に出てみれば、夕方なので既に飲み始めている人達が店先にいたりする。自然に立ち飲みになっているのがいいね。
少し通りを歩いてみて良さ気な店に入ってみると、そこの焼台には見た事のあるエルフが立っていた。
「ナターシャ?」
「はい? お嬢さん、初めて見る顔だけど私の事知ってるの?」
「ま、まぁね。ところでイシカワさんはいないの?」
「これまた懐かしい名前だねぇ。旦那はとっくの昔に亡くなってしまったよ。普通の人族だったからね」
て、事は、ここは?
「あの……? ここはアンバーなんですか?」
「そうだよ、旧アンバーで今はムツって言うんだ。国も変わったしね……魔王との戦いで何もかも変わってしまったんだよ。まぁ、お嬢さんくらい若い人はもう知らないと思うけどね。昔話さ」
「ははは、異世界じゃなかったんだ……タイムスリップかよ」
「で、飲んでくかい? 今はこれがメインだよ」
小さめのグラスに注いでくれたのは透明な酒だった。彼女はそれに黄金色の液体を少し垂らした。
「これは?」
「キンミャーの梅割りだよ。もつ焼き屋の定番だろ? ちなみにうちは杯数制限はないからね」
よく見たらこのカウンターって兄ちゃんの店だ。
もう、ナターシャ以外は誰もいなくなってしまったのか。
そもそも、魔王って何だ? 兄ちゃんはそんなものと戦ったのか? いや、待てよ。敵対していたのはマモル達だし、その仲間の俺か。
まさかな……。
「いただきます……」
キンミャー焼酎の梅割りは空きっ腹に効くねぇ。
「ところで、ケンジはどうなった?」
「何だい、ケンジの事も知ってんかい。あの人は魔王と戦って刺し違えたよ。だからまだこの店もやっていけてるんだ。知ってたかい? 魔王はケンジの弟さんだったんだよ」
「え!?」
「ケンジには感謝しなくちゃねぇ。結局、元の世界も巻き込まれて消滅しちゃったって話だし」
「はぁっ?」
「もう昔の話さ。さぁ、この辺じゃ猪もいなくなったから焼き鳥だけど食べていってよ。ふふ、このタレだけは守れたんだよね。秘伝のタレだから、自身があるんだ」
その焼き鳥を頬張ると口の中に鶏の脂がジュワッとほとばしる。肉は噛みごたえがあるから、いわゆる地鶏ってやつだな。それにタレが美味い。何度も付けては焼いているから、鶏の旨味が混ざり込んでいるんだな。イシカワさんの味は引き継がれている。
しかし、この未来が望まれているなんて事はないよな。
とにかく元の時間に戻らねばならない。これでハッキリした。俺が魔王なんだ。あのマモルに取り憑いている奴とその仲間を撃退しないと。
「ナターシャ、この店は昔のままなのかい」
そう、確か裏手に転移魔法陣があったはずだ。
「ゴミだらけだな……」
くじら肉祭りも終わり、翌日、店の皆で通りの掃除をしている。店をやっている人達も協力してくれていて、一箇所に集めてはサラの火魔法で焼却している。
「サラもタフだねぇ、あんなに踊りながら歌っててさ」
「若いですから!」
それを言われちゃうとオジサンはツライよ。年齢だけはどうしようもないからね。
「さて、今度はいつの時代だ」
「キャッ」
「ん? リリィ、リリィじゃないか! あ、もうあのリリィじゃないんだな」
「ビックリしたぁ。初めて見る顔だけど、魔法陣から出てきたって事は日本から来たの?」
姿を変えたままでよかったな。
「ん、まぁね。ケンジはいる?」
「外で掃除してるけど、呼んでこようか?」
よし! ようやくケンジのいる時代に来れたな。これならさほどの時差も関係なさそうだ。戦争をしてる気配がしないし。
「いや、いいよ」
店内を通り表に出ると、ケンジ達がゴミ拾いをしていた。
俺は茶目っ気たっぷりに抱き付いてやった。
「お兄ちゃん!」