157話
「いつの間にか自分の事を俺って言う様になったのね」
「いいカッコしいだったんだよ。お前がやきとん屋で隣に座った時からな」
単に素の自分を出したかったからだよ。これから魔王との戦いもあるしね。
しかし、日本でサラリーマンをやっていた俺が、猫好きの俺が何でまた魔王と戦うんだろうねぇ。
「でも、トカゲのおっさんでしょ。プッ……」
「あれはないよなー。チコリは喜んでたけどさー」
しかし、アリスの世界では魔王が賢輔らしいし、いや? 弟みたいだけど別人として考えなきゃダメなのか。
シリアスはゴメンだね。ゆっくりとビールでも飲みたいよ。
「そういえばくじらのおでんは食べた?」
「まだだけど、どうかした?」
「日本の耕ちゃんのくじらのおでんは最高だったでしょ? ここのくじらのおでんは更に上をいくのよ! 脂の旨さも、肉の旨さも」
「あの恵方巻きがそんなにか。確かに赤身の刺身は肉の味が濃かったからなぁ。肉以外の部分が更に美味しいとなると……口開け後の店内はどうなってしまうのか………」
猫ちゃんずのバニラにチョコ、モカとラッテ、ミルクの報告によると、口開け前のお客さんの列は約三百メートルで六百人くらいになっているようで……。
「あー、チョコに頼んでいいかな。列を二列にして長さを縮めて欲しいんだけど」
「アイアイサーなのニャ!」
どこで言葉を覚えてくるんだろうね。
チョコはちょこちょこっと猫ちゃんずを連れて、列の形成に動いてくれた。
仮設ステージでは、既にサラのライブが始まっていた。
チコリが歌に合わせて踊っている。小さいのに才能の宝庫だ。ん? チコリってば、ルナを無理矢理ステージに上げたな。で、嫌がるルナを見てジョッキを掲げるバッカス。
店内は猪串とくじら串の仕込みも終わり、くじらのモツを使った煮込みもクツクツと音を立てていい香りを漂わせている。
「耕ちゃん、お疲れ様です。休みなのに疲れたでしょう」
「ははは、それが凄く楽しいんだよね。そうだ……胃の中の物を渡しておくよ。何だか色々入ってたぞ」
ダンボール箱の中には細々とした物が沢山入っていた。
一見、何に使うのか分からないような物が多いけど、装飾品や武器、防具等は劣化せずにそのままなので売れそうだ。
「ビームセイバーだ」
これは弟が持っていた物だ。それが何故クジラの胃の中に入っていたんだ。
パラレルワールドの弟も作っていたのかな。
「ところで、くじらの肉を少しもらえないかな。あっちでもこっそり出してみようと思うんだけど」
「勿論、肉もモツも持っていってよ。あまりの美味しさに皆ビックリするだろうね」
「早目だけどそろそろ口開けしますか」
余りに並び過ぎているので、口開けを一時間早める事にする。
暖簾を出すと客達はワッと歓声を上げた。
仮設ステージのライブも最高潮で、会場では魔汁キンミャー焼酎を割物で割った酒を提供している。
これが飲みやすく、提供しているリリィとだんごも濃く作るものだから、跳んでるファン達はどんどん酔っていく。
側ではオハラさんの出店が焼きそばを売っていて大盛況だ。海老の串焼きも出しているけど、どこから仕入れたんだろう。
「クジラを仕入れたんだって? この世界のをクジラはまだ食べた事がないから楽しみだよ」
「なら、今すぐ食べてきて下さい。早くしないとなくなりそうな勢いでお客さんが来てますから」
「なら、早く行くニャ!」
ベニちゃんもクジラには興味津々らしい。
オハラさんの腕を取ってグングン引っ張っていく。
「ふふ、ベニちゃんとこも仲良しでいいね」
そこへ瞳子がやって来た。
「ねぇ、ケンジさん。実はクジラの他にこんなのもらったんだけど」
見せてもらったのは壊れたXPERICA
「俺のと同じ機種だな……」
そうだ、SDカード。
探して取り出し、自分のと入れ替えて中身を見てみる。
そこには知らない人の写真が多く写っていた。動画ファイルもあったので再生してみる。
「ケンジ……助けに来て……」
そこには母ちゃんが助けを求める姿があった。