153話
「葉山アリス?」
「あの、日本ていう国は分かりますか?」
「分かるよ、僕が生まれた国だ。ここには日本人も何人かいるからな」
そういった途端、葉山アリスと名乗った少女は泣き出してしまった。
一斉に悪者を見るような目になる野次馬達。
「あ、あのね、僕が泣かせたみたいになってるから……」
僕はアリスを引き寄せて背中をポンポンと叩いた。
アリスは僕の顔をじーっと見つめる。
「お父さんッ!」
アリスは何を思ったのか僕を父呼ばわりしてきた。
フクがジト目で「いつの間に……」って呟いてるし。子供なんて作ってませんよ。
「お父さん、何だか若くなったけど、助けに来てくれたのね。ありがとう」
実際、クジラの中から出てきたヌルヌルの少女に抱き付かれて、お父さん呼ばわりされているこの状況。フクは威嚇しているし、ラムは汚いモノを見る目で怖いし……どうしたらいいのか分かりません。
耕ちゃんは黙々とクジラを捌いているのが、急にシュールになってきています。
「お父さんて言われても、君の事は知らないんだけど」
「あれ? おでこの傷がない……」
おでこの傷? 思わず触ってみたが、おでこに傷を負った事はない。
「すみません、勘違いしたみたいです。余りに父に似てたので」
「へ、へぇ、そうなんだ。ところで、君も葉山っていう名字なんだね。偶然、僕も葉山なんだけどね」
「えっ?」
「えーと、僕は葉山賢司っていうんだけど」
「やっぱり、お父さんだ!」
また抱き付かれた。
「お父さんも葉山賢司だもん! あれ?お母さんは?」
「お母さんさんて誰の事かな? 僕はまだ独身なんだけれども」
「お父さん、まだ結婚してないんだ……」
「してないよ、独身のオッサンだよ」
「ここはどこですか? トダ村ですか?」
「アリスさんはトダ村に住んでるのかな? ここは近くのアンバーだよ」
「アンバー? 魔王に滅ぼされた街、アンバーですか?」
「ケンジさん、クジラの中にこんなのがあったんだけど」
耕ちゃんが黒い一升瓶を手渡してきた。どうやら未開封の酒みたいだが。
「それはうちで造っている日本酒です! よかったぁ、割れずに残ってた」
「どれどれ……魔王? 純米大吟醸 魔王」
「アンバーが魔王に滅ぼされて、それでも魔王に立ち向かった勇者を讃えて、あえて『魔王』と付けたそうです。酒なら魔王だろ、ハッハッハって、お父さんが言ってました。貴方はお父さんだけど、若くてまだ結婚してない……」
「ケンジさん、その子はもしかしたらタイムスリップしたんじゃないかな」
急に耕ちゃん、どうした。
……あー、耕ちゃんがの愛車、デロリアンだったっけ! そういや、タイムスリップ物大好きさんだったっけか。
「魔王とはまだ戦っていないし、アンバーは平和そのもの……僕も独身。だけど、君は僕をお父さんと呼ぶんだね。耕ちゃんの言う通りに未来からやって来たのかな?」
アリスをよく見ると、鼻筋や目の形が似ている……アイリスに凄く似ている……。
「アイリスはもう帰った?」
「え? お母さんもいるの?」
ぐはー、確定ですやんか。って、フクさん、珍しくポカポカ攻撃してくるし。女の子達がなんか苛立ってるし。
「アイリスと僕が結婚して、君が生まれるの、か」
「でも、生んでくれたお母さんはアイリス母さんですけど、お母さんは沢山いますよ? あれ?お母さん、全員集合ですか?」
「ちょっと待つニャ! ご主人様と結婚するのはフクなのニャ! アイリスなんて眼中にないのニャ!」
フクはアイリスとの間に入り込もうとしてくる。
「フク?」
「何ニャ? 何か文句があるのかニャ!」
「フクお母さん!」
「抱き付くのはやめるニャ……お前なんか知らないのニャ……」
「もしかして、フクとも結婚してるのか」
耕ちゃんがクジラを捌き終わる頃には、アリスを娘と認める事になっていました。
更に、現在は独身なのに、まるで夫婦の様に接する女性陣。未来は変えられるものってのを少しは踏まえて欲しいんですけどね。
「ケンジさんもこの際、結婚しちゃったらいいのに」
耕ちゃんも簡単に言わない。皆がすぐその気になりますから。