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魔汁キンミャー焼酎を異世界で  作者: 水野しん
第十章 魔王という名の
152/230

152話

「クジラの子供が一頭丸ごとかぁ」


 チンクエチェント(フィアット500)と同じくらいのクジラを、どうやって屋根に載せたのか。瞳子の答えは『ムキムキのお兄さんがいとも簡単に載せてくれた』だった。筋肉の問題かぁ? ちょっと納得がいかない僕なのだった。


「ほえぇ、クジラは初めて見ましたニャ」


 バニラが肩まで登ってきて、眺めながら言う。

 猫集会では何回かクジラの話題が出たみたいで、いつか狩るんだと夢見ているらしかった。なので、猫ちゃんずの面々は興奮して、瞳子さんに尊敬の眼差しを向けていた。


「アタシはもらってきただけだってー」


 それでも瞳子さんはどこかしら誇らしげだ。


「あ、耕ちゃん。タイミング良過ぎ」


 日本の店が休みの時に手伝ってもらっている耕ちゃん。

 彼は店のウリとして、本マグロとクジラを安価で出しているのだ。形は違えどクジラなのだから、プロに頼んで解体、調理を頼みたい。


「へぇ、この世界のクジラは変な形なんだね。ヒレもないから、部位的にも偏りがあるのかな」


 サラに重力軽減の魔法をかけてもらい、僕に耕ちゃん、マイヤーズさんと、お向かいのオハラさんでクジラを持ち上げて、店頭に並べた板の上に置く。


「口はこれか……やはり生き物なんだな。空を飛べるのはドラゴンと一緒か」


 マイヤーズさんがクジラ観察を始めた。何でも、親戚にクジラを追いかけて身上(しんしょう)を潰してしまった人がいたそうで、禁句にされた物が珍しくて仕方がないみたいです。


 魔法で空を飛ぶので加速も科学を無視します。

 ドラゴンが最強と言われるのも、その機動力があるからなのですが、クジラの場合は大人しい生き物なので、逃げに重きを置いています。その加速はまるでワープの如く一瞬で消える様にいなくなるので、こうして肉が解体されるのは本当に奇跡なのでした。いくらお金があっても口にできない代物がここに。しかも大量に


「これ、食べると精力剤になると言われているんですよ」


 街の人達に食べさせたら……ベビーラッシュになってしまうんじゃないの?


「フク、悪いんだけど宿まで行って、王様達を呼んできてくれる?」


 人だかりが凄くなってきたので助っ人を呼ばないと。

 王様達なら上手くさばいてくれるでしょ。


「はいニャ」


 フクはオリンピックに出たら金メダルだよなぁ。あっという間に背中が見えなくなった。


 とりあえずマイヤーズさんと二人で野次馬を整理する。

 アンバーの人達はワイバーンからドラゴン、そしてクジラと稀有な生き物を目の当たりにできている、凄く運のいい人達である。


「とりあえず包丁を入れてみたけど、凄くいい赤身肉なんだね。この一撃が血抜きを完了させているみたい」


 例の加護がある武器による攻撃かな。それによって生で食べる事ができるらしい。


「呼んできたニャ」


「フクがとにかく来いと言うから来てみたが、何とクジラではないか! しかも丸ごと一頭とは……見た者の絵でしか知らないまま、一生口にする事もないと思っていたが…………」


 エルディンガー二世は静かに涙を流していた。


「ノーラとニコルも後から来る。ケンジよ、この者の解体の技も凄いが、クジラを獲ってきたのは一体誰なのだ」


「あ、はい、アタシです」


「そうか、お主か。肉を献上してくれたら、褒美をとらす………食べてもいいかの?」


「こんなに大きいんですもん、皆で食べましょうよ」


「そ、そうか!そう言ってくれるか! お主は不思議な乗り物を持っていたな。国内の街の出入りを自由にしよう」


「んー? それって嬉しがった方がいい?」


 こっちを見てくる瞳子。


「街の出入りってのは、基本、本人確認があるから時間がかかるんだよね」


「なら、今度、旅行でもしようかなぁ」


 瞳子さんはこの世界に馴染み過ぎて怖い。既にピューリッツァー賞はどうでも良くなった感がある。


「おーい、ケンジさーん!」


 ん?

 耕ちゃんが呼んでいる。


「胃の中に人がいるんだけど……」


 捌かれた内蔵から、可愛らしい顔が覗いている。


「息があるぞ!」


 僕は急いで胃から出し、粘液を拭き取った。

 これまた高校生くらいの少女だが、服は消化されたのかボロボロで原型をとどめていない。


「ん……うーん………」


「おい!大丈夫か!」


「……ここは?」


「ここはアンバーって街だ。君は?」


「葉山アリスです」

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