152話
「クジラの子供が一頭丸ごとかぁ」
チンクエチェントと同じくらいのクジラを、どうやって屋根に載せたのか。瞳子の答えは『ムキムキのお兄さんがいとも簡単に載せてくれた』だった。筋肉の問題かぁ? ちょっと納得がいかない僕なのだった。
「ほえぇ、クジラは初めて見ましたニャ」
バニラが肩まで登ってきて、眺めながら言う。
猫集会では何回かクジラの話題が出たみたいで、いつか狩るんだと夢見ているらしかった。なので、猫ちゃんずの面々は興奮して、瞳子さんに尊敬の眼差しを向けていた。
「アタシはもらってきただけだってー」
それでも瞳子さんはどこかしら誇らしげだ。
「あ、耕ちゃん。タイミング良過ぎ」
日本の店が休みの時に手伝ってもらっている耕ちゃん。
彼は店のウリとして、本マグロとクジラを安価で出しているのだ。形は違えどクジラなのだから、プロに頼んで解体、調理を頼みたい。
「へぇ、この世界のクジラは変な形なんだね。ヒレもないから、部位的にも偏りがあるのかな」
サラに重力軽減の魔法をかけてもらい、僕に耕ちゃん、マイヤーズさんと、お向かいのオハラさんでクジラを持ち上げて、店頭に並べた板の上に置く。
「口はこれか……やはり生き物なんだな。空を飛べるのはドラゴンと一緒か」
マイヤーズさんがクジラ観察を始めた。何でも、親戚にクジラを追いかけて身上を潰してしまった人がいたそうで、禁句にされた物が珍しくて仕方がないみたいです。
魔法で空を飛ぶので加速も科学を無視します。
ドラゴンが最強と言われるのも、その機動力があるからなのですが、クジラの場合は大人しい生き物なので、逃げに重きを置いています。その加速はまるでワープの如く一瞬で消える様にいなくなるので、こうして肉が解体されるのは本当に奇跡なのでした。いくらお金があっても口にできない代物がここに。しかも大量に
「これ、食べると精力剤になると言われているんですよ」
街の人達に食べさせたら……ベビーラッシュになってしまうんじゃないの?
「フク、悪いんだけど宿まで行って、王様達を呼んできてくれる?」
人だかりが凄くなってきたので助っ人を呼ばないと。
王様達なら上手くさばいてくれるでしょ。
「はいニャ」
フクはオリンピックに出たら金メダルだよなぁ。あっという間に背中が見えなくなった。
とりあえずマイヤーズさんと二人で野次馬を整理する。
アンバーの人達はワイバーンからドラゴン、そしてクジラと稀有な生き物を目の当たりにできている、凄く運のいい人達である。
「とりあえず包丁を入れてみたけど、凄くいい赤身肉なんだね。この一撃が血抜きを完了させているみたい」
例の加護がある武器による攻撃かな。それによって生で食べる事ができるらしい。
「呼んできたニャ」
「フクがとにかく来いと言うから来てみたが、何とクジラではないか! しかも丸ごと一頭とは……見た者の絵でしか知らないまま、一生口にする事もないと思っていたが…………」
エルディンガー二世は静かに涙を流していた。
「ノーラとニコルも後から来る。ケンジよ、この者の解体の技も凄いが、クジラを獲ってきたのは一体誰なのだ」
「あ、はい、アタシです」
「そうか、お主か。肉を献上してくれたら、褒美をとらす………食べてもいいかの?」
「こんなに大きいんですもん、皆で食べましょうよ」
「そ、そうか!そう言ってくれるか! お主は不思議な乗り物を持っていたな。国内の街の出入りを自由にしよう」
「んー? それって嬉しがった方がいい?」
こっちを見てくる瞳子。
「街の出入りってのは、基本、本人確認があるから時間がかかるんだよね」
「なら、今度、旅行でもしようかなぁ」
瞳子さんはこの世界に馴染み過ぎて怖い。既にピューリッツァー賞はどうでも良くなった感がある。
「おーい、ケンジさーん!」
ん?
耕ちゃんが呼んでいる。
「胃の中に人がいるんだけど……」
捌かれた内蔵から、可愛らしい顔が覗いている。
「息があるぞ!」
僕は急いで胃から出し、粘液を拭き取った。
これまた高校生くらいの少女だが、服は消化されたのかボロボロで原型をとどめていない。
「ん……うーん………」
「おい!大丈夫か!」
「……ここは?」
「ここはアンバーって街だ。君は?」
「葉山アリスです」




