151話
ん?
んん?
「うわっ、今何時だ」
スマホを出して確認すると十六時。
「ヤバい! フク、起きてって、あれ?」
居間には熟睡中のエリックと僕しかいなかった。
テーブルの上に書き置きがある。
『フクよりご主人様へ 起きなかったので先に行ってますニャ』
あちゃー、やってしまいましたな。
急いで立ち飲みチコリへ向かう。エリックはこのままで大丈夫だろう。
「ごめん、ごめん。仕込みは……終わってるか。こんな時間だしそうだよな。ん、どうかしたの?」
仕込みを終えて、後は口開けまでにゆっくりしていればいいのに。何か皆、静かに興奮しているような。
見ると、各々が手に本を持って読み耽っている。
「ダンジョンのレアアイテム……」
相談しようとして先送りにしていたけど、王様まで何かを読んでいるし。
「皆さん、そのレアアイテムはどうしたのかなぁ?」
「店に置いてあったんですけど……皆さん、手に取った瞬間夢中になってしまって。これがトダ村ダンジョンのレアアイテムなんですか? 日本の本ですよね」
サラは日本で働いていたから本も知っているだろうし、至って冷静だ。
猫ちゃんずは絵本を食い入る様に読んでいるし、フクは魚類図鑑を見ながらヨダレを垂らしている。
リリィは初々しいもので、ファッション誌の男性アイドルの上半身裸グラビアに興奮している。
「もしかすると、トダ村ダンジョンは関係ないのかも」
あそこのは基本的にエロいのばかりだったし。
「そうなんですか? でも、レアアイテムなのは確かですよ。こっちにはこんな雑誌や本はありませんから」
「悪い影響が出ないといいけどな」
「ケンジさん、この本は借りていってもいいのでしょうか?」
余程気に入ったんだなぁ。
「欲しければ持っていっていいよ」
「本当ですか!」
リリィはファッション誌を抱き締めた。そんなに嬉しいんか。
「リリィさん、男性アイドルは魔物ですよ……男性の理想が高くなり過ぎて、実生活に影響が出るかもしれません。心してはまって下さいね」
どうやら、アニソンカラオケバーの先輩が男性アイドルにはまっていてヤバかったらしい。てか、あそこに三十過ぎの店員がいた事が驚きなんだけど。
「買い出しに行ってきたわよー」
瞳子さんが来た。相変わらずいい音をさせてるなぁ。
「お疲れ様です。どうでしたか、イエロスの街は」
ここアンバーから南へ馬車で十二時間かけて行くと、イエロスという街があり、すぐ側には湖がある、とセシルに聞いていた瞳子さんは、変身会議の後、チンクエチェントで魚介類を買い出しに行ってくれたのだった。
「そうね、湖といっても汽水湖だったわ。海の入り口からグルッと回って、イエロスまでは馬車で一日もかかるんだって。まぁ、チンクエチェントなら小一時間だけどね」
「て、事は」
「じゃーん! 海のお魚を仕入れてきましたー!」
うほっ!
鯛にスズキ、サバ、カレイ、シジミ、エビ、ホタテ……凄い!
「活け締めしてある……」
「んー、なんかね、ダイゴロウとか言う伝説の漁師の教えなんだって」
「叔父さん、何やってんだ」
「あとねー、これ」
瞳子さんが出してきたのは肉の塊だった。
「これは?」
「なんと、この世界にもクジラはいるんだって。湖関係なしに空を飛んでいるんだけど。たまたま帰る途中で虫歯に苦しむ猟師に会ってね、ほらこれ」
ロキソニンの箱だ。
「飲ませてあげたらお礼にこれをって、くれたのよ。切り別ける時に加護付きのナイフで捌くから、生でも大丈夫なんだって」
「それは、まぼろしの食材、くじら肉じゃないですか!」
ナターシャが急に食い付いた。
何でも、クジラは連携した手練の猟師でないと狩れないそうで、人の気配を察知してなかなか見る事すらできない生き物らしい。恵方巻きみたいな感じだが。
「ナターシャは食べた事があるの?」
「いえ、見たのも初めてです。瞳子さんは運がいいですね。クジラはその希少価値から、普通は王族しか口にできないような物なのです」
「あら、アタシも運が向いてきたのかしら。ケンジさん、指輪ちょーだい?」
「だーめ」
「ちぇっ、アタシも変身したいなー。変身できたらハリウッドでデビューとか!」
ピューリッツァー賞はどうしたんだよ。
「くじら肉はその塊だけ?」
「ん? まだ沢山あるよー。過積載気味でもサスペンションに問題はないし、燃費もほら、関係なくなったし」
外に出て車を見ると、屋根の上に車と同じくらいの大きさの恵方巻きが載っていた。ロープでぐるぐるにされてるけど、傷の付かない車になったからできる事だよなぁ、これ。
「これね、子供なんだって」
「い、一頭丸ごと……」
ナターシャは卒倒してしまった。
猫ちゃんずがササッと出てきて店内へ連れて行く。
「これ、売ったら凄い事になるんじゃないのか」
45話まで改定作業を終えました。