140話
蛮杯屋はあっという間に各地区に店をオープンさせた。
酒もつまみも、安価にサクッと楽しめる事から冒険者に大人気になったのだ。口開け時間が昼からなので、うちとは客層があまり被らずに棲み分け出来ている…はず。あっちは店員も男が多いし、うちは猫が多いから猫好きも集まるのよね。
しかし、全部で五店舗って凄いな。人口も増えつつあるらしいから成り立ってるんだと思うけど。
「そういや北のサルマー帝国で謎のクシャミが流行しているそうだ。酷くなると涙は出るわ鼻水は出るわで仕事もできなくなるみたいだな」
「それって風邪じゃないのか?」
「薬や魔法治療も効かないそうだ。危険だから今は行かないほうがいいな」
「怖い怖い、怖いから飲むしかないな。ミルクちゃん、アンバーエール一つね」
「はいニャ!」
客達の話題は情報になるが、これって花粉症なんじゃないの?魔法で治らないってのは分からないけど。
弟を巻き込んでいる奴らの仕業じゃないだろうな。そこだけは気にしていないといけないな。
「瞳子さんもノリノリでメイド服着てるなぁ。ジョッキを運ぶ手つきは危なかっしいけど」
「アニソン好きなのを白状させました!」
サラが仲間ができたと嬉しそうにしていた。近い内にライブデビューさせられちゃうのかな……年齢的にキッツいけどね。
「あ、だんごが帰ってきた」
「仕込みを手伝えなくてすまないニャ。ところで、ケンジさんの母上のお店の向かいに立ち飲み屋ができてたニャよ……確か、ワイン樽って名前のお店だったニャ」
何と、またもや立ち飲み屋がオープンしたのか。ライバル店が多くなると、また色々考えなくちゃいけないよなぁ。まさか、この状況も奴らの……いやいやいや、疑心暗鬼になっちゃいけないよな。新エールやビール、日本酒の事が広まってきたのと、トダ村のダンジョン出現でアンバーが注目されてるんだな。
「この猪のあたりめって酒に合うよな」
今日からメニューに載せている『猪のあたりめ』は好評を頂いている。
猪肉に香辛料や塩で味付けして、半分ほど乾燥させたら完成なんだけど、これがビールやポッピーに合う!ちなみに考案者は、仕込みをナターシャとラブラブで手伝ってくれたやきとん屋さんの大将です。
店が休みの時に手伝いに来てくれている耕ちゃんは、この世界にいる鯨をおでんダネにしようと躍起になっています。何でも空中を泳ぐんだそうで、姿形は寿司の太巻きみたいな感じだとか……何それ、生き物なの?
「今日も王様は来てくれてるね」
「最近はハイボールを好きで飲んでるみたいだニャ」
ミルクが言う。
「そんな酒に逃げてんじゃねぇ!って女の人に怒られてましたニャ」
モカが言う。
「うちのハイボールはかなり濃いんだぞ。そんな酒って言われる筋合いはないんだけど。誰よそれ」
「エルフの女の人かニャ……さっき、店先でナターシャを見かけて入ってきたのニャ」
フクが身振り手振り付きで教えてくれた。エルフは同族意識が強そうだしね。
どれ、どんな人なのか興味が湧いてきたから見てこよう。ん?チコリも一緒に行く?
結局、チコリにちくわとささみもついて来た。
フライヤーのある改装した方に王様はいた。
そして、フクの言っていたエルフの女性に絡まれていた。
「ハイ、写真は撮らない」
瞳子さんのスマホの前に出てさえぎる。
「ええー、少しくらい取材させてよー」
「下世話な記事でも書きたいんだったらアレですが、瞳子さんはピューリッツァー賞を狙ってるんでしょ」
「むむー」
アニソンが好きなだけあって、アニメキャラっぽい仕草もできるようだ。これはまだ秘密を持ってやがるな。後で検索してみるか。
「初日なんで疲れたでしょ?瞳子さんは少し休憩してきて」
「分かりました……」
おとなしくしてくれたらそれでいい。
「っと、王様、今日も来店ありがとうございます」
「お、おお、ケンジか。ビールも美味いがウイスキーというのも美味いな。炭酸で割るのがまたいい」
「バーカ、男なら日本酒を飲めってんだ。こんなにガツンとくる酒はないぜ?そんな酒に逃げてんじゃねーよ」
「…王様、こちらの方は?」
「今日、初めて会ったんだが、ハイボールは逃げだと言われててな。少し困っておる」
これは少しどころか、かなり困ってますよね。
「んん?アンタは誰だ」
エルフは貧乳とか何なんだって感じにドーンでらっしゃる。
「この店の店員でケンジと申します。あの、こちらのお客様がどなたなのかは…」
「知らねぇよ!知らねぇ! いい男だから一緒に飲んでみたかっただけー。んー?ケンジもなかなかいい男じゃん!隣に来てお酌してよー」
「王様、旧店舗に移動して頂けますか?このお客様は僕が何とかしますから」
「そ、そうか、すまぬな、頼んだぞ」
エルディンガー二世はチコリとちくわとささみに護衛されながら移動した。
「ささ、どうぞどうぞ」
燗酒が好みらしいエルフのお嬢さんにお酌をする。
「ありがと、ありがと」
注いだらすぐにクイッと飲んじゃう。
既に五合は飲んでるみたいだ。
「ここはエルフも働いてるし、酒は美味いし、いい店だな」
「ありがとうございます」
「チュッ」
「お客様!な、ななな、何を!」
思いっ切りキスされた。
「お礼……フフッ」
キス魔ってやつなのかぁ!
一瞬だったんで、周りのお客さん達は気付いてないっぽい。
「あれー?ケンジのそれ、それってこれと同じよねー?」
エルフのお嬢さんは指輪を見せてくるが、僕のしている指輪とデザインが全く一緒だった。
「アイツに気に入られたんだー。そっかー、ここに来るのは決まってたかー……うーん………」
「ちょ、ちょっと、お客さん!」
エルフのお嬢さんは立ったまま、カウンターに突っ伏して寝てしまった。