139話
何か増えてる……。
「ラム、仕込みを大将が手伝っているのも突っ込みたいんだが……日本人の女性が働いているのは何なんだ」
そして、店先に停めてあるフィアット。
「アバルト仕様じゃねぇか……」
ふと口にしたら、その女性がすっ飛んで来て色々説明しだしたし。で、貴女はどなたなんですか?
「鶴田市の支局で新聞記者をやってます!羽田瞳子です!趣味はドライブとお酒です、よろしくお願いいたします!」
「もしかして…僕らを悪者のだーって勘違いしてた方?」
「ま、まぁ、そうなるんですかねぇ……ハハハ………」
誰かについてきちゃったらしく、仕方がないので住む所と仕事を提供したみたいだな。
簡単に行き来出来るのはまだ伏せているみたいだったので、その辺はボカしつつ、人手不足解消にはなってきたかも。
「んで、大将とナターシャのあの空間は何なのよ」
肩を寄せ合って串打ちしてるよ。
ん?どうしたチコリ?
「エルフのオジちゃんから!」
チコリの小さな手から渡されたのはミスリルの指輪だった。この指輪はナターシャにやったものかな。なるほど。
手に取るとオリハルコンの指輪に吸い込まれて消えた。
「こりゃ、バニラ以外にも料理人を育てないといけないな」
「私にとってもライバルが減って良かったのか悪かったのかって感じだわ」
「て事は、僕はエルフの美女にフラレた訳だ。この歳でこんなにも甘酸っぱい経験をするとはね」
話していると、チョコとモカが野菜を買ってきてくれたので仕込みを始めることにした。
「そういやダンジョンから出て以来、だんごは日中何してんだ?今日もいないけど」
「だんごさんはケンジママの店に行ってますニャ」
モカが教えてくれる。
「はて?母ちゃんは何やってんだか」
「だんごさんは私達とも違う世界から来てるでしょ。だから情報交換してるんだと思う」
「腕輪の謎もあるしな」
「腕輪って?」
「ああ、だんごがしている腕輪って、王子も同じのを記憶のないバッカスの時からしていたらしい」
話を聞いた時は流していたんだけど、ちょっかいを出してくる奴らが現れたし、一度調べた方がいいかもしれないな。母ちゃんに大五郎……ニコル辺りに聞くか。
「掃除終わりましたー」
「瞳子さん、ありがとう。口開け前にこっちで造っている酒は一通り試飲して下さいね。味を聞かれて知らないと困りますから」
凄い笑顔でジョッキを持ち出したけど、試飲ですよ?試飲。
「それでは、今日から羽田瞳子さんが働く事になりました。他の皆さんは先輩として、ちょっとした事でも教えてあげて下さい。それじゃ、今日の賄いは鴨の親子丼でーす」
こっちの世界では、何と米が一月で収穫できるのが分かったので、最近の賄いはご飯物が多くなった。
今日は猟師のエミリーとゴーシュが、猪以外に渡り鳥を五羽も持ってきてくれていて、賄いも予想外に豪華になって皆も喜んでいる。
黒板メニューには鴨ロースも載せる予定。甘じょっぱいソースをかけて食べると酒が進みまくるんだよね。
そして口開けの時間となり、店の横に列をつくって待っていたお客さん達が旧店舗側から順に入っていき、怒涛のオーダーにエールやビールがジャンジャンと出ていくのだった。
「あれ、マイヤーズさんにマリーナさん。珍しい組み合わせですね」
「こんばんは、ケンジさん。ビールを届けに来たついでにマイヤーズさんのお店に寄らせて頂いてたんですよ。何やらハーブを使った新作のシャンプーがあるとかで」
「あれですよ、ラムさんが仕入れてきてくれたティモチ。長い髪の人にいいらしくて、マリーナさんに勧めてたんです」
「あー、なるほど。いやぁ、何かいい雰囲気だったから結婚でも決まったのかと思いましたよ」
真っ赤になるマイヤーズさんと、両手を頬に当ててクネクネするマリーナさんなのでした。付き合ってはいるみたいね。そうそう、この世界で修道女が結婚するのは普通みたいです。
しかし、今日は週始めだというのにお客さんが多いねぇ。それだけダンジョンで潤うって事なのかな。
お客さんが一回転した頃、お向かいの中華居酒屋からベニちゃんが走ってきたんです。
「慌ててどうかしましたか?」
「大変ニャ!店にヴァンパイアがやって来たのニャ!血ー吸ーたろかーって」
ヴァンパイアって吸血鬼だよな。昨今の海外ドラマの影響で美男美女のイメージしかないけど。
「どれ、見てきますか」
「だ、大丈夫かニャ?」
「どなたか血を吸われたんですか?」
「うニャー、レバニラ炒めのニラ抜きで一杯やってるニャよ……」
通りをまたいで店の中に入ると、こちらも今日は大盛況だった。
「ケンジさん、いらっしゃい!」
店のオーナー、オハラさんが迎えてくれる。
「ベニちゃんが泣き付いてきたんですけど……通常営業ですよね?」
店内はお客さんでごった返してはいるけど、特に変わった様子は見あたらない。
「ハハハ、ヴァンパイアのお客さんが面白がってベニをからかったんですよ。ほら、そこのお客さん」
ほらー、やっぱりハンサムボーイじゃんかー。血、吸い放題だぞこれ。
「こんばんは、初めまして。ワタクシはヴァンパイアのカンペイと申します。血ぃ吸うたろかー」
「ブハッ」
ポージングするなんて卑怯……。
「やはり分かる人にはウケるんですねぇ。昔々、さる国の王から承ったネタなのですが」
「クソッ、アイツか!」
「あ、ちなみにワタクシはカンペイではなくルークと申します。どうぞよろしく」
振る舞いも優雅だよ、まったく。
「ルークさんは立ち飲み屋をオープンする予定なんだって。この辺ももっと賑わいそうだねぇ」
「へぇ、立ち飲み屋を。ライバルですね」
「おー、向かいのお店の方でしたか。ワタクシは蛮杯屋という店をこの通りに出す予定です」
何だかとっても、赤ワインが似合う立ち飲み屋になりそうだよね。