132話
ケンジがナターシャを迎えに行ったと思ったら、ラッテまでいなくなっていた。トダ村村長の娘さんもいないし。
「アンバーホワイトの樽を持ってきたからバニラ以外の猫ちゃんず集合ー」
給仕にはすっかり慣れたので、今日からはサーバーの使い方とメンテナンスを教えなきゃ。
「ちくわとささみもー?」
「貴方達はいいわ。サラに付いてなさい」
流石に喋ると言っても子猫を働かせる事なんてできないよ。
「ほら、ここにはめるのよ、で回す。店を閉めたらこれを外して、これと中を水で洗うの。乾くまで元に戻せないから、次の日に来た時付けるのよ。最初は覚えられないかもしれないから、他の人に聞きながらでいいからね」
フムフム言ってる猫ちゃんずが可愛い。
ケンジから、今夜はナターシャとラッテはお休みにするってメールがあったから、ラッテには後で教えなきゃ。
「おや、いつもの娘じゃないんだね」
猪串を焼いているバニラを見て、常連の冒険者ナッシュさんが言う。
「ナターシャは休みよ。今日からはバニラも焼き台に立つからよろしくね。飲み物はいつものでいいの?」
ナッシュさんはアンバーホワイトが大好きで、多く飲んだ記録を持っている。
「おぅ!いつものだ」
最近はこういった常連さんに加えて、新規のお客さんも増えてきている。トダ村にダンジョンができたからだと思うけど、それでもわざわざアンバーまで小一時間歩いて来てくれるんだから嬉しく思う。
「あれ?ナターシャじゃないんだな」
今日何人目かの問いにナターシャ人気を思い知る。
「今日は休みなんですよ」
ナターシャも真面目だから、何しにあっちへ行ったのか分かるけど、もしかすると別の意味合いもあるのかもしれない。ライバルが減るのは歓迎よ。
「あの、すみません…何か飲ませて頂きたいのですが」
「はーい、こちらへどう、ぞ?……え?ええ!………リリィじゃない!何しに来たの!」
このタイミングでまさかのリリィ。
「あれ?ラムさんじゃないですか。あ、そうか、念願のお店を出されたんですね。おめでとうございます」
「リリィ…?」
「お酒はあれなのでアルコール以外の物を……」
「ケンジの……弟さんの遺体はどこへやったの」
「ケンジさんてどなたですか?」
「リリィ、貴女、どうしちゃったの。別人みたいよ」
ケンジのいない時に罠なのか何なのか。酒場トラブル以外は勘弁してほしいんだけど。
「そういえば私、今まで何をしてたんでしょう。斡旋ギルドの窓口にいたはずなんですけど」
緑茶をジョッキで出してやると、そう言ってコクコク飲み出す。
リリィに気付いた皆が恐る恐る寄ってくる。
「どうしたんですか?」
サラが訪ねても初対面の挨拶が返ってくる。
困惑するサラと面々。
空気を読まない猫ちゃんずがリリィに抱き付くが、キョトンとしている。
『うわっ、ドラゴン!』
外が騒がしくなったと思ったらルナが店に入ってきた。うわー、バッカスに弟もいるよ。
「ルナちゃん参上ー」
眠たそうな眼に棒読みで言われても、ドラゴンの威厳も何もないし。ややこしい場面に参上されてもねぇ。
「ほら、やっぱりあの女が来てたでしょ」
「それを言ったのは俺だが」
「イチイチうるさいわねぇ。私もそう思ったんだからいいでしょ!」
ルナはバッカスにポカポカ攻撃をしてから向き直り、リリィの背中に掌を当てた。
「あれ?アンバーで流行ってたわよね?」
「今度は何ですか」
「ブラジャーよ、ブラジャー!この女もしてたでしょ。今はしてないけど。ふむふむ……中の奴はいなくなってるわね。バッカス、追えてる?」
「追えてる。それよりもビールが飲みたい」
「チョコ、生一丁。それでブラジャーの有無を確かめに来たの?」
「何でよ!……触った時に忌まわしいブラジャーがなかったから言ってみただけよ。ホント、ブラジャーなんて敵でしかないんだから」
そこまで肩を怒らせてまくしたてなくてもいいのに。
「ちょっと待ってなさい」
更衣室に常備してある着替えの棚を漁りに行く。
確か新品のがあったはず。
「はい、どうぞ」
「何これ」
「スポーツブラよ。フク用のだけど新品だからあげるわ」
「気にしてたもんな。よかったな、ルナ」
フクが後からルナに手を回して胸を触っている。
「うニャー、これだとスポーツブラはいらないと思うニャよ」
ルナはぷるぷる震えだし、真っ赤になりながら両腕で胸を隠し下を向いていたけど、何かがキレたのかおもむろにそのブラをフクの頭に被した。
「そいつよその女!取り憑いていた奴がいなくなってるから元に戻ってるでしょ。わざわざ教えに来てあげてんだからちゃんと聞きなさい!」
「え?別人みたいになってるのは何かが取り憑いていたって事なの?」
「そうよ!何で分かるかというと、私達ドラゴンの能力の一つに知能のあるものを認識できる力があるからなのよ…フン!」
ブラを被ったフクが尊敬の眼差しで見ている。
「なら何でもっと早く教えてくれなかったのよ」
「それは面白そうだったからに決まってるじゃない。人間と違って長く生きていると暇つぶしもマンネリになるのよ」
「姉ちゃんは暇つぶし探しは得意だもんな」
「あーもう、で、この状態のリリィはどうなんのよ。記憶もなさそうだし」
「記憶って何ですか?」
緑茶を飲んで落ち着きを取り戻したのか、話に割って入ってくる。
「リリィはこの店で働いていた事があるのよ。ケンジ…覚えていないと思うけど婚約もしていたし」
前掛けのポケットに入れたままだった指輪を取り出し、リリィに見せる。あんなに綺麗だったのに、今はくすんでいる。
そのくすんだ指輪を薬指にはめたりしていると、リリィは少しずつ表情が変わってきた様だった。
「何も思い出せないわ」
「リリィ、貴女の家ももうないわよ。私達と一緒に住んでいたから、今夜は一緒に帰りましょう」
「そうなの……ラムさんに任せるわ」
こんな夜でも店に客達はやって来る。
しばらくいなかったリリィに声をかけたそうな客もいるが、具合が悪い事にしておく。
何てケンジにメールしたらいいかな。




