130話
流石に割り物のバイスの瓶も空になったし、生すだちサワーを頼もうかな。
ここのやきとんは素材自体の味が濃い。旨味があるからシンプルな塩味でお酒が進む。ビールだけじゃなくて甘味があるお酒が丁度よく合う。箸休め的にししとうをつまんで、生すだちサワーを一口飲む。すだちの皮の香りがフワッと鼻から抜け、その風味と共に炭酸のお酒が心地よく感じる。至福……真壁がいなければ更に至福なんだけどなぁ。
そんな事を思いながらも、さっきから聞き耳を立てている話題にワクワクが止まりません。
「弟子なんていつかは師匠を追い越していくもんだろ。それが早くても遅くても、追い付くって事は、きちんと教えてるものを吸収してるって事だ。更に自ら考えてものにしたのが実を結べば、それはいつの間にか追い越してる事になるんだろう。ナターシャにはお弟子さんがいるのかな?」
マスターは串を次々に焼き上げながら、謎の美女と話している。だんだんと店内は煙たくなってきた。
「小さい女の子なんです。それも少し前までは野良猫だった子なんです。もう、店の焼き台を任せられるまでになってしまいました……」
「それは…何ていうかチエちゃんて呼びたくなるような……。猫ってどういう事?」
そうだよ、少し前まで野良猫だったって何?アウトローな女の子?外国のスラムとかだと普通っぽくて怖いわね。
「行き来しちゃったんですよ。得た力が人化です。可愛いですよ、ホントにもう。料理に興味がある子なので教えたら、こうですよ。焼いたのを食べたら私のより美味しかった……」
「センスのいい子なんだね。そんな子を一人育てられたんだから胸を張りなよ。ナターシャのだって美味しかったぞ」
胸とか美味しかったとか聞くと、何だか熱くなってくるわね。まぁ、これ、酔ってるだけなんだけど。
要はナターシャって美女が小さな子に負けちゃったって事よね。
「私、百年以上も料理を頑張ってきたのに…人になって数週間の子に抜かれたんですよぉ!」
「あー、ナターシャはエルフだもんねぇ。でもその子、もしかしたら凄い才能を持った子なのかもよ。そんな子に教えられたんだから羨ましいよ。こっちのんか、連絡もなしに辞めちゃうのが多い時代なんだからねぇ」
あー、酔ってきたわぁ。
何よ真壁、七輪で何焼いてんのよ。いい香りがするじゃない、一口ちょーだい。ん、んまっ!
って、エルフ?エルフって何!トラック?
「なぁ、ナターシャ。料理に勝ち負けはないんだぞ。ましてやゴールすらない。素材や調味料、センス、色んなものが合わさってできるのが料理だ。深く考える事も大事だが、たまには息抜きもしないと。ほら、特別だぞ。これな、魔法使ってっから生でも大丈夫なんだ。店じゃ出してないんだけどな。味は付いてるから食べてみな」
「はい、ありがとうございます。いただきます」
あれ?
あれは…あのエッジの立った、え!マジ?
『瞳子さん、瞳子さんってば…聞きました?マスター、魔法って言いましたよね?』
真壁が何か言ってるけどあまり入ってこない。だって!
「美味しい……」
「だろー。でもな、それ、殺菌魔法が使えないと食べられないからな。真似して出しちゃダメだよ」
「いやいやいやいやいや!マスター!アタシも食べたいですっ!」
『ガラガラガラ』
「こんばんはー、ナターシャ来てます?…ん?どうかしました?」
くっ、タイミング悪過ぎ。あと少しでアレが食べられたかもしれないのに!
「何なの貴方!」
「何なのって、彼女を迎えに来たんですけど…」
その客は例の美女を迎えに来たらしい。
「貴方もアレ?魔法使いなの?…うっぷ」
「大将、この人なんじゃない?例の」
「あー……そうかも」
「あれ?そっちの人。ちょっと…」
童貞さんは真壁に興味があるようね。そっちなのかしら。うー、酔ってきたー……。
「賢輔!お前!」
けんすけって誰よぅ…こいつは真壁………。
「兄ちゃん、タイミング悪過ぎ…ふふふふ、ハハハハハ!笑えるねぇ!」
「リリィじゃないな…誰だその女」
「俺達の道具になってもらう予定の女だったが、そうもいかなくなってしまったよ」
やきとん屋さんで運命がクロスした。