129話
「いらっしゃい!お二人?」
「カウンター、いいですか?」
真壁に連れられ、やきとん屋さんの十八時の口開けにやって来た。
あら、ポッピーが置いてあるのね。しかもプレミアムな55ポッピー。東京にいた頃はおっちゃん達に混じってポッピー一本でキンミャー四杯はイケたもんだわ。
「あら?ここってバイスも置いてあるの?アタシはバイスね。真壁はどうするの?」
「俺は生ビールでお願いします」
店主もスポーツやってそうな感じだけど、魔法を使うってのは何なんだか。でも、この市内の近場でドラゴンと魔法ときたら関連性があると思うのが普通かぁ。
「バイスセットに生ビールです」
持ってきてくれたのは若い店員さんだった。ちょっと好みのタイプかも。
「それじゃ、お疲れ様」
お疲れなのはアタシよねぇ。はぁ……。
グラスを軽く合わせて口を付けると、フワリと紫蘇の香りがして、甘酸っぱい炭酸とアルコールが心地よい。お通しのきんぴらを食べながらメニューを見る。
「瞳子さん、注文しましょうよ」
真壁はこんな時は積極的で困る。アタシは少しジックリとメニューを見て考えるタイプなんだから。
「うーん、どれも美味しそうね……マスター、注文をお願いします。二本ずつでシロ、レバ、さがり、ミルク、パイプを」
「焼き方はどうしますか?」
「お任せします…あ、それと、ししとうとトマトもください」
「ミルクって何ですか?」
「おっぱいよおっぱい、パイオツよー。食べたことないの?」
「やきとんてここいらだとやきとりで一緒くたに括られるんですよ。シロもダルムって呼んでて、スーパーの入り口にいたりする移動販売で買った事があるくらいッスね。クニュクニュしてて噛み切れなくて不味かったッス」
その時、マスターの眼がキラリと光った様な気がした。
「すみませーん!ナカくださーい」
「瞳子さん、ピッチ早いッスね。こっちも生お代わりでお願いしまッス」
『ガラガラガラ…』
「いらっしゃ……あれ?どうしたの?」
ん?どうしたどうした。
「こ、こんばんは…師匠、来ちゃいました」
うわー、キレイな人。外国人だ。
「何かあったのかい?ま、座ったら」
マスターの知り合いかぁ。師匠って何だろう。
やり取りに集中していたらジョッキがまた空になっていた。でも、声をかけるタイミングじゃないので、若い店員さんをおいでおいでと呼ぶ。
「ナカと生をお代わりね」
「やきとんが焼き上がるまでで三杯目ってのも凄いッスよねー」
真壁、お前もだろ!何かいい所なんだから聞き耳立ててんの邪魔すんな!
「はいよ!シロ、レバ、さがりね」
「うわっ!美味しそう!ほら、焼き立てはすぐに食べないと」
「俺、レバー苦手なんスよね…瞳子さん食べます?」
真壁が崩れた二枚目になっている。
「いつから食べてないの?」
「うーん、小学生んときゃ以来食べてないッスね」
「なら、大人になって味覚が変わってると思うから、騙されたと思って食べてみなさい。食べたら助手席に乗せてやるわよ」
ドライブに連れてけってうるさいし、そんなに行きたきゃ、つべこべ言わずに食べなさいっての。この焼き上がりを見なさいよ、見るだけで美味しいって分かるわ。
「あれ……?レバーって固くてパサパサしてて、変な匂いがしてムリだったのに……柔らかくて、濃厚な味で、こんなにジューシーって!マスターすみません!レバを追加で四本ください!」
「あいよ!」
マスターと目が合った瞬間、ニヤリとした表情を向けてきた。好き嫌いが一つ解消されるって、実は凄い事なんじゃないかな。
「師匠…師匠は弟子に追いつかれたらどんな気分ですか」
お、やきとんも美味いけど、ワケあり美女の件も進みそうね。聞き耳を立ててみますわね。
シャノンを連れて立ち飲みチコリまで来た。
「わぁ、かなり大きなお店なのね。ケンジさんは店長なの?」
痛い所を付いてくるのである。
「オーナーが店長をやってるよ。ほら、あそこにいるラムが店長。僕は単なる店員です」
「でも、ビールや日本酒を考えたのは貴方なんでしょ?凄いわよね。あら、小さい子達が働いてるのね。あの可愛さは真似できないわ」
チョコ達がちょこまかと給仕している。口開けしてすぐなので、オーダーをとるので忙しい。
「よかったら中に入ってみるかい?」
シャノンを店内に誘導しつつ、皆に紹介して回る。
「あれ?早くもバニラが焼いてるんだ。ナターシャは?」
空き箱の上に立ちながら串を焼いているバニラ。ほっぺに炭が付いちゃってるよ。
「師匠に会いに行くって、二時間くらい遅れて来るわよ。師匠ってイシカワさんでしょ?どうしちゃったのかしらね」
片手でジョッキを五つ持ちながら、平然と言い放つラム。凄い凄いとキャッキャするシャノン。
「うーん、イシカワさんに恋しちゃったとか?とにかくこんな事は今までなかったんだから、迎えに行ってくるよ。シャノンには悪いけど自由に見学してて。ラム、後で賄いをシャノンによろしく。それじゃ行ってきます」
気が付かなかったんです。
シャノンは好奇心旺盛過ぎる娘だってのを。




