125話
「とりあえずあれだな、ダンジョンがどういうものか分かったから、外の入口付近に僕らも店を出そう!期間限定の簡単な屋台で立ち飲み屋を!」
「それなら私もケンジさんと働けますね!」
アイリスは既にやる気満々だ。
「それじゃあ一旦アンバーに戻りましょうか。準備万端で来る事にしましょう」
ノーラもその方が長く入れるのでいいみたいだし、その前にアンバーの防衛体制もきちんとしないといけないからね。
「結局、大五郎さんには会えなかったなぁ」
ダンジョンに本格的に入っているんだろうけど、やはりあの人はよく分からない。どれくらい強いのだろう。武器はやはり、日本刀なんだろうな。
しばらくしてアイリスとは彼女の家の前で別れ、雑談しながらアンバーに戻った。
ノーラは宿へ。オハラさんは店へ。僕とだんごも時間的に立ち飲みチコリへと向かった。
「ラム!ダンジョンは儲けられる!」
「どうしたっていうのよ、ほら、水」
受け取って水を飲む。
「スライム五匹でレベルアップした……」
「え?どういう事?」
「皆、そこそこ強いから、モンスターを沢山倒さないとレベルアップはしないそうなんだ。でも…僕はスライム五匹でレベルアップしたの……元が凄く弱かったのを実感して落ち込んだんだけど………」
「プフっ、ぷははは!」
「何だよー、ラムだって同じ様なもんだろ?」
「どうかしらねぇ、何なら戦ってみる?」
「…負けそうな気もするので遠慮しておきます。それでさ、ダンジョンの周りに出店が凄い数できてんの。酒を売る店はまだなかったから、うちの期間限定支店を出そうかと思ってさ。どうかな?」
「そうね、人手次第かしら。もしかしてアイリスがやる気出してる?」
うわー、流石、感が冴えていらっしゃる。
「もちろんアイリスはやる気満々だよ。それに週末だけの出店を考えているから、僕と彼女で回す事も可能じゃないかな?」
「何言ってんの、甘いわね!この世界でダンジョンは一攫千金の場所。ゴールドラッシュがおきているのと同じなのよ。そんな場所に集う人数を二人だけでさばけるはずがないじゃない」
そ、そっか、そんなに凄いのか、ダンジョン。
「考えてもみなさい。ダンジョンで家が建つって言われてんのよ?考えてるより大勢来るわよ………そうねぇ…………バニラが串焼きが出来る様になったから、週末は空き箱に立って萌焼きをしてもらいましょう!背伸びして頑張っている感が売上アップになるわ」
確かにちっさい猫耳少女が汗を拭きつつ串を焼いているってのは…父性に目覚めるよなぁ。
「ナターシャを貸してくれるって事か」
「後は現地雇用で何人か探すのがいいかもね」
「よし、それじゃあそんな感じで動くとしますか」
とりあえず屋台を手に入れないとな。
「トンネルの中は涼しくていいわね」
アタシは愛車を走らせて加茂港を目指している。新しく開通した加茂坂を登るとトンネルがあり、抜けるとしばし木々の中を走る。すると、真っ直ぐと港へ延びる下り坂にかかり、すぐに到着した。
エンジンを止めるまで港を眺める。小さな港には釣り人がポツポツいて、何かを釣り上げている。塩の匂いが窓から入ってくる。錆びないといいけど、と思っているとそろそろエンジンを切っても大丈夫な頃合いになる。
さて、眼鏡の冴えなさそうなオジサンはどこかな。
って、目の前にいるじゃないの。
「すみません。私帝都新聞の庄内支局、羽田瞳子と申します。葉山さんに聞きたいことがありまして伺いました」
「そうじゃないだろ。最初は釣れますか?って声をかけるべきだな」
振り返りざま、いきなりそんな事を言われてしまったけどどうしろってのよ。
「ははは…つ、釣れますか?」
釣り人は皆、こうなんだろうか。偏見を持ちそうになるわね。
「ふはははは!大漁だぜ!ほら、見てみ。ここは砂地もあるからカレイも釣れるんだ。それにキスな。他は小さいサバにアジ。メジナにシンジョ、クーラーからはみ出そうだろ」
くっ、インタビュー動画の時とキャラが違う。
「す、凄いですねー。流石はプロ。ところで葉山さん、ドラゴンなんですが…」
「羽田さん、ドラゴンなんてこの世にはいません。って、言いたい所だけど、何だいあれは。いたよねドラゴン、真っ黒いのが二匹。うちの真上で旋回してたもんだから電話がひっきりなしに鳴ってね、子機の充電池が充電しなくなったよ。ったく、在庫ももうないとかで買い直すことになっちゃったよ」
ドラゴンの存在を認めるというの?いる事自体都合が悪いはずなのに。
「ドラゴンについては心当たりはないんですか。葉山さん宅に吸い込まれるように消えたという目撃証言もあるのですが」
ここは一気に畳み掛けた方がよさそうね。
「あれなぁ、あんた信じるかい?言うと頭なおかしいって言われちゃうから黙っていたんだけどさぁ」
「な、何ですか!話してください!信じますから!」
「二匹のドラゴンは少女と少年の姿になって、うちでコーラを飲んでくつろいでたぞ。何か保護者みたいな若者がついてきてたが、どこの国の人だろうね。日本語ペラペラだったよ。ま、あんたらマスコミが騒ぐから、外に買い物に行くって、日中はずーっとそんな感じだったな」
「は?」
「ほれ、信じてない」
葉山さんは餌を付けて仕掛けを放り込んだ。
「いえ、信じます。それで、その時ご家族はどう対応されてたんですか?」
「んー、母ちゃんは三人と知り合いみたいだったな。何でだろね。その後はうちの長男が帰省してきたけど、前から知ってる様な感じだったな。っと、ヒットしたな。ニセだなこれは」
「ニセって?」
「クロダイのここいらの呼び方だ。二年目のがニセ。ほれ、港で釣るにはいい型だろ。ま、羽田さんに言える事は全部話したから。ここに来たって事は分かってやってんだろうけど、関わったっていい事ねーぞ」
「あれは本心なんですか?」
「何の事だかな」
「……ありがとうございました。失礼します」
チンクエチェントに乗り込みキーを回す。この車はイタリア車でリアにエンジンを搭載している。
港から出て、帰りは遠回りする事にした。
海岸沿いを湯野浜方面へ走らせる。
インパネのスイッチを押すとエンジンフードがゆっくりと上へ開く。スーパーチャージャー搭載のアバルトエンジンを全開にして、アタシは潮風の中を走った。