121話
オルカの宿は冒険者ギルドの更に先にある。
この宿もこれからは今以上の賑わいになるのか、と考えると、チコリの去就も変わってくるかもしれない。小さい子も普通に働く世界だから、立ち飲み屋で客の相手をしている暇はなくなるはずだし。そんな事を考えていたら、あっという間に宿に着いた。
「こんにちはオルカさん。騎士団長のノーラさんはいますか」
「いらっしゃい。団長さんなら二階の奥の部屋だよ」
「そういや来る時に冒険者ギルドで凄いニュースを聞きましたよ。何でも、トダ村にダンジョンができたとか」
「そりゃ本当か!こりゃ忙しくなるぞ…それじゃケンジ、二階の奥な。俺は商店会長ん所に行ってくるから!」
オルカは慌てるようにして出ていった。奥からチコリが何事かと出てくる。
「ん?」
ミルクの入った木のコップを両手で持ちながら、首を傾げる仕草は破壊力抜群だ。この戦力は手放したくないなぁ。
「お父さんは商店会長さんの所に行ったよ。僕はこれから二階の騎士団長さんとこ」
上を指差しながら言う。
「ンクンクンク…ぷはぁ!」
ミルクを一気飲みして、チコリは脚に抱き付いてくるので、そのまま抱えて二階に上がる事にした。あれ?口ヒゲがなくなっとる…拭いたな……。
「チコリは宿が忙しくなったら立ち飲み屋は辞めちゃうかい?」
階段をゆっくり登りながら、腕の中の小さな子に問いかける。
「なんでー?」
「この街に沢山の人が来るようになるから、お父さんの仕事ももっともっと忙しくなるよ。チコリも手伝いを再開しないといけなくなるかも」
「そうなの?」
抱かれながら腕をギュッと掴んでくる。
「まぁ、チコリの好きにすればいいさ。僕らはずーっとここにいるし、チコリもあっちに行きたい時は一緒に行こうな」
「ありがと」
チコリは最近、言葉をきちんと使うようになってきている。それも可愛いし、もう、僕は第二の父ちゃんだよ!
ギュッと抱きしめてくるチコリの体温を感じながら、そういや大きくなったら結婚しようって言った自分を思い出し、自己嫌悪に陥る。これ、階段を登る間の出来事なのでした。
『コンコンコン』
この世界にノックと言う習慣はあったっけか…クセでドアの前に来るとノックをしてしまう。
「はい、どうぞ」
中から返事があったので、ノックの習慣はあるんだな。まぁ、この世界で言葉を気にせず話せている事も、実は前々から不思議であった訳なんだけども。
「ケンジです、失礼します」
「あら、おはようございます、ケンジさん。今日はどうされたんですか?特に用事はなかったはずですが」
「実はですね、王様がうちの店に直接転移で来られるようになりまして…昨夜も飲みに来たんですが、これって団長さんには報告した方がいいと思いまして」
「陛下もどれだけお酒好きなのだか…困ったものです。ケンジさん、教えて頂き感謝です」
流石に騎士団長さんだ、王様の事はよく分かってらっしゃる。
「それと、来る途中で知った事なんですが、近くのトダ村にダンジョンが発生したそうです。人の流入が増えそうですよね、なんて話題で凄かったんですよ」
「ダンジョンができたんですか!こ、こうしてはいられません!ケンジさん!私をトダ村に連れて行ってください!」
ノーラさんは急に興奮しだして装備を付けていく。
「いいですけど、もしかしてダンジョンに入るんですか?」
「もしかするも何もダンジョンがあれば入るのが当然でしょう!ダンジョンはロマン!あの宝箱に出会った瞬間から開けるまでの何とも言われぬ快感……一度味わうと忘れられないですよ…」
今度は恍惚とした表情で鞘に収まった剣に頬ずりしている…。
「もしかして、その剣は…」
「ふふ、気付きましたか?これは私が初めてダンジョンに入った時に宝箱から出たレアアイテムの魔法剣なんですよ」
「高そうですよね」
鞘や柄の装飾は素人目にも素晴らしい。
「お金には変えられませんが…そうですね、もし買うとしたら金貨一万枚でも買えないでしょう。まず、これと同じ様な物を見た事がないですし」
鞘から抜かれた剣は、緑色に輝く何かを纏って光り輝いている。
「ダンジョンの武器や防具は唯一無二なのです。そこに皆、魅せられてしまうのです」
全く平和な世界ね…。
タイミングよくバッカスにドラゴンもいなくなったから、こうして計画を進める事ができるわね。
私は平屋の建物の前まで来ていた。
ドアをノックして中に入る。
「電話した者ですが」
ケンジに渡されていたスマートフォンなる物が使えるとは、何だか笑えてくるわね。
「待ってましたよ!ささ、掛けてください…今、お茶を出しますから……」
紙の書類が乱雑に置かれた部屋ね。資源があるのはいい事だわ。あっちが終わったらここを支配するのもいいかもね。進言しておかなきゃ。
「それで、この間のドラゴンの情報をお持ちだとか?」
目の前の女は生唾をゴクリと飲み込み、湯気の立ったカップを置いた。
「ええ、情報はありますわ」
そして、私はこの記者に話す。
ブラックドラゴンが飛んでいた真下の家の住人について。葉山家の血筋の能力。
そして、ケンジ達は遂に私が住む異世界を侵略する為に工作を始めた。ブラックドラゴンは葉山家が異世界へ送り出した最終兵器であり、あの大きさの生き物がゲートを抜けられるようになれば、一週間で異世界は滅ぼされてしまう。
私はそれに対抗するレジスタンスの一員である。
運が良く、葉山家の一人であるケンジの弟、賢輔を仲間にできた。彼は一族の中でも稀に見る才能があり、侵略を阻止できる力がある。
「……信じられないわ…………」
「そうでしょうね。突拍子もないと、私でも思いますよ。ですから一応、写真や音声データ、動画データを文書と共にお渡ししておきます」
「漫画みたいな話が、そんな……」
「それじゃ、私は失礼しますわね。最後にいいものを見せてあげます」
「消えた……」
情報提供者のリリィと名乗る女性が話し終わると、彼女の頭上に見た事のない文字の羅列が円状に浮き上がり、頭から足元へ降りていき……彼女はそこに吸い込まれるように消えていった…。
眉唾じゃなかった。
すぐ様、パソコンでデータの解析を始める。
悪者はトコトン叩いてやるんだから!




