119話
王都の火事のニュースは時差でアンバーまで達したようで、立ち飲みチコリの店内でもその話題で賑わっております。まさか当事者がここに勢揃いしているとは思いもしないんだろうけど。
「なぁ、マスター。王様って前に来たよなー」
一人のお客さんが僕に尋ねてくる。連れは最近アンバーに来たらしく、さっきからビールや日本酒に感動していた。
「エルディンガー二世さんなら知人ですし、前に長期滞在していましたから毎日の様に飲みに来ていましたよ」
「ほらな!」
「本当なんだな…俺は店が掲げる御用達なんてのは本家、元祖と違わないと思ってたのに」
「どうかされたんですか?」
たまには客の話に絡んでみたりもするのだ。
「こいつが王様と飲んだ事があるとかふかしやがるからよぅ」
「ああ見えてとても気さくな方ですから、この店でも他のお客様と普通に飲んでおられましたよ」
「マジか!」
王様からもらったお土産の酒を置くから持ってきて栓を抜く。
「飲みますか?王様から頂いた葡萄酒ですが」
「え!いいのか、そんな高級な葡萄酒」
「ケースでくれたんでいいんですよ…乾杯!」
既にワインの域に入っている、凄く上等な葡萄酒だ。
「「「美味い!」」」
「猪串がススム!」
「香りが違うな!」
騒ぎを見ていた他の客も興味を出してきたので、
「一杯ずつサービスでーす!」
皆で注いで回る。
「王様って雲の上の人だと思っていたんだけど、身近に感じるよなー。俺も一緒に飲みたかったぜ」
王都の醸造技術も向上したのを身に沁みて確認できたので、これもメニューに入れる事にしよう。
「ご主人様ー、お酒の箱にこんなのが入ってたニャ。捨ててもいいのかニャ?」
フクが肩に担いで持ってきたのは、カーペットを丸めた物だった。
「いやいやいや、明らかに箱より大きいだろ。ああー、何かイヤな予感しかしない。とりあえず店先で広げてみるか。ほら貸しな、重いのによく持ってきたな」
フクからカーペットを取り上げて、店先に持っていく。ここ何日も雨は降っていないので、土がまとわりつく事もなさそうだし。
「よっと…」
広げてみると大きな魔法陣が刺繍してあり、デザイン的にもかっこいい。手で縫った物だとしたらかなりの高級品だな。
「あ!」
地面に広げた途端にそれは光を放ち出した。
この魔法陣って、店の裏手にあるのと似てるな、と思ったのと同時に人影が現れる。
「うむ、ようやく広げてくれたか」
出てきたのは噂の人、エルディンガー二世だった。
「何やってるんですか!」
わざわざアンバーに来る理由もないはずなんだけどなぁ。
「王様ニャ。どうしたんだニャ?迷子かニャ?」
「はっはっは、フクよ、私は飲みに来ただけだ」
店内からは客が出てきては喝采を上げる。王様はそれに一々反応してからナターシャが立つ焼き台の前に行き、直にもらいながら飲み始めた。
僕らが王都へ来たら、アンバーにいつでも行けるように前々から準備をしていたらしい。ちなみに刺繍をしたのは何とあのニコルだった。見た目によらずに器用なのね。
ちなみにこの魔法陣は一方通行なので、帰りはニコルかサラ頼みらしかった。ちな、王様は犬派であるらしい。謎。
「あっはっは、立ち飲みチコリは最高だな!」
こうして、王様は立ち飲みチコリの第二のマスコットキャラクターになった。チコリはニコッと笑って王様の脚に抱き付いていた。
「それで、あのドラゴンはその後どーなったのって聞いてんのッ!誰か説明して頂戴!」
アタシは朝からたった一人の部下に怒鳴っている。
本社に鳴り物入りで入社したのに、今や地方の片田舎に飛ばされて腐りつつあったのに、このスクープを逃したらもうどん底まで落ちちゃうのよ!
「どこに消えたんでしょうね。痕跡がないので全く分からないんですよ、はは…」
ちっ!朝から爽やかな笑顔で応えるんじゃないわよ!無駄にイケメンなのがムカつくわ。
ちなみにこいつ、部下の真壁忍は、こいつが夏休みで帰省中にアタシをナンパしてきて、その後はストーカーの様にバイト採用されやがったのだ!尾行したり、盗撮したり、ゴミを漁ったりはしないからクビにはしないけど…笑顔の裏でドス黒い欲望が渦巻いていると思うと、虫唾が走るわね!
「もう!規制線の貼られた内側の家、一軒一軒、虱潰しに当たりなさいって!」
「瞳子さん、怒っても素敵です…では、行ってきまーす」
ウインクしながら出ていきやがった!
ぬうぅ…真壁が働きだしてから何一つ仕事ができていないし…このままではアタシも道連れにクビ……。
このスマホで撮影された、CGみたいにしか見えない黒いドラゴン…。
途中で光を発したかと思ったら消えるし。
一時は自衛隊も緊急発進しかけたらしいって本社の先輩が言ってたし。なら、レーダーにもハッキリ映ったって事よね。いるのよ…ドラゴンは。
「目指すはピューリッツァー賞よっ!」
平屋の支局でアタシは吠えた。