115話
「手首が!」
血が流れるかと思ったら、ビームなので切断面が焼けていて止血された状態だった。激痛共に意識が遠のきつつも、冷静に状況判断できている所もあり、弟の賢輔が返す刀でルナに斬り掛かったのは覚えている。
賢輔が父親じゃなくてよかった…などと思っていたら、だんごが空中を操作していた。ああ、例のパネルか。そこで意識を失った。
「あれ、右腕がある…傷もない…ん?」
しかし、最近はよくベッドに寝かされてるなぁ。あ、天井のあの染み、フクに似てるな。
「ご主人様ぁー!」
フクは相変わらず抱き付いてくる。
「右腕を斬られたと思ったんだけど、誰が治してくれたの?」
右手でグーパーしながら聞いてみる。
「だんごが治してくれたのニャ…フクはだんごを怪しんでたんだけど、心を入れ替えて感謝するニャ。ありがとうニャ」
「そうか、だんごが…それでだんごはどこに?」
「ルナに乗って賢輔を追っていったニャ…どこまで行ったのか分からニャいんだけど」
「罠じゃないといいけどな…それじゃ、王様に会いに行くか。この騒動を説明しなくちゃいけないし」
ベッドから立ち上がろうとしたら。
「ケンジさん、その辺は全部説明済みですから、ゆっくりと休んでください。王様もそうしてくれって言ってました」
「何だかいつもなさけないなぁ、僕は…」
酒でも飲んだら強くなったりとか、したらいいんだけど。
「そうだ!アンバーに連絡しておかないと!」
「それもマーズくんに頼んでありますから」
サラはよくやってくれるよ、アニソンカラオケバーの店員の頃から先回りのサービスが得意だったわ。ハーフにしては凄いなぁ、と思っていたけど、今や婚約者。そして、あっちの世界でも婚約者。このままだと僕の中では正妻になってしまうな。頼りなさそうだったのに強くなったよ。
「サラ、ありがとう。いつも助かってるよ」
おいでおいでして抱きしめる。フクも抱きしめる。
人肌が安心感を与えてくれる。
この国で侵略が起きている現実。
それの主格が弟とリリィってのは、異世界で立ち飲み屋の店員が立ち向かうには何だか巨大だよね。勇者みたにチートで強いなんて事もないから、こうしてベッドに何度も寝かされる訳で。
「とりあえず休まなくても大丈夫だから、城下町に出てみたいんだけど…も…?(チラッ)」
自分にはこんな事しかできないんだ。立ち飲み屋の店員だから、世界が滅びようとしても酒が好きなんだ!飲むのが好きなんだ!
だからと言ってダークサイドに墜ちた弟を見殺しにはしない。リリィもできるなら懐柔したい。
「フクはお腹が空いたのニャ」
その一言で城下町へ行く事に決まった。
「いらっしゃい!どうだい、うちは店員が皆ムチムチで綺麗どころばかりなんだぜ?だからと言って、ボッタクリはしないんだ。さあさあ、飲んでいかないか」
「連れに女がいるのにそれはないよなぁ。次行こう」
「えっ!お兄さん、そりゃないですよー。安くしときますから飲んでって下さい。単に店員が女性らしいってだけですから、ハイ」
言われれば確かにそんな外観の店だ。珍しく暖簾がかけられていて、それはとても年季が入っていた。
「どうする?」
「面白そうなのニャ」
「なら入るか」
決まる時はあっと言う間になのだ。
「三名様ご案内ー!」
呼び込みの兄さんがそのまま店内へと案内する。
なる程、暖簾の状態といい、この店はかなりの老舗で上客ばかりとみた。何故ならば、入った瞬間にこちらを見る客が一人もいなかったからだ。大概、入った時にはチラッと見られるものなんだけどね、それがないとストレスなくスルッと店に溶け込める。
「ふーん、何の木だろう、触り心地のいいテーブルだなぁ」
「ナデナデはフクの頭でするといいのニャ……ニャ?ちくわとささみがしてくれるのかニャ?ふは、こそばゆいのニャ」
相変わらず仲がいい猫達だわ。
ここ王都も人種のるつぼで、店内にも色んな人種がそれぞれ酒を楽しんでいる。
「お?エールがアンバー風になってるみたいだね。それを一つと…サラは…あ、エールでいいのね。エール二つに葡萄ジュースをお願いします。食べ物は隣の人が食べてるアレ、煮込み?を二つに焼き魚と肉串を十本で、ハイ、とりあえずそれで」
「サラも飲むようになっちゃったね」
あー、でも、日本で会っていた頃からビールは飲んでたなぁ。
「フフッ、ケンジさんも飲める人がいいでしょ?ラムさんもかなりの酒豪ですし」
「飲めたらいいけど無理強いはしないよ。楽しく飲めたらいいと思うから」
煮込みがサクッとやってきた。
湯気が美味しい香りを漂わせているので、いても立ってもいられなくなり備え付けのスプーンを取ってすくった。これは!元はスジが多い肉だったんだと思う…思うけど、柔らかく煮込んであって、少し残っているクセがいいアクセントになっていて、エールの苦味にとてもよく合う。
「くにゅくにゅしていて美味しいニャ。大根も柔らかーい」
珍しくネギが入っていないのでフクもちくわとささみも食べている。もうなくなりそうなのでお代わりをもらわなくちゃな。
「あら、可愛い猫ちゃん達を連れてるのね」
不意に声をかけてきた店員さん。
ショートカットでこの世界では珍しくホットパンツ姿だ。
「猫好きなもので」
「そんなに警戒しなくてもいいじゃない。アタシは店員なんだから。お客さん達、王都は初めてでしょ?煮込みにはテーブルに置いてある七味ってのをかけると美味しいわよ。最近入ったのよね、それ」
七味って、母ちゃんの雑貨屋が売ってるのと同じメーカーのだわ。たはは。
「王都は初めてだけど、この七味は身内が売っている商品ですよ。こうして串焼きにかけても美味しいしね。店員さんは見たところ犬人族かな?尻尾がモフモフしてる…」
「この尻尾、カッコイイだろ?触ってみる?」
「ムシャー!ご主人様にエッチな誘惑はご遠慮くださいなのニャー!」
触れなくなった代わりに、ちくわとささみが彼女の尻尾をモフモフしている。
「えー、尻尾触るくらいどーって事ないよね?」
「ご主人様は触り方がやらしいからダメなのニャ!」
「ああ、そーゆー事か。でも、知り合いたい気持ちはあるからね。エマって言うんだ、よろしくね」
くるッと回って奥に戻って行った。
「ケンジさん、多分、指輪だと思います。彼女…左手をじっと見つめてましたから」
「オリハルコンなのバレちゃった?まさか、酒場の店員さんに?」
「彼女がしていたピアスもオリハルコンでしたよ。酒場の店員さんですけど…私も酒場の店員ですけどミスリルリングをしていますし」
「何者なんだろう…そう言われちゃうと興味は出てくるよね」