109話
修道院はマリーナさんを始め、殆どのメンバーが快方に向かっていた。治癒魔法使いさんが優秀で良かった。イメージでは女性だったけど、会ってみたら髭面のオッサンであった。オッサン同士、世間話に花が咲きましたよ、ええ。
呪いってのは簡単に言うと、病気が治りかけてもぶり返しまくるという単純なものだった。でもこれが伝染しながら人々を死に追いやる事ができる、バイオテロ攻撃の手段には最適なのだった。恐ろしや異世界。
「カレンさんもお疲れ様でした。急に色々あったのに、何から何までスミマセン」
「馬車で王都までに何日もかかるのに、違う世界には一瞬で行けちゃうんだからねぇ。旦那がそこの住人だったなんて、想像もできなかったよ。でもさぁ、皆いい人達だったし、こっちで人助けになる事をやってくれてるんだろ?お互い様だよぉ」
カレンさんはニカッと笑って肩を叩くと部屋から出ていった。
僕はそんな彼女に後からお辞儀をするしかなかった。
「ご主人様、帰るついでにビールを持っていってってマリーナさんからの伝言ですニャ」
入れ代わりでトコトコとフクが入って来た。頭をナデナデして癒やしをもらいながら、荷車を引きつつ、台にフクが後方を向きながら乗っている図を想像してしまった。画になる!
「よし!帰ろうか」
「ハイですニャ」
荷車に樽を積みながら、マリーナさん達がまたまた新酒を造っていたのに気付いてしまった。これは大事に売らせて頂きますよ。
どんなビールかといいますと、立ち飲みチコリで使っていたすだちを利用した『すだちホワイト』だった。小麦を使った白ビールにすだちの香りが効いた、僕らあっちの世界人には郷愁を誘う、特別なビールかも知れない。
治癒魔法使いのオジサンにも店の事は伝えておいたので、夜になったら来てくれるはずだ。その時皆で乾杯しよう。
「何と!この棚全部が日本酒か!対面の冷蔵庫にも日本酒!米の酒は丁度良い酒精に独特の風味で、私も気に入っているのだが…どれから飲んだらいいのか…ハッハッハ、迷ってしまうな!」
「お客様、こちらの上機嫌 特別純米などはいかがでしょうか?隣の市の蔵でございますが、本数が三百限定で当店分もこの一本のみになってしまいました。味わい深く、飲み飽きない酒に仕上がっております」
「では、もらおう。それで主、酒を注ぐ器はないのか?」
「でしたら、こちらのぐい呑みをサービスさせて頂きます。三つでよろしかったでしょうか」
「支払いが済んだらすぐに飲みたいのだが」
「あちらのカウンターをお使い下さい。おつまみなどは有料になりますが、隣の棚にありますので、酒と同じくこちらで会計して下さい」
「うむ、感謝する」
パラダイスな酒屋は働いている人間も大したものだな。至れり尽くせりではないか。
「それで、お客様。本日は地元の蔵から試飲会をやる予定になっておりまして、同じカウンターで楽しんで頂けますので」
「しいんかいとな?」
「はい、色々な種類の酒を無料で飲む事ができます」
「!、金を取らずに飲ませるのか!」
恐るべし世界だ。
ちなみに神なので酒に祝福を与える事ができる。
その酒は飲むと健康体になり、更には寿命も延びるのだ。ここ四百年は与えていないが、そろそろ考えても良さそうだな。
しいんとやらをやっている蔵の酒に祝福を与えた。
「ルナ、マーズ、お前達も飲んでみろ」
「フルーティーな香りね…コクコク」
「酒は記憶がなくなるから苦手なんだけどなぁ…コクコク」
これで二人共長生きできる。
「これからもよろしくな」
「どうしたのよバッカス。当たり前じゃない、す、好きなんだし…」
飲み過ぎるなよ、胸が大きくなるかもしれないからな。
「ちぇっ、別れる予定はないのか」
「コラ!マーズ!どの口がそーゆー事ゆーの?」
「いはい、いはいれす!」
「仲が良いのはいい」
この古酒というのもなかなか美味いな。
フクは見てしまったのニャ…。
だんごが実は猫のふりをした人族なのを。
髪がシュルシュルって長くなって、背も伸びたんだニャ…恐ろしいニャ。
治癒魔法使いのオジサンて、旅で来て病気になって寝込んでいた人だったのニャ。その人に何かして、治癒魔法使いにしてしまったのニャ!
この事はご主人様にも誰にも言ってないニャ…どうしたらいいニャ。だんごに消されてしまうのかニャ。
いや、あんなに凄い事ができるんだから、おだててご主人様の弟さん探しをしてもらうのが一番ニャ。
しかしあれだニャ。
何で力を隠すのかニャ。
召喚された勇者なんだから、圧倒的な力を見せつけて引き出しを開けまくるといいのニャ。割れた壷の片付けが面倒くさいニャ。
「ご主人様ー、だんごとは寝たのかニャ?」
「な、何言ってんだ!フク達と一緒で添い寝だよ!」
ご主人様はそう言ってたけど、初めてのローテーションの翌朝は生臭かったのニャ!前世でよく嗅いでた匂いだから、しらばっくれてもダメなのニャ!
何かなくても何かしたに違いないニャ。
「ヤキモチやかない」
なでてくれるのは嬉しいニャ。でも、誤魔化されはしないのニャ。
でも、何だろう…だんごはなんか嫌いになれないのニャ。
荷台に戻って揺られていたら、だんごから優しい目で見つめられたのニャ。