05 転換~少女
何だか胸が重苦しい……何かが上に乗っている?
そんな感覚に襲われて、ユウトは目を覚ました。
自分の胸に手をやって確かめてみる。
案の定、誰かが自分の胸の上で眠っているようだ。
誰か、と言っても一人しか思い当たらないが。
「おい、アキラお前な……」
顔を上げて確認をした途端、言葉を失った。
――パタン。
頭を戻して目を閉じてみる。
そう今のは夢かもしれない。
気持ちを落ち着けて、恐る恐るもう一度見直してみた。
(!!! 夢じゃない――!)
ユウトの胸の上で、すうすうと眠っていたのは、自分たちと同じ歳ほどの『少女』だった。
(だ、誰だ? しかも凄く可愛いんだけど……)
ユウトの鼓動の高鳴りが激しくなる。
その音に反応したのか、少女がぱちっと目を覚ました。
少しぼーっとしながら、ゆっくりと身体を起こすと、ふいにユウトと目が合った。
「え、えーと、あの……」
ユウトが気まずくなって声を掛けようとした時、
「あ、ユウトおはよー」
少女はまだ眠い目を擦りながらそう言った。
「へ?」と、ユウトが混乱する中、
「あれ、オレ何でこんなとこで寝てたんだろ? 全然覚えてない……」
少女はきょろきょろと辺りを見回している。
「な、何で俺の名前知って……」
言いかけて唖然となる。
少女には、よく見知っている人物の面影があった。
そういえば、さっきからあいつの姿が見当たらない。
そんな馬鹿な……でも、もしかして……
「ア、アキラ……?」
「はい? なにユウト」
少女はキョトンとして答えた。
ユウトは口をぱくぱくとさせて、しばらくの間言葉を失った。
そんなユウトを見て「?」と少女は小首を傾げる。
「お、お前、本当にアキラ……なのか?」
やっとの思いで、ユウトが言葉を発した。
「何言ってんの? オレ何かおかしい?」
「おかしいなんてもんじゃないだろ! お前何でそんなことになってんだ?」
「え……あ! ホントだ、髪の毛がすっごい伸びてる! て、あれ? そういえば声も何か変だな」
「いや、そこもだけど! もっと全体的にこう……とにかくおかしいって!」
「全体……?」
アキラは自分の身体を見直してみた。
「あー……もしかしてオレ『女の子』になっちゃった?」
平然と言い放つアキラに、ユウトは目眩を起こしそうになった。
「何で! 何でそんなに平然としていられるんだ、お前は!」
「んー、パニックになりたい所だけど、ユウトの方がパニクってるから先超されたっていうか」
「そ、そうか……でも、お前が『女』って……えええ?」
「まあまあ、とりあえず落ち着こう、ね?」
当の本人になだめられるとは……何とも恥ずかしい気持ちになって、ユウトもようやく落ち着いた。
改めてアキラをまじまじと眺めてみる。
(それにしても可愛い……いや、ホントにアキラか?)
もともと可愛らしい顔立ちをしてはいたが、少女の姿の方が少し大人っぽい感じがした。
短かった髪は肩より少し長いくらいになっていた。
濡れたように艶やかな黒髪が、動く度にさらさらと波打つ。
白い肌にほっそりとしなやかな体つき、見れば見るほど完璧な女の姿だった。
(胸も結構大きめかな……服がダブついててよく分かんないけど――)
「て、いやいやいや! そうじゃなくて!」
ついそんなことまで考えている自分に気付いて、ユウトは慌てて本題に戻そうとする。
「お前、思い当たることないのか? こんなことになった原因! 例えば……何か変な物拾い食いしたとか」
「そんなことしないよー、ユウトじゃあるまいし。でも、その辺にある見たことない植物の実は食べちゃったりしたかも」
「それなら俺も食べたけど……て、俺だって拾い食いはしてないぞ!」
「分かってるよ、それは冗談だって。そんなムキにならなくても」
「ならいいけど……いや、そういう問題じゃなくて!」
さっきから変なノリ突っ込みを繰り返す自分に、ユウトは気付いていない。
「でも、考えても仕方ないんじゃない? その内元に戻るかもしれないし。もう気楽にいこうよ」
本人はまるで他人事のように言う。
「お前……ものすごいポジティブだな」
「いや、何かもう悩むのが面倒なだけ」
「確かに悩んでも仕方ないかもしれないけど……」
ユウトがそう言って立ち上がり、アキラもそれに続いた時だった。
「あれ、ちょっと待って!」
アキラはトトトっとユウトの側に寄ると、おもむろに自分との背丈を比べだした。
「ああ~っ、やっぱり身長も縮んでる! ただでさえユウトより低かったのに! すっごいショック……」
アキラが初めて動揺した。
「いや、今だいたい百六十くらいだろ。女としてはそんなに小さい方ではないと思うけど」
「だって、ユウト百八十近くあるじゃん。オレ百七十しか無かったのに……さらに小さくなるなんて」
落ち込むアキラに、ユウトは何と言葉を掛けていいのか分からなかった。
そして、絶対に落ち込む論点がずれていると思った。
「はあ、落ち込んでても仕方ないか。とりあえず朝ご飯作るから、ちょっと待っててね」
そう言ってそそくさと準備をし出すアキラに対し、
「ああ、はい、お願いします……」
ユウトはやはり変な返事しか出来なかった。
アキラが朝食を作っている間も、ユウトの目はついついアキラの姿を追ってしまっていた。
当然女性物の服など有る筈もないので、今着ている服のウエストをベルトでカバーした。
以前よりも長くなった髪が、調理中もぱさりと前に落ちてくる。
「もう、この髪邪魔なんだけど。切っちゃおうかなあ」
言うが早いか、アキラはもうすでにハサミを手にして髪を切ろうとしていた。
「アホかおまえは――――ッ!!」
ユウトは電光石火でハサミを取り上げた。
あまりの勢いに、アキラは目をぱちくりさせて驚いた。
「ど、どしたのユウト?」
「き、切る必要はないだろ? 結んでればいいじゃん」
「まあ、そうだけど……切っちゃえば面倒がないかと思って」
「切るな、絶対切るな! 切ったら泣くぞ!」
「ええー……? 泣くって何だよ、もう意味分かんないし……そんなに言うなら切らないってば」
変な脅し文句だったが、アキラは渋々納得して手近な紐で髪を縛った。
「あ、危ない所だった……あんな綺麗な髪切らせてたまるか! 俺まだ触ってもいないのに――」
ふと、自分の台詞に違和感を持った。
(あいつの髪に触れたいなんて、何考えてんだ俺?)
ホカホカと湯気の立つスープを、ひとすくい口に運ぶ。
いつも通りの朝食だった。
「やっぱ美味い……」
料理もやはりいつも通り、アキラの味がした。
ただ、作った人物がいつものアキラであってアキラでない。
「ホントに? やった、ありがと♪」
反応の仕方もいつも通りだ。
(確かにアキラなんだけど……何処をどう見ても『女の子』だ。髪結んでるのも、なんかいいよな――)
明らかにのぼせ上がっていた。
「ユウト! ユウトってば!」
アキラの慌てた声が聞こえたが「……え?」と完全に反応が遅れている。
「服! スープこぼしてる!」
「え! うわ、あっちい!」
「もー、なにやってんの? ユウトらしくない」
アキラは屈み込んで、ユウトのズボンを拭こうとした。
が、ユウトは慌てて逃げるように立ち上がった。
「いや! いい! 大丈夫だから!」
こぼした場所が場所だけに、触られたくない。
しかもこの角度からはアキラの胸元が見えてしまう。
いくら相手がアキラとはいえ、とにかくマズイ。
(異変が起きてる本人よりも、俺の方が取り乱してるって……おかしいだろこれ!)
ユウトは何とか頭を切り換えようとした。
「そ、そうだ! 今日は女物の服、調達に行こう」
「でも、すぐに戻るかもしれないよ? もしかしたら夢かもなんて、こんなあり得ないこと」
「いいから! ついでに俺の着替えも欲しいし」
替えのズボンは洗濯中。
やはり、濡れたズボンのままでは気持ちが悪かった。