エピローグ
ユウトの持ち帰った桜の枝は、順調に成長を遂げて、今では背丈十メートル程の樹へと成長していた。
だが、四季のないこの世界で時期を迷っているのか、その枝には未だ花を咲かせたことがない。
そんな桜の樹の側には、小さな家が建てられていた。
樹の下では、犬と戯れる子供たちの元気な声が響き渡っている。
その様子を、二人は小さな家の窓から眺めていた。
「相変わらず、あいつら激しく遊ぶなー。毎日の洗濯が大変だって……」
アキラが溜息を付きながらぼやく。
「こいつらが大きくなったら、その内もっと大変になるぞ」
ユウトの目線の先には、二人の小さな赤ん坊がすやすやと眠っている。
「そうなんだよね。しかも五人全員男って……ホントに考えただけで目眩がする」
そう言いながらも、アキラのその顔は至極幸せそうだった。
あの桜の巨樹に別れを告げてから、五年の月日が流れていた。
現在は、教授やキャシーたち、その後出会った生存者たちと、小さなコミュニティーを形成して暮らしている。
ユウトは望み通り、現在は教授の下でこの世界の謎を解くべく、研究に明け暮れる毎日を送っている。
アキラはそんなユウトと教授の身の回りのサポートに回っていた。
そのような中で、二人は正式に結婚をして本当の家族となった。
それが、自分たちの幼い頃からの夢だった。
現在は五人の子供に恵まれ、賑やかな毎日を過ごしている。
「キャシーさんのとこは、この間三人目でやっと女の子が生まれたよね。いいなー」
「数ではウチが勝ってるぞ」
「いや、別に競争してる訳じゃないから」
キャシーは五つ子の旦那全員と結婚して、一妻多夫という家族構成になっている。
そしてユウトは未だに五つ子の区別が付いていない。
三人の子供の父親が、どの旦那の子供かなんて分かる筈も無かったが、全く問題無くみんな仲良く過ごしているようだ。
「それにしても、まさか自分がこの歳で、しかも五人の子持ちになるとは思いもしなかったな」
「何言ってんの。オレなんか、まさか自分が子供を産むなんて夢にも思わなかったっての」
「確かに……」
ユウトは少し同情するように頷いた。
「そう言えば、お前、小学生の頃『子供は絶対十一人欲しい!』とか言ってただろ。サッカーチームを作るんだとか言ってさ。俺ホント、お前の奥さんになる人は可哀相だなー、とか思ってたよ」
「そ、それは、子供の考えることだから! それにその頃は自分も男だった訳だしさ」
「ふーん。俺は別にいいけど? 十一人作っても」
「ええ、なにそれ? オレのことは可哀相だとは思ってくれな――わっ!?」
そう言いかけて、アキラは急に窓際から見えない死角へと引っ張り込まれた。
そんなアキラをユウトは後ろから抱き締めると、その耳元で囁いた。
「まあ十一人とは言わないけど……もう作っちゃおうか、六人目。何だったら、女の子が出来るまで頑張るとか?」
「な……っ! や、やっぱユウトって、鬼だ……」
アキラがユウトの方を振り向いて言うと、その唇にユウトは自分の唇を重ねようとした。
「あ――ッ! お父さんとお母さんがまた『らぶらぶ』してる――!」
その声に過剰に反応した二人は、ばっ! と慌ててお互いの身体を離した。
「ア、アキト! お前なぁ……」
見ると、長男のアキトが窓枠に身体を突っ込むようにして、こちらを覗き込んでいる。
初めての子供に、二人はユウトの父親の名前を付けていた。
「チューしてたぞ、チュー」
兄は弟たちに律儀に報告する。
「ちゅー?」
「ちゅー! ちゅー!」
まだ幼い双子の弟たちは、まるでネズミのように連呼する。
「こ、こら、アキト! 変なこと教えるな! それにまだチューはしてない!」
アキラはそのまま窓から外へ飛び出して、アキトたちを追い掛け出した。
「お、おーい、アキラ――?」
ユウトは一応声を掛けてみる。
子供たちは「きゃーきゃー」ではなく「ちゅーちゅー」と蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
犬のチビも一緒に逃げ回る。
もう『チビ』とは呼べないサイズに成長していたが、それが名前なので仕方がない。
ちなみに、ゴールデンレトリバー程のサイズはある。
急に周りが騒がしくなって、寝ていた筈の(これまた双子の)赤ん坊たちも泣き出した。
ユウトは慣れた手つきでひょいと二人を抱き上げると、あやしながら窓の外を見る。
「あーあ、ミイラ取りがミイラになっちゃって。とうとう一緒にサッカー始めちゃったよ」
子供たちと楽しそうに遊ぶアキラを見て、ユウトは眼を細めた。
五人の子供たちの胸には、生まれた時からそれぞれ、アキラと同じ赤いアザが付いていた。
子供たちはまだ、自分の母親が元々は『男』だったことを知らない。
部屋の片隅に飾られた写真立てには、あのアルバムから抜いた一枚が飾られているが、
『ねえ、この人だれ?』
と聞かれても、
『内緒。大きくなったら教えてあげるよ』
といった感じで、アキラがいつもごまかしている。
ユウトには、アキラが半分楽しんでいるようにも思えるのだが。
「ユウト!」
アキラが息を切らせながら、窓際に戻ってきた。
「あいつら、かなり走り回らせといたから、疲れて夜はすぐ寝ると思う。何にしても、子供が寝てからじゃないと無理でしょ?」
「ああ……まあ、うん。そうだよな」
(どうせこいつも、疲れてすぐに寝ちゃんだろうなあ)
ユウトはあまり期待しないように心掛けた。
「こっちはまた寝たんだね。ありがとユウト、すっかりイクメンだねー」
アキラは愛おしそうに、ユウトの腕の中で再び眠り出した子供たちを見つめた。
「この子たちは、一体どういう道を選ぶんだろうな。このアザに、どう人生を左右されるんだろう」
ユウトの言葉に、アキラは即答する。
「大丈夫。みんなきっと後悔しない道を選んでくれるよ。だって、ユウトとオレの子供たちなんだから」
そう言ってにっこりと笑う。
アキラが言うと妙に説得力がある、そう思った。
「うん、そうだな」
「ね、ユウト、一人預かるよ」
アキラはユウトから子供を受け取ると、静かに歌をうたい始めた。
それはあの日、あの桜の前で最期にうたった歌だった。
その澄んだ歌声は風に乗って、外で遊んでいる子どもたちの耳にも聞こえていた。
「あ、お花だ! お花が咲いてるー!」
「えっ?」
子供たちの声を聞いて、ユウトは窓から身を乗り出した。
いつの間にか、桜の枝には蕾が幾つも付いていた。
あの日と同じで、次々と蕾を膨らましてはぽんぽんと花開き、あっという間に満開となった。
「わぁーっ! お花がいっぱいになったー!」
子供たちからはそんな歓声が上がっている。
あの巨樹に比べればスケールこそ小さいが、その姿はどこか誇らしげだった。
「何だ、今まで意固地になって咲かなかったのってそういうことか。お前がその歌をうたってくれるまで待ってたんだ」
「そう言えば、この歌はあれから一度も歌ってなかったかも。最近は子守歌とかそんなのばっかりで。何か、悪いことしちゃってたね」
「やっぱりあいつと同じで、お前のその歌が好きなんだな」
満開になった桜の樹を眺めながら、お互い十八になったばかりのあの日のことを、ユウトは鮮明に思い出していた。
「なあ……あの時の約束、もう一度しようか」
「え?」
ユウトは唐突にそう言うと、空いた片手でアキラの指に自分の指を絡ませるようにして、ぎゅっとその手を握った。
アキラは思わず顔を赤くして、上目遣いにユウトを見る。
そんなアキラの目を、ユウトは真っ直ぐに見据えて言った。
「これから先も、ずっと一緒にいような……アキラ」
アキラはその視線に耐え切れなくなって、窓の外へと目を逸らした。
自分の視界で、ちらちらと舞い散る花びらが滲んで見える。
「何か……相変わらずキザなんだよなぁ、ユウトは」
「そう言うお前は、相変わらず泣き虫だよな」
その言葉通り、アキラは涙腺が緩むのを止められなかった。
ぽろぽろと涙が勝手に溢れてくる。
「だって嬉しい……オレも……これから先もずっとずっと、ユウトと一緒にいたいから……」
言葉を詰まらせながらそう言うと、アキラもその手を弱々しく握り返した。
「じゃあチューしようか、さっきしそびれたから。あいつらが桜に夢中になってる間にさ」
半分ふざけるように言いながら、ユウトはアキラに自分の顔を近づける。
その顔には、あの時と同じ満面の優しい笑みが浮かんでいた。
そんなユウトの顔を見つめるアキラの口から、あの時はなかなか言えなかった言葉が自然に紡ぎ出される。
「好きだよユウト……愛してる」
「俺も。愛してるよ、アキラ」
ユウトは唇が触れ合う直前に、もう一度小さな声で囁いた。
「俺に家族を与えてくれて……本当にありがとう」
「っ……うん……」
お互いの気持ちをその唇に乗せて、二人は長い口づけを交わした。
それを見計らったように、突然桜が激しく舞い散りだした。
子供たちは、その花びらを追い掛けるのにますます夢中になる。
それは、あの時の巨樹に負けないほどの見事な桜吹雪だった。
あの日の桜吹雪は、命の終わりを意味する桜の散華。
だが、これは違う。
時間を刻み始めたばかりのこの桜は、この家族を見守りながらこれから何度でも花開く。
それは彼らが歩むべき新しい世界への、優しい始まりの合図――
~終~
この物語はここで完結です。
最後まで読んで頂いた皆様に、心から感謝いたします。
本当にありがとうございました!
また機会がありましたら、番外編などでお会いできればいいなと思います。




