43 二人で
「とりあえず、早めに教授の研究所近くにでも、二人で住めそうな所捜さないとな。このままいつまでも、教授のとこに居候する訳にはいかないし」
ユウトが真っ先に考えたのはそのことだった。
現状こんな所まで来なければいけないようでは、この先が思いやられる。
容易にアキラと二人きりになれる環境が欲しい。
「え? いいじゃん、何も二人で住まなくても。大勢の方が楽しいよ?」
「えーとな……アキラはそうかも知れないけど、オレにとっては苦痛なんだ。もうホントいろんな意味で」
正直今も研究所に戻るのが怖い。出来ればこのまま帰りたくない。
きっといろいろと詮索されて、からかいのネタにされるに決まっているのだ。
教授もキャシーもいい人ではあるのだが……これ以上おもちゃにされるのは正直たまったものではない。
「それに俺たちも十八になったんだし、もう子供じゃないだろ?」
「十八……? って、もうオレたち誕生日来てたの? ホントに? いつ?」
ぴたり、とユウトは足を止めて、アキラの方を見て言った。
「お前やっぱり分かってなかったんだな。わざわざその日に合わせてここへ連れて来たのに」
「え、じゃあ今日なの? オレたちの誕生日」
「正確には昨日。俺たちは昨日十八になってんだよ」
ユウトは明らかな仏頂面になっていた。
「そうだったんだぁ。だって今って学校も無いし、季節感も曜日感覚も何にも無いから……ごめんね、全然気にしてなかった」
「だからって、自分たちの誕生日くらいはチェックしとけよ……」
今までならば、アキラの方がこの手のイベント事には敏感だった筈なのだが。
いかに今の日常が以前と変わってしまっているのかと言うことを、改めて実感させられてしまう。
「でも、こんなんじゃユウトに誕生日プレゼントもあげられないなあ」
「別にそんなものいらないよ。お前からはもう大事な物貰ったから」
「え? オレ、ユウトに何かあげたっけ?」
「……いや……要するに、お前がいればそれでいいってことだよ」
その言葉にアキラは顔を赤くすると、下を向いてしまった。
(今の意味、絶対分かってないよなぁ……まあ、いいけど)
相変わらずのことだが、アキラにその手の話は通用しない。
「ねえ、もうしばらくおじいちゃんのとこじゃダメなの? あそこだといろいろ便利なのに」
「そうなんだけどさ、あんな出歯亀のいるとこじゃ安心してHも出来ないだろ。あーあ、次はしばらくお預けになるかなー」
さらりとそう言うと、残念そうに息を付く。
アキラの頭の中は、今の言葉で一瞬にしてパニックに陥った。
「な……で、でき……っ、え、それが理由?」
「ん? だってそうだろ? まあ他にもいろいろあるけどさ」
さっきから、こちらが恥ずかしくなるようなことばかりを赤裸々に話す――アキラは思わずユウトに聞いた。
「な、何かユウトって……前から女の子に対してはこんな感じだったの?」
「あーそう言えば……今までは何かどうでもいいって感じで、こんなことなかったなあ。でも俺もうお前にしか興味ないから、どうにも我慢出来そうになくってさ。まあ、これから覚悟しといて?」
そんなことを爽やかな笑顔で言われてしまった。
「あ……あはは……」
もうアキラは、引きつった笑いと冷や汗しか出て来なかった。
今、自分の知らないユウトの一面を垣間見た気がする。
(えー……オレ、これからどうなっちゃうの……?)
もう後戻りの出来ないアキラの脳裏を、そんな不安が過ぎった。
「ああそうだ、これ言うの忘れてた」
「え! な、なに……?」
今度は何を言われるのだろうと、アキラは少しビクついた。
「誕生日、おめでとうアキラ」
その台詞に思わずほっと胸を撫で下ろすと、ユウトに向かってにっこりと笑って言った。
「うん! ユウトも! お誕生日おめでとう」
「それとこれ、まだ言ったことなかったんだけど……」
ユウトは勿体ぶるように間を開けると、アキラの耳元へ口を近づけてこう囁いた。
「お前のこと、愛してるよ」
「……は?」
アキラの身体が固まった。
突然言われた最上級の言葉に、体温が急上昇して、またしても頭がパニック状態になる。
「な……な、な、なに? 何で急にそんな……え、えええっ!?」
「何だよ。俺、なんかおかしなこと言ったか?」
当のユウトは涼しい顔をしている。
「で、アキラは? 俺にだけこんなこと言わせんの?」
「かか、勝手に言っておいてっ! そんなのずるいよ!」
「あっそ。じゃあ、お前が言ってくれるまで帰らないからな」
そう言って、まるで拗ねた子供のように、ユウトはぴたりとその場から動こうとしない。
「そんなあ、何やってんだよ、もお――……」
アキラは観念して、もうやけくそになった。
「分かったよ、愛してる! 愛してます! これでいい!?」
「うわ何ソレ……ぜんっぜん、心がこもってない……」
ユウトがどんよりとした顔で言う。
その様子にアキラは一瞬絶句したが、仕方ないとばかりにぼそぼそと答えた。
「あの……ホントに好きだから。そんな無理に言わせなくても、オレもユウトのことは、その……愛してるよ――」
ユウトは、アキラに向かって満面の笑みを浮かべていた。
その笑顔にアキラは思わず眼を丸くする。
「ユウトのそんな顔、初めて見た……」
「え、そうか? だって素直に嬉しかったから」
「でも、何かキャラが変わったっていうか……以前はもっとクールで、あんまりそんな風に笑うことってなかったのに」
「無意識だけど……そんなに変わったかな?」
ユウトは、よく分からないとばかりに小首を傾げた。
(……う……!)
そんな仕草に、アキラは思わず胸がきゅんとした。
ああ、何だか今は女子の気持ちも分かる気がする……
自分もきっと変わった、そう思う。
「そっか……うん、でもいいと思う。ユウトのその笑顔、すごくかわいいよ」
「かわいいって――男としてはどうなんだ、それ」
桜の花びらが舞い散る中で、そんな会話を交わしながら、また二人はゆっくりと歩き出した。
もう二度と離れることがないように、お互いの手をしっかりと握り締めながら。




