表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/45

41 永遠の約束

 静まり返った暗闇の中、白いしなやかな肢体は月の光に照らされて、ほのかに青白く浮かび上がって見えた。

 二人は頻りに口づけを交わしながら、幻想の中にいるような気分に溺れていた。


「……っ」


 ユウトが身体を抱き寄せると、アキラは少し表情を歪ませた。


「ごめん、まだ痛むか?」

「ううん、大丈夫だよ。気にしないで――」


 脇腹の傷は、まだアザになって残っている。

 首の噛み傷も未だ絆創膏で隠していた。


 忌まわしいあの記憶を思い出さないようにしていた。

 なのに――



 ドクン……!



 急激な恐怖がアキラの心を支配した。


「あ……ちょっと、ごめ……」


 堪えようとしても、ジワジワと込み上げてくる恐怖に震えが止まらない。

 苦しそうな息づかいと共に呼吸も乱れ出す。


 自由を奪われ、ただ苦痛と絶望を強いられたあの時間……

 アキラの中でその辛い記憶が蘇ってきていた。


「アキラ、大丈夫か……?」


 ユウトはアキラの肩に手を置いて、その顔を覗き込んだ。


「……っ、やめて! 放して!」


 その時、アキラはユウトとは違う何かを見て怯えいた。

 見えない何かから懸命に逃れようと、ユウトの手を振り払った。


「お、おい、アキラ」

「やだ、ユウト……ユウト助けて!」


 逃れようとしている相手に向かって助けを求めるという、奇妙な構図となっている。

 フラッシュバックという恐れていた現象から、ユウトは必死になってアキラを連れ戻そうとした。


「アキラ! ここだよ、俺はお前の目の前にいるから!」


 ようやくアキラはユウトの目を捉えた。


「俺が分かるかアキラ」

「ユ、ユウ……ト? あ……!」


 ユウトの声で我に返ると、アキラは夢中でその腕にすがった。


「やだ、ユウトがいい……ユウト以外は絶対に嫌だよ……」


 荒い呼吸で懸命に吐き出す言葉が涙声になる。


「なのに、オレが逃げ続けてたからこんな……もう後悔したくないのに……ごめん……ごめんなさい、ユウト……」



 そんなアキラを、ユウトは自分の心音が聞こえる胸元へと引き寄せた。

 そのまま強く抱き締めると、はっきりとアキラに聞こえるよう耳元で囁いた。


「大丈夫だから、俺はここにいるよ」


 肌を通してユウトの鼓動がアキラに伝わる。

 アキラは目を閉じて、その音に聞き入った。


(ああ、ユウトだ……オレの大好きなこの鼓動は……)


 気持ちが落ち着いていくのが分かる。

 呼吸が楽になり、震えも徐々に治まっていく。


 アキラが落ち着いたのを見計らって、ユウトはまたアキラに囁いた。


「アキラ、辛かったら無理しなくていいよ。今日はもう――」

「そ、それはダメ……! 今逃げたらまた後悔する。ユウトとなら大丈夫、大丈夫だから……!」


 そう言ってアキラは慌ててユウトにしがみついた。


「もう嫌だよ……これ以上後悔したくない……本当に」



 ユウトはアキラの髪を優しく撫でた。

 自分に対するアキラの決意が心の底から嬉しい。

 そんなアキラが、ユウトは愛しくて仕方が無かった。


 

「分かった。俺がそのアザを消す。だからお前に傷を付けるよ。たった一度しか付けられない、一生消えない傷だ」

「傷……?」


 アキラにその意味は分からなかった。


「そうだよ。だから他の誰にも先を越されたくなかった」

「いいよ、ユウトなら。だからお願い、嫌なこと全部忘れさせて……オレの頭の中、ユウトでいっぱいにしてよ」


 そう懇願するアキラの唇を、ユウトは自分の唇で塞いだ。


「好きだ……アキラ」


 アキラの方はもう言葉にならない。

 ただ拒むこと無くその身をユウトへと委ねた。



 ◇◆◇



「ん……」


 ユウトの愛撫に小さく声を漏らす。


「我慢なんかするなよ、せっかくだからアキラの声が聞きたい」


 その言葉に、アキラの表情が強ばった。


「どうした……?」

「ごめん、アイツと同じこと……ユウトに言って欲しくなくて」



 アキラがどんな仕打ちを受けたのかは、はっきりとは知らない。聞くことなど出来なかった。 

 ただ、あの男はどこまでアキラを苦しめれば気が済むのか。

 ユウトのはらわたは煮えくり返っていた。

 あの時、本当に情けなどかけて良かったのかと、思わず後悔がよぎる。


 そんなユウトの表情を見て、アキラは慌てた。


「ご、ごめんねユウト。あの……」

「いや、別にお前は悪くないだろ」


「そ、そうじゃなくて、怖い考えは……持たないでね?」

「は……?」



 まただ。こんな状況でもアキラは他人の心配をしている。


(馬鹿みたいにお人好しで。でもそんなアキラが、俺は好きなんだろうけど)


 そうなると、もう怒りのぶつけ所が無い。

 ユウトは軽く溜め息を付いた。


「……わかったよ。じゃあ仕切り直す」

「え?」


 ユウトはそう言うと、怒りをぶつける代わりにアキラの上にキスの雨を降らせた。


「ちょっ……ユウト、あ……っ」


 アキラは思わず声をあげた。


「それいいな……俺の名前、もっと呼んでアキラ」

「ん……な、何言ってんのユウト……や……あ、ユウト……っ」


 たまらずユウトにしがみつく。

 自分にしか触れることの許されないその背中へ、アキラは無意識に爪を食い込ませていた。


「痛っ……」

「あ、ご、ごめ……!」


「いや、いい。どうせなら、そのままお前の爪痕で俺の忌まわしい古傷も全部消してほしいよ。大嫌いだ……こんな背中」

「そんな……ユウト……」


 アキラの目には涙が浮かんでいた。

 ユウトはその涙を口で吸うと、そのまま息を荒げるアキラの唇を吸った。


「……っ」


 突然侵入してきたユウトの舌に一瞬驚き戸惑ったが、アキラは何とか懸命に応えようとしてきた。

 ユウトは唇を離すと、今度はアキラの耳元にその唇を寄せた。


「今まで誰かに先を越されるんじゃないかって思うと、本当に気が気じゃなくて焦ってた。そのせいでお前の気持ち考えもしないで……ごめんな」


 アキラは小さく首を横に振った。

 ユウトは静かに胸のアザに指を這わせると、そっとそこへキスをした。


「これが消えると二度と元に戻れなくなるけど、それでいいんだな」

「……いい。『女』の自分にしかユウトとの夢、叶えられないから。だから……ずっと一緒にいて、ユウト」


「いるよずっと。一生お前のそばにいる――」


「……うん」



 アキラの目から、また涙がこぼれ落ちた。



 ◇◆◇



 半分ぼんやりとしているアキラの額に、ユウトの唇が優しく触れる。


「大丈夫か?」

「う、うん、大丈夫……なんだけど」


 傷を付けるとはこういうことか、とさすがに理解した。

 けれど、ユウトの行為は終始穏やかで優しかった。


「アザも、ちゃんと消えてるよな」


 ユウトが言う。

 あんなにくっきりと存在していたアザは、もう跡形もなく消失していた。


「本当に消えちゃったね……何か意外に呆気ない感じだな」

「そうか? ここまでの道のりが俺には結構長く感じたからなあ」


 少し恨めしそうにユウトは言った。


「オレ、これでもうホントに『女』になったんだよね」

「そうだよ。今更戻られても困る」

「戻らないよ。でも、心配なら……あの、もう一回」

「え?」


 ユウトは驚いて自分の耳を疑った。


「あ、えと……やっぱダメかな」

「いや、全然ダメとかじゃないけど……ただあんなに怖がってたのにと思ってさ」


 ユウトが笑いながら言った。


「だって……ユウト、優しいから――『女』になって、何だか初めて得した気分になったよ」

「そうか。なら、よかった」



 アキラはそっと自分の両手をユウトの方へと伸ばした。

 細い指がユウトの髪に絡みついて、その身体を引き寄せる。


「ユウトが好き。その背中も、その瞳も、全部大好きだよ。ユウトにとってはただのトラウマかもしれないけど、でも……そのおかげで、オレはユウトに会えたから」


 ユウトの胸に、ぐっと何か熱いものが込み上げてくる。

 それはユウトの瞳から涙の雫となって、アキラの上にこぼれ落ちた。


「……ありがとう。俺、やっぱりお前でないとダメみたいだ」


 二人は再び唇を重ねる所から始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
E★エブリスタ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ