39 決意
あれから随分と経っていたが、穴の中は自分たちが最後に見た状態のままだった。
まるで、ここだけ時が止まっていたかのように、何もかもがそのままだった。
「なんか不思議……少しくらい掃除しなきゃと思ってたけど、全然その必要無いみたいだね。オレたちが戻って来るのを、ホントに待っててくれたのかな」
「大好きなお前は嘘を付かないって、そう思ってたんだろ」
そのアキラを、自分はこの場で奪おうとしている訳だが……どうなるかは分からない。
この樹の寛大さを信じるしかなかった。
二人は向かい合う形で床に座った。
懐かしむように辺りを見回しながら、ユウトが口を開く。
「本当に、オレたちよくここで遊んでたよな」
「小学生の時は特に入り浸りだったよね。ホントは誰かに見せびらかしたかったんだよなあ」
「マジかよ。それじゃ秘密基地にならないだろ」
「いや、だからスッゴい我慢したんだってば」
アキラは楽しくて仕方がないようだった。
子供の頃の思い出話は尽きることが無い。
本当は、いつまでもこうして二人で話していたかった。
けれど、ユウトはそんな思いを無理に封じ込めに掛かった。
「あの時もここで話したよな、俺たちの今後のこと。俺はお前から離れて行こうとしてた」
その言葉にアキラは少し怯えるような顔をした。
俯き加減になると、さっきまでとは全く違うテンションで呟くように話す。
「うん……覚えてるよ。というか忘れられない。ものすごくショックだったから」
あの時のユウトは、わざとアキラが自分に失望するよう仕向けた。
アキラにこれ以上迷惑をかけたくない。ただその一心だった。
その行動が水の泡と化した時、それはただアキラの心を予想以上に深く傷付けただけだと言うことを、ユウトは後になってから知った。
「キャシーさんから聞いたよ。俺が何気なく言った一言で、お前が『女』になりたいって思ったんだって」
「『女』になれば、ユウトとずっと一緒にいられるんだと思ったから。だから、もしなれるものならなりたいって、そう考えただけだよ。当然だけど本当になれるなんて思いもしなかったし、なれたからってユウトが自分を好きになってくれるなんて保証、どこにもないのにね」
謙虚すぎるアキラの言動とは裏腹に、自分はまんまとそのトラップに掛かっている。
ユウトはそんな自分に失笑した。
「でも俺は、その『女』のお前に一目惚れしたんだよなあ」
「は? え……うそ!?」
アキラは初めて聞いた事実に驚いて、ようやく顔を上げた。
「だって『理想の女』が突然目の前に現れたんだ。好きにならない訳がないだろ」
アキラはユウトの言葉に驚くばかりで、正直戸惑っていた。
そんなアキラの反応を見ると、ユウトは何だか可笑しくなった。
「ほら、俺ノーマルだからさ。やっぱ『男』のお前じゃダメだったんだよな」
「そんなの知ってるよ。オレだってそうだよ」
今は男同士で話をしている。
それも何だか滑稽に感じた。
「前にも言ったろ。俺が今まで彼女を作って付き合っても恋が出来なかったのは、お前っていう理想が邪魔してたからだって。でも『男』のお前にはどうしても恋愛感情なんて抱けなかったから……だから、どうせ別の道を行くなら、早い方がいいと思ったんだ」
「そうだったんだね……オレ、ユウトに見捨てられたんだと思ってたから」
あの地震で何もかもがうやむやになっていたが、ユウトは自分の本当の想いを全部アキラに話してしまおうと思った。
自分のあの行動のせいで、アキラはずっとひとり苦しんでいたのだ。
今まで全く気付けずにいた。
ユウトにはそれがとてつもなく心苦しかった。
「あの時は、そう思われた方が良かった。俺のことを嫌いになってくれれば、俺もお前から離れやすくなれるって考えてた」
「それは無理だよ。何があってもオレがユウトを嫌いになれる訳がないし、家族はずっと一緒にいられるもんだと勝手に思ってたよ」
「そうだな。俺たちは家族だったから……お前の場合、自分の家族の事故のせいで、大切な誰かに置いて行かれることに対しての恐怖が強かったんだな。だからあの時も、あんな無茶してでも俺について来ようとしたんだろ」
自分の知らない所で、大切な人を失うと言うとてつもない恐怖。
それは、ユウトも経験していたことだった。
「俺、お前に辛い思いばっかりさせてるな、ごめん」
「謝らないでよ。それはオレも同じだよ。ユウトの言うこと全然聞こうとしないで、勝手なことばっかりして……じ、自業自得ってやつ、だよね。ホントにごめん」
「あれ、珍しいな。今の四文字熟語、使い方もちゃんと合ってたぞ」
そんなユウトにアキラは少しムッとしたようだ。
「ねえ、そう言う突っ込みやめてくれる? オレ真面目なんだけど」
「分かってるよ、ごめん」
ユウトは軽く笑いながらまた謝った。
アキラもつられて笑顔になる。
そんな他愛のない掛け合いも、長く続けることは出来ない。
一転して真顔になると、ユウトは静かに本題を切り出し始めた。
「俺は『男』も『女』も、どっちのアキラも好きだよ。『男』のお前は、小さい頃からの俺の親友で、兄弟で――とにかく大切な存在だ。でも……」
アキラはアキラだ。
どちらかを選んだ所で、人格自体が消える訳ではない。
そう頭では理解している筈なのに。
じっと自分の目の前で次の言葉を待っている『男』のアキラに対して、ユウトは何故か突然申し訳無い気持ちになった。
そんな迷いを振り払うように頭を振ると、ユウトはアキラに思い切って言った。
「でも俺は『女』のお前に恋をした。こんなにどうしようもなく、心から誰かを好きになれるなんてこと、これまで思ってもみなかった。だから……一緒にいたいんだ『女』のお前と。この先も、ずっと……」
ユウトの今までの言葉を聞いて、アキラの心は確固たるものとなっていた。
にっこりと迷いのない笑顔で、アキラはユウトにこう答えた。
「ありがとう、オレもユウトのこと大好きだ。せっかくこれからもそばにいられるのなら、ユウトが求めてくれる方になる。だからオレは『女』になりたい。『男』のオレとはもう、さよならする。これはもう、ずっと前から決めてたことだよ」
その言葉を聞いたユウトは、目の前にいる『男』のアキラの顔から目を離せなくなった。
無言のまま、ただ食い入るようにじっと見つめる。
自分の瞳に映るもうすぐ消えてしまうだろうその姿を、可能な限り鮮明に、その脳裏へと焼き付けておきたかった。




