03 運命の日
その日は朝から凍るような冷たい風が吹き渡っていたが、空は気持ちがいい程に青く澄み切っていた。
そんな空とは裏腹に、ユウトの気持ちは重く沈んで暗かった。
今日、アキラを自分たちの思い出の場所に呼び出している。散々考え抜いた自分の考えを伝える為に。
だが、一体どう切り出そうか……その日は朝から、一日中そのことで頭がいっぱいだった。
◇◆◇
放課後、帰宅部のユウトは自分たちがいた養護施設へと直接向かっていた。
(部活が終わってから来るって言ってたな。そうなると六時を回っちゃうか)
二人の思い出の場所はその施設の裏山にあった。
大きな樹の根元にある穴の中。そこに二人で作った秘密基地がある。
(あそこ、俺だけじゃ入れないんだよな、アキラがいないと)
時間までかなりある。それまでどこで時間を潰そうか、そう思った時だった。
キキ――――ッ!
自転車が凄い勢いでドリフトを掛けて、ユウトの前で止まった。
ユウトは呆気にとられたが、よく見るとそれはアキラだった。ゼエゼエと荒く息を切らしている。
「あれ、お前部活じゃなかったっけ?」
「ユウト……助けて」
「は?」
「これ……マネージャーに明日からの合宿の買い出し頼まれたんだけど、オレには無理だった」
アキラはユウトにメモを差し出した。
訳が分からないまま、とりあえずメモを見る。
南瓜、胡瓜、馬鈴薯、人参、玉葱――
「あー、なるほどね。確かにお前には無理だな」
「だよね! 特にその、うま……何とかって何?」
ユウトは思わず吹き出した。全く以てアキラらしい。久しぶりに笑った気がする。
「まあ、これはかなり意地の悪い書き方だよなー。いいよ、俺も買い出しに付き合ってやるよ。どうせ暇だったし」
「やったー! ありがとユウト!」
そう言うと、アキラはユウトに抱き付いた。
相変わらずなアキラを見ていると、ユウトはこれから自分がしようとしていることが、とても残酷に思えてならなかった。
「それにしても誰だよ、こんな面倒なメモ書いたの」
「あーそれは、その……ユウトの、元カノの……」
アキラは答えにくそうに、もごもごしている。
「……そうなんだ、悪かったな」
素直に謝った。
アキラは少し驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。
「何だよ」
ユウトは怪訝な顔をした。
「いや最近ユウト、ちょっと機嫌悪そうだったからさ。何かこう、嬉しくて」
「…………」
ますます言いづらくなった。こんな所で会うんじゃなかったと後悔した。
買い出しの後、ユウトも一緒に学校へ行った。
着くなり、部員の方へつかつかと近付いて、例の元カノを見つけ出すと冷たく言い放った。
「おい、男に嫉妬とか馬鹿じゃねえ? やめてくれないかな。俺、もうしばらく誰とも付き合わないけど誤解すんなよ。そっちの趣味は絶対ないから」
何の感情もこもっていない、全くの棒読み。
元カノは目を潤ませながら走り去っていった。
「ええ! ユウトそれだけ言いに来たの?」
「そうだよ、悪いか。もう部活終わりだろ。だったら行こう」
決心が鈍る前にさっさと終わらせたかった。
明日から合宿なら、しばらくアキラと顔を合わせることも避けられる。
丁度いいと思った。
◇◆◇
日も暮れかけて、辺りは薄暗くなっていた。
二人は施設には立ち寄らず、例の秘密基地へと直行した。
その秘密基地は、大きく目立つ桜の樹の下にあるにも関わらず、未だ誰にも見つかったことがなかった。
ユウトはその理由を知っていたが、誰にも言っていない。
アキラにさえも。
(ほら、やっぱり――)
樹の根元には、大人一人入るのが精一杯と言った大きさの穴がぽっかりと開いている。
中に入ると、昔二人で遊んだままの状態が保たれていた。というより、更に充実した空間になっているようにユウトは感じた。
「もしかしてお前、ここに来てた?」
「へへーわかった? 時々来て色んな物持ち込んでたんだ。アウトドアグッズなんかもあるし、なんだったらここに泊まれちゃうよ。ねえユウトお腹空いてない? 何か食べる?」
「いや、さっさと話終わらせたいから、いい」
袋をガサガサとさせていたアキラの手が止まった。
「……何の話? オレの聞きたくないこと?」
何かを感じ取って、そう聞いてきた。
「多分……そうかな」
ユウトはあまり間を置かずに、直球で話し出した。
「俺、三年になったらアメリカに留学するんだ」
「え……! 聞いてないよそんな話!」
アキラは驚きを隠せないでいた。当然だった。
「だから、今言った」
「ユウト……もしかして、目のことでオレに気使ってる?」
ギクッとした。
いきなりアキラに図星を指されたことに驚いた。
「何で……気付いてたのか?」
「気付くよ! ずっと一緒にいたんだから! ほとんど見えてないんでしょ? そんなんで……どうして一人でアメリカになんか行くんだよ」
「向こうで治療も行う予定なんだ。これ以上お前に迷惑かけたくないんだよ。俺の為にいつも一人で走り回ってさ。もういいだろ」
「迷惑なんて思ったことないし、そんなの当たり前じゃん。だってオレたち家族だろ? そう言ってくれたのはユウトだよ?」
「でも……どんな家族だって、いつかはバラバラになるんだよ」
ユウトはアキラの顔を見据えた。正直、薄暗いこともあって顔はよく見えなかったが、どんな表情をしているのかは何となく察しがつく。
「兄弟だって、それぞれに新しい家庭持ってさ。それにお前、そういうの憧れてただろ。自分の子供にサッカー教えるんだとか言って」
「それは、そうだけど……」
「俺といたら、そういう夢もみんな叶えられなくなる。前にも言ったけど、いい加減彼女くらい作れよ。将来ずっとお前の側にいてくれる新しいパートナーになるかもよ」
あたりまえだが、将来アキラの隣にいるのは自分ではないのだ――そう思うと、自分の言った言葉にユウトは少し切ない気持ちになった。
「なんだよそれ……何で、そんなにオレのこと避けようとする訳? ホントはオレのこと嫌いなんじゃないの? だったらそう言ってよ! その方がスッキリする!」
「……分かった、じゃあお前のこと嫌い」
「ええっ! 何でそんなとこだけ素直に受け入れんだよ!?」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ……」
簡単にはいかないと分かってはいたが、これでは堂々巡りになってしまう。
「本当、いい加減にやめよう。とにかくもう決めたことなんだ」
「ちょっと、まだ何にも解決してないって!」
もう終わりだとばかりに、ユウトは立ち上がって出て行こうとした。
その時――
ドンッ!!
突然、足下から突き上げるような衝撃が走った。
「うわ……!」
ユウトは思わず後ろへよろめいた。
そこにはユウトを追いかけようとしていたアキラがいた為、二人一緒に勢いよく倒れ込んだ。
「いたた……ご、ごめんアキラ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だけど……何これ、地震? 早く外に出た方が」
「いや、無理だ」
ユウトがすぐさまその状況に気付いて言った。
「出入り口が塞がってる」
「え? うそ、何で?」
あったはずの穴が、跡形も無くなっている。
(こんな時に何なんだよ! いや、もしかしてこんな時だからか?)
地震はまだ収まりそうにない。
そんな中、ユウトは現状を冷静に分析しようと試みていた。
(閉じ込められたのか、それともここにいた方が安全ってことなのか――)
何度か周りを見回してみる。
(それよりも気のせいか? この樹自体が何かしら動いているような……)
この穴は巨樹の丁度真下にあった。その樹の根が、穴の外壁を強固に包み込んでいっているようにユウトは感じた。
そうこうしている内に、徐々に揺れが収まってきた。
「これだけ大きい地震じゃ、また大きな余震が来るだろうな。とりあえずここにいるしかないか」
「こんなとこ、救助に来るかな」
「分からないけど、自力で出られないんじゃ今はどうしようもないだろ」
「あーあ、合宿とかアメリカとか、そんなこと言ってる場合じゃなくなっちゃったなー」
「しばらくはここで合宿するしかないみたいだな。不幸中の幸いというか、お前のおかげで食料や寝床は揃ってるし」
「とりあえず、はいランタン。自力で充電して」
「こき使ってくれるな、お前は」
文句を言いながらも、ユウトはレバーを回し始めた。
思いの外前向きな二人だったが、その時、穴の外の世界では想像もつかない状況が起こっていた。
そのことに気付かされるまでに、二人は一ヶ月という期間を要しなければならなかった。