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37 暴露

 父親との思い出にふける中、ユウトはふとある場所を思い出した。

 自分とアキラにとっての、大切な思い出の場所。

 あそこなら、誰の何の邪魔も入らない筈だった。


(けど、あそこをそういうことに使っていいのかって思うと、正直ちょっと抵抗があるかな……それ以前に、入れて貰えない可能性だってあるし)


 桜の巨樹が守る二人の秘密基地。

 あの樹が『女』のアキラを受け入れてくれるかどうか、それが問題だった。

 しかも、ここからは少し距離がある。

 アキラを連れ出すにはまだ無理があった。

 今はただ、アキラの回復を待つしか無い。


 とにかく野次馬根性旺盛の人たちが集う、この場所でだけは絶対に嫌だ。

 ユウトはそう強く思わずにはいられなかった。


(それまで、俺はこの環境に晒される訳か……正直、メンタルが保つかどうかだよなあ――)


 ふっと遠い目をする。

 色んな意味で、ユウトは不安を隠せないでいた。



 ガタァーン!



 突然アキラの部屋から大きな物音が聞こえてきた。

 ユウトが慌てて部屋へ戻ると、床の上にアキラが倒れている。


「お、おい! 何やってんだよ、大丈夫か?」

「ご、ごめんユウト。ちょっと荷物が取りたかっただけなんだけど」

「無理すんなよ、呼んでくれたら俺が取ってやるのに」

「うん、でも自分がここまで動けないとは思ってなくて……」


 アキラは改めてショックを受けたようだった。

 ユウトはアキラを抱きかかえて、ベッドへと戻しながら聞いた。


「で、何を取ろうとしてたんだ?」

「チビが遊びに来てくれたから、ボールを貸してあげようと思って」


 見ると、ユウトの足下でチビがちょこんと座ってこちらを見上げていた。

 チビも少なからず怪我をしていたが、元気そのものだった。

 日に一度は必ずアキラの部屋を訪れて、アキラを笑顔にしてくれる。

 すっかり専属のセラピー犬と化していた。


 アキラの鞄の中には、以前拾ったサッカーボールが入っていた。

 無くしてしまった自分のボールの代わりに、アキラが大切にしている物だ。


「チビに貸して大丈夫か? 傷だらけにされるかもよ」

「あー、そっか。それはちょっと困るかなあ」


 それでもチビは尻尾をぶんぶんと振って、ボールが来るのを待ち構えている。


「じゃあ、ちょっと遊ばせてみてダメそうだったら我慢してもらうよ」

「まあ、お前がそれでいいんなら」


 そう言ってユウトはチビにボールを与えてみた。

 チビは嬉しそうにボールと戯れ始めた。

 歯や爪を立てる気配は無く、足や鼻先で器用にボールを転がして遊んでいる。


「チビすごーい! これならオレと一緒にサッカー出来そうだよね?」

「そうだな。頭もいいし、マジでこいつ天才犬だと思うよ」


 思えばチビには実際にいろいろと助けられている。

 もしかして、犬も人間と同じように進化していると考えていいのかもしれない。

 その証拠が胸にあるアザである。


「チビとサッカーがしたいんなら、早く治して元気になるんだな」

「うん、そうだね。頑張って早く元気になるよ」

「俺の方も……それまで待つから」


 その台詞に、アキラは顔を赤くして言った。


「あ……う、うん。ありがとうユウト……」



 コンコンコン!



 軽快なノックの音がして、キャシーがアキラの食事を持って入ってきた。


「あ、キャシーさん。ごめんなさい、いつもありがとう」

「いいのよ、アキラちゃんは気にしなくて。うふふ、ユウちゃんさっきは本当ごめんなさいねえ」

「はは、いえいえ……」


(絶対反省なんかしてないよな、この人……)


 ユウトは警戒心を解かずに、乾いた笑いと冷たい視線をキャシーへと送った。

 足下のチビがキャシーを見て「ワン!」と一声吠えた。


「あらあ、チビちゃん! 遊びに来てたのね。いつもお見舞いご苦労様~」


 キャシーも大の犬好きだと言うことで、チビのことを可愛がっていた。

 アキラの食事を置くと、チビの前にしゃがみ込んでその頭を撫でた。

 チビも尻尾を振ってそれに応える。


「あら……?」


 突然キャシーの様子が変わった。

 チビの遊んでいたボールを拾い上げると、それをまじまじと眺め始めた。


「やだ! やっぱりそうだわ! ええッ、どうしてコレがここにあるの?」

「あの、キャシーさん? そのボールが何か……」

「何って、だってコレあたしのボールなんだけど!」


 突然の告白に、ユウトとアキラは一瞬言葉を失って顔を見合わせた。


「え、じゃあキャシーさんが『金田タイシ』くんってこと……?」

「そうなるよな。こんな形で本名が判明するとは」


 キャシーもはっとなって、必死に言い訳めいたことを捲し立て出した。


「ちち、違うのよ! コレはあたしが高校の時に好きだった人がサッカー部だったってだけで入部した時に買った物で! うちのオヤジがあたしが男らしいスポーツを始めたと思って変に喜んじゃって、勝手にこんなでかでかと名前なんか書いちゃって! おかげで恥ずかしくてコレ全然使えなかったんだから!」


 こんな風に慌てふためくキャシーを見るのは初めてだ。

 ユウトはここぞとばかりに反撃に出てやろうと思った。


「自分で思いっきり白状しちゃってますけど? じゃあ、やっぱりこれが本名なんですね」

「きゃーっ! やだバレちゃったあ! 恥ずかしいったらないわよ、もう!」

「何で恥ずかしいの? すごくいい名前だと思うけどなあ『タイシ』くん」


 ユウトと違ってアキラに悪意は全く無い。

 ただ本当に思っていることを言ったまでだった。


「その名前はやめてえ~! だいたい何でそのボールをアキラちゃんが持ってるのよ!?」

「アキラが自分のボールを無くした直後に偶然拾ったんですよ、このボール。それに、これもうアキラが『タイシ』って名前を付けちゃってるんですよね」

「ええ~! アキラちゃんてば何てことを!」


 今だ、とユウトは交渉に乗り出した。


「まあ、そんなに嫌なら火野さんたちには黙っててあげてもいいですけど」

「うう、ユウちゃん、何が目的なの……」

「簡単なことです。俺で遊ぶのはやめてください。それだけです」

「ええ~……分かったわよ、もお~」


 やった! とユウトは心の中でガッツポーズをした。

 いつまで持つかは分からないが、これで暫くは大人しくしてくれそうだ。


「アキラちゃん、そのボールもう捨てちゃってよお」

「それはいや! だってきっとこのボールが、オレたちとキャシーさんを引き合わせてくれたに違いないんだもん。オレの宝物なんだから、絶対に捨てないよ」


 そう言って、大事そうにボールを抱き締めた。


「アキラちゃん……それって何か、嬉しいような悲しいような……」


 ただ天然なだけなのに、ここでのアキラは本当に最強で無敵だった。


「キャシーさんはどうして自分の名前が嫌いなの? 男の名前だからかもしれないけど、親が一生懸命考えて付けてくれた名前でしょ? 火野さんたちだって、キャシーさんの本名を知った所で元が男だってことはすでに分かってるんだから、今更何が変わる訳でもないと思うけどな」


 アキラがもの凄く正当なことを言っている……

 ユウトは驚くと共にマズイと思った。

 せっかくキャシーの弱みを掴んだと思ったのに、アキラに説き伏せられてしまっては、先程の交渉は意味を成さなくなってしまう。

 と言うことは、自分はまたキャシーのおもちゃに逆戻りとなる。


「そ、そうね……そうよね。もう男だったってことは分かってるんだし、今更男の本名を晒すくらいどうってことないわよね。私ったら何を必死に隠そうとしてたのかしら。ありがとうアキラちゃん!」


 そう言うと、キャシーは踵を返して五つ子の元へと走って行ってしまった。

 そして部屋には、満足そうに微笑むアキラと、打ちひしがれたユウトが取り残された。


「あれ、ユウトどうしたの?」

「いや、何か……もうどうでもいいや」


 アキラといる限り自分はそういう運命なのだと、ユウトはもう諦めることにした。



 そんなみんなの協力もあり、その後はアキラの怪我も順調に回復していった。

 それでも心の傷は、度々アキラのことを容赦なく襲う。

 心身の疲れからは、なかなか逃れられそうに無かった。


(せめて性転換の負担だけでも早く何とかしてやりたいけど……かと言って無理はさせられないし。この日に間に合うかな、タイミングも難しいんだよな)


 ユウトはカレンダーの、とある日にちに目を落としていた。

 この日にアキラを連れ出そうと、そう決めている。

 その日は二人にとっての特別な日だった。

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E★エブリスタ
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