36 追憶
「ちょっとキャシーさん……俺たちの邪魔をしたいのか応援してくれるのか、一体どっちなんですか?」
アキラの部屋から出てきたユウトは、開口一番にそう言った。
「やあねえ、もちろん応援してるわよー。だからユウちゃんの勇姿をこっそり見てただけなのに」
「わざわざ鍵を開けてまで、ですよね……」
悪びれる風もなく言うキャシーに、ユウトは冷ややかな視線を浴びせる。
「はっきり言って、見られてる時点で充分邪魔されてるんですけど?」
「あらあ、この間はあたしの見てる前で勝手に濃厚なラブシーン繰り広げてくれちゃってたじゃないの」
その話題を持ち出されると、さすがのユウトもあまりの恥ずかしさに耳まで真っ赤になった。
「あ、あの時はその、夢中で周りが見えていなかったというか……別に見せたかった訳じゃないですよ、ホントに断じて!」
「何よー、知ってんのよお? アキラちゃんのエロいカッコ見て後で鼻血出してたくせに。ユウちゃんたらかっこわるーい」
「な……! か、関係ないでしょう、それは!」
(バレてたのかよ……確かに格好悪い)
心ではそう呟いていた。
「関係あるわよー。そんなんで本番大丈夫なの?」
「いや! あれはその、シ、シチュエーションに問題が!」
そんな賑やかな様子を教授が嗅ぎつけてやって来た。
「何じゃと! アキラちゃんのエロい格好? ユウトくん、見たのか、見たんじゃな?」
「ああ、もう教授まで……誰か何とかしてくれ……」
もう限界だ――
よろよろとユウトはその場を離れようとした。
「ああ、ユウトくん。ちょっと待ちなさい」
教授に呼び止められて、仕方なくユウトは立ち止まった。
「何ですか? もう、充分からかわれましたけど」
「いや、すまんすまん。コミュニケーションの一環じゃろうて」
「ああいうコミュニケーションは出来れば控えて頂きたいんですが……非常に疲れるんで」
どうも自分は遊ばれやすい性質らしいと最近になって思うようになった。
正直本当に参っている。
「ユウトくん、目の調子はどうじゃね」
まともな質問にほっとしながら、ユウトは答えた。
「調子は良好ですよ。普通にしていてもちゃんと見えてるし。ただ、この瞳の色はもう元には戻らないみたいですね」
「そう言えば、あの五人も五感が鋭敏になった原因がそれぞれの部位の疾患だったそうじゃな。やはり以前に推測した通り、治癒の過程で何らかの進化が生まれているのかもしれんな」
けれど、それには何らかの代償を払わなければいけないのかもしれない。
自分は通常の瞳の色を奪われた。
いくら周りが気にしないと言ってはくれても、自分はきっとこの瞳を見る度に思い出す。
虐待のトラウマは、こんな形で一生自分に付きまとうのだ。
「ところで、アキラちゃんは何と言っておったんじゃ」
「アキラは……俺の目が見えるようになったことはすごく喜んでくれました。瞳の色が左右違うことも、かっこいいとか言ってくれて」
「なるほど、かっこいいか。そりゃあアキラちゃんらしいのう」
「でもあいつのことだから、もしかしたら俺に気を使ってそう言ってるだけかも」
心身ともに疲れ切っているせいか、どうしても考え方がネガティブになる。
そんなユウトを、何故か教授は懐かしむような目で見つめていた。
「実はなあユウトくん、君が帰って来たらこれを渡そうと思っておったんじゃよ」
教授はユウトに一枚の写真を手渡した。
その写真には、教授と数人の白衣を着た人物が写っている。
「え……っ?」
ユウトはその中の一人に目が釘付けになった。
今、自分が身につけている、この眼鏡を掛けたその人物。
「これ、もしかして……父さん?」
そんなユウトの様子を見て、教授はその顔をほころばせた。
「そうじゃ。最初から何処かで聞いた名字だとは思っておったんじゃが、やはり君はあの、守地アキトくんの息子さんだったんじゃなあ」
懐かしい父親の名前。
『ユウト』という名も父親が付けてくれたものだった。
「そうです。母が無頓着に手続きを怠っていたおかげで、俺は父の姓のままでいられました。父は大学の研究室で働いていて、一度だけ俺を職場に連れて行ってくれたことが……これはその時のものですよね」
写真の中では、まだ幼いユウトも父親に抱かれて笑っている。
薄らいでいた父親の記憶が、今またユウトの中に色濃く蘇ってきた。
「彼はワシのチームで助手を務めてくれておった。それでその写真の事を思い出してな、君が持っていた方がいいじゃろうと思ったのじゃ」
「え、い、いいんですか? 本当に? あ、ありがとうございます!」
思わぬプレゼントに、ユウトは喜びを隠せなかった。
ユウトの顔に少年らしい笑顔が戻る。
教授はそんなユウトを、終始満面の笑みを浮かべて見守っていた。
「君はお父さんによく似ておる。勉強熱心で、まっすぐで、生真面目すぎる所とかもな」
そんな教授の言葉がやけに嬉しかった。
ユウトは心の中で吐いてしまった教授に対する無礼な発言の数々を、また同じように心の中で詫びた。




