32 衝撃
ユウトはアキラの突然の行動に、少しの間レイのことを忘れていた。
レイは口元を手で押さえて座り込んでいた。
鼻からはぼたぼたと血が滴っている。
張り手が直撃したのだから、当然といえば当然だが。
それにしても様子がおかしい。アキラの突然の行動に驚いたのだろうか。
「……飲んじゃった……」
「……は?」
一瞬、訳が分からなかった。
「だから飲んじゃったのよ! さっきの薬!」
「な……っ! い、いやでもそれは――」
自業自得だろう、とユウトは思った。
レイは自分の鼻血には目もくれず、恐怖のあまり顔面蒼白になってガクガクと震え出した。
「たすけて……お願い……!」
「お前な……そんなヤバイ薬、他人に飲ませようとしてたのかよ」
助ける義理は全く無い。無いとは思うが――
「は―――……ったく……もう!」
ユウトは大きく溜息をつくと、アキラを下ろしてレイの側に膝を付いた。
少し乱暴に顔を上へ向かせると、おもむろに口の中へ思い切り指を突っ込んだ。
「おえ……!」
レイは苦しそうな声を出すと「ごぼッ!」と、胃の中の物を吐き出した。
吐瀉物の中には、あのタブレットが混ざっていた。
「これに懲りたら、もう俺たちに金輪際関わらないでくれ。分かったな」
口に突っ込んだ手をぶんぶんと振りながら、ユウトは念を押すように言った。
レイはゼエゼエと肩で息をして、答えられずにいるようだ。。
だが微かに小さく、コクリと頷いたように見えた。
(ホント、どこまで信用できるか分かんないけどな……)
とりあえずはこの場を去るのが最優先だった。
ユウトは再びアキラを背負ってその場を後にしようとした。
「ま、待って……待ってよ……!」
レイは苦しそうな声で、すがるようにユウトを呼び止めた。
「まだ何かあるって言うのか?」
ユウトは恨めしそうな顔でレイを見た。
「何で……何でそいつは好きになれて、私では……僕ではだめなの?」
思わずユウトは自分の耳を疑った。
しばしの間をおいてからレイに問い返す。
「……は……え? ちょっと、何だって?」
ユウトの中で思考が交錯する。
「今、『僕』……って言い直したよな? お前まさか」
「そうだよ、那月くんと同じで元々『男』なんだよ。僕の中でも異変が起こって『女』になった」
レイもアキラと同じ、性転換を経て『女』になっていた。
それは全く予期せぬ発言だった。
「じゃあ、お前にもアザが……?」
それを聞いたレイが突然笑い出した。
「あはははは! アザだって? そんなものとっくに無いよ! 言ったろ、兄は『ケダモノ』だって! いくら女がいないからってさ、実の『妹』だと思ってるヤツにまで……もう見境無しだったよ」
あまりの衝撃的は告白に、ユウトはその場に凍り付くように立ち尽くした。
「で、でも学校は? 普通に『女』として通ってたよな?」
「そっちの方がいろいろと僕には都合が良かったから。親は僕に甘かったし、僕の好きなようにさせてくれた。だから、物心付いた頃から『女』として過ごしてきたんだ。親は兄に愛想を尽かしていたからね。実質上の跡取りは僕だったんだ」
実際に麻薬を取り扱っていたのは、弟のレイの方だった。
よく考えれば、あのキョウにそんな才覚がないことなど、目に見えて分かる。
「ほとんど家族と交流の無かった兄は、ずっと本気で僕を『妹』だと思ってたんだよ、ウケるだろ? でもそれが仇になった。まさか本物の『女』になった途端、実の兄に見つかって犯されるなんてさ。ホントに……タイミング悪すぎるよね」
そう言って自虐的に笑った。
ユウトはそんなレイの話をただ黙って聞いた。
「せっかく君を見つけたのに、失意のどん底に落とされて……それでも君にまた会えると思うだけで、それがどれほど嬉しかったか。言ったろ、ずっとずっと本当に好きだったって。君への思いが僕を『女』にした。だから、何が何でも君を手に入れたかった。なのに……」
握りしめた拳をブルブルと震わせる。
レイの怒りの矛先は、明らかにアキラの方へと向けられていた。
「だから、兄貴にアキラを襲わせたのか」
「そうだよ! そいつをボロボロにしてやりたかった! 今まで君のことを独り占めにして、君にあそこまで言わせて! 本当に許せなかった!」
レイは思いの丈をユウトにぶつけたつもりだった。
だが―――
「それで?」
「…………!」
ユウトの素っ気ない言葉に、レイは目を見開いて思わず口をつぐんだ。
「話したいことはそれだけか? それとも、まだ俺たちに何か仕掛けてくるつもりか?」
ユウトにはもう、相手の言葉に惑わされる気は毛頭無かった。
「同情してほしいとか言うならお門違いだ。お前らは今まで恵まれた環境にいたんだろ。親に甘えて、わがままも全て通して。何もない俺たちは、お互いをずっと支え合って生きてきた。それは、これからも変わらない」
背中のアキラの顔を見つめながら、ユウトは言葉を続けた。
「ただ一つ変わったことは……これからは『女』のこいつと一緒に、この先の未来を創造して行けるってことだ。俺の為に『女』になってくれたこいつと……」
「ああもう! いいよ分かったよ! だからいい加減に黙れッ!」
レイは突然自棄になったようにそう言って、ユウトの言葉を遮った。
そして俯き加減に、床へぺたりとしゃがみ込んだ。
「こっちの気が変わらない内に、早く僕の目の前から消えなよ。もうこれ以上はそんな惚気、うっとおしすぎて本当に聞きたくないから」
意気消沈したレイには、もう追って来ようとする気配は無かった。
ユウトはレイの方を一瞥すると、その後は一度も振り向くこと無く歩き去って行った。
◇◆◇
レイはしばらくの間、その場で身じろぎもせずに座り込んでいた。
ユウトたちの姿が見えなくなると、レイは隠し持っていた物をつまみ上げるようにして取り出した。
自分の目の前に晒すようにしてそれを眺める。
「何コレ、ばっかみたい」
それは一丁の拳銃だった。
本当は、ユウトと心中でもしてやろうかと思っていた。
生きて手に入れられないなら、それでもいいと。
だけど腐るほどの惚気を聞かされて、何だか馬鹿らしくなって、そしてもうどうでも良くなった。
「あーあ、とりあえずあのクソ兄貴を捜して、無様なツラを拝んでやるかな」
どうせ、あの兄に一人で生きていくことなど出来る訳がない。
そのままのたれ死んでくれても別に構わないが、何となく後味が悪い気がした。
「それからこの先のことを考えるのも悪くない。だって――」
再びその瞳に冷酷な光が宿り出す。
「そうだよ忘れてた。新しいクスリの材料なんて、ここにはいくらでもあるんじゃないか」
新たな目的を見つけたとばかりに楽しそうに言う。
レイは信じられないくらいにタフだった。




