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30 壊れそうな心

 ボロボロになったアキラを目の前に、ユウトはしばらくその場を動けずにいた。

 見たくない……見たくなかった。

 こんな形で『男』のアキラと再会などしたくはなかったのに。



「……お前がやったのか」

「なあ! どういうことなんだ? こいつ、さっきまでは確かに『女』だったのに! 気が付いたらいつの間にか『男』になってたんだ!」


 キョウはユウトの問いには答えず、自分勝手に喚き散らす。


「うるさい、黙れ」


 ユウトは静かにその銃口をキョウの頭へと押しつけた。


「ひ……!」

「『男』とか『女』とか、そんなことはどうでもいい。俺はお前がやったのかって聞いただけだ」

「は、はい……」


 ユウトの気迫に圧倒されて、キョウは間抜けな返事をした。


「そうか。鍵は」

「は?」

「手錠の鍵、さっさと出せ」


 キョウはすぐ言う通りに鍵を差し出した。

 ユウトはキョウを引きずったまま、アキラの手錠を外してやった。

 そして今度はキョウを逃げられないようにその手錠で拘束した。


「お、おい、ちょっと……」


 そんなキョウを無視して、ユウトはアキラの方へと視線を落とした。


「アキラ……」


 懐かしい顔がそこにはあった。

 ユウトは力が抜けたように両膝を付いた。


 さっきまで手錠で繋がれていたその手首には、ひどい内出血の痕が幾筋も付いている。

 首筋の咬み傷からは血が流れ、大きく腫れ上がった脇腹が事態の悲惨さを物語っていた。


 胸の赤いアザは消えてはいない。

 だが、これを不幸中の幸いと言ってしまえるような心の余裕など、ユウトには微塵も残っていなかった。


「何で……何でこんなことが出来んだよ……」


 きっと、この短時間で身も心もボロボロにされたのだろう。

 そして『男』の自分に救いを求めたに違いない。

 その顔には涙の筋が光っていた。

 ユウトはその跡を指先でそっと撫でた。


 ユウトの中に、自分の幼い頃の記憶が蘇る。

 理不尽な暴力や罵倒。

 誰も助けてはくれなかった。


「俺がちゃんとお前を説得出来ていれば……」


 自分を責めた。

 そんなことをしてもどうしようもないと知りながら、それでもそうせずにはいられなかった。

 そうやって自分を追い詰めたかった。


「俺がお前を一人にしてしまったから……俺がお前を守ってやれなかったから……だからこんな……」



 しばしの沈黙があった。

 ユウトはすっと立ち上がると、その左目から眼帯代わりのハンカチを剥ぎ取った。

 そして再びキョウの前に立ちはだかり、しばらく黙ってキョウを見下ろす。

 左右で色の違うその瞳には、感情というものが宿っていなかった。

 だが、その色は普段よりも鮮やかさを増している。

 それを見たキョウが、思わず驚きの声をあげた。


「え、お、お前、目が金色に光って……」

「……お守り程度に持ってるだけのつもりだったけど、まさかこんなことに使う羽目になるとは思わなかった」


 キョウを無視してそう言うと、銃口をぴたりとキョウの額に当てる。


「決めた。お前このまま死ねよ」

「は? 何で? 俺は別にあの女……え、男? あ、あいつを殺したワケじゃないだろ!?」


 キョウは取り乱した。


「殺したよ。あいつの心をお前は殺した」


 淡々と話す。

 ユウトの目は本気だった。


「だってほら! あの怪我だって俺は犬の方を蹴ろうとしたのに、あいつが自分から犬を庇って飛び出したりするから……事故だよ事故!」


 全く以て、アキラらしい当然の行為だと思った。

 アキラのそういう所に、自分は惹かれているのだから。


「そういうことか……でも、結局やったのはお前なんだろう」


 小さな命を必死に守ろうとする者がいれば、一方でその命を何とも思わずに踏みにじろうとする者がいる。犠牲になるのはいつも前者だ。

 そんな理不尽の通る世の中が、ユウトはどうしても許せなくなった。

 金色の瞳が、更に輝きを増す。


「大体、何でお前らみたいなのが未だにのうのうと生きてんだ。他に救われるべき命は、たくさんあった筈なのに」


 

 カチリ――



 シリンダーの回る音が響く。

 ユウトの指はもう引き金に掛かっていた。


「今までお前に、どれだけの女があいつと同じような目に遭わされて来たんだ? どうせこれからも同じことを繰り返して行くんだろう。だったら、もうここで俺が終わりにしてやるよ」

「うあああ~! やめて~撃たないで~~!」


 キョウの情けない声が部屋中にこだまする。


「安心しろ。この至近距離なら俺でも外すことはないからさ。お前の最期も、この目でちゃんと見届けてやる」


 感情の無い声でそう言い放つと、その人差し指に力を込めた。



 その時、銃を持つユウトの手の上に、誰かの手がそっと添えられた。


「ダメよユウちゃん、これ以上は。アキラちゃんが悲しむわよ」


 キャシーだった。


「何で……こんなやつ、いない方がいいに決まってる」

「それでも、あなたが自分の為に人を殺したなんて知ったら、アキラちゃんはもっと傷つくんじゃないかしら?」


 確かにそうだろう。

 そんなことをすれば、アキラはきっと悲しむに違いない。


「……だったら、だったら俺はどうすればいいんだよ!」


 怒りのぶつけ所が無くなって、ユウトは混乱しそうになっていた。


「アキラちゃん言ってたわよ。思い出したって。あなたとずっと一緒にいたくて、その為に自分は『女』になりたかったんだって」


「え……」


 ユウトの手から力が抜けた。




 ドオオオオン!!



 地響きと共に、どこかで爆破音が聞こえた。

 五人衆の一人が部屋に駆け込んできた。 


「ドラッグの貯蔵庫を爆破したぞ、ここも崩れるかもしれん。退散だ!」

「ちょっとダーリン! そういうことは、ちゃんと安全を確保出来てからにしてよね!」


 キャシーが文句を言う。


「ま、待って! お、俺も連れて行ってくれ!」


 キョウが慌てて懇願した。

 その姿を冷めた目で見ていたユウトが、一度は収めた銃をまたキョウに向けた。

 今度は躊躇無く引き金を引く。


『ドン!』

「ひいいいい~~っ!」


 悲鳴と銃声が同時に鳴り響いた。

 硝煙の臭いが漂う。

 よく見ると、銃口はキョウの手錠に向けられており、弾はその鎖を弾き飛ばしていた。


「え? あ、あれ?」

「勝手に何処へでも行けよ。その代わり、そのツラ俺たちの前に二度と見せんな。さもないと――」


 そう言って、ユウトはキョウの方へと銃を向けた。

 キョウはまた叫びながら部屋を飛び出して行った。


 そんなキョウの後ろ姿を、ユウトは少し複雑な思いで見送った。

 何が正解かなんて分からない。

 けれど、アキラが悲しむようなことだけはしたくない。

 ただそれだけだった。 



 ユウトはアキラを抱き起こすと、自分の着ていたシャツを着せて背中に担いだ。


「う……っ」


 思わず声が漏れる。


(背中の傷がまだ……それに、男になるとさすがに重い……)


 そんなことを感じながら、チビを連れてこの悪趣味な部屋を後にした。

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E★エブリスタ
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