02 葛藤
そんな感じで年齢が上がるにつれ、更に二人の差は歴然としてきた。
相変わらず、ユウトはある程度周囲に合わせつつも過度な干渉を嫌い、一見冷たい印象を持たれた。
クールで学校一の秀才、見目も良かった為、女子には異様にモテた。
中学に上がってからは父親の遺品の眼鏡を愛用し、すでにそれは彼のトレードマークとなっていた。
アキラはと言えば、ユウトとは正反対。
成績はいつも下から数えた方が早いという有様だったが、明るく活発で周りに溶け込むのも早く、友人も多かった。
おまけにスポーツ万能な為、所属のサッカー部以外にもよく他の運動部に駆り出されていた。
それでも、いつも変わらず一緒にいた二人は、誕生日が同じことから『似てない双子』と呼ばれて、校内ではちょっとした有名人になっていた。
高校まではさすがに同じとはいかないだろうとユウトは踏んでいたのだが、アキラはユウトと同じ高校を希望した。
「お前なあ、こんな成績で俺と同じ高校行くなんて絶対無理だから」
「あ、それなら大丈夫! サッカーでスポーツ推薦枠もらえたから。ユウトは特待なんだよね、さっすが~!」
「…………」
馬鹿なのに要領がいい。ある意味、生きて行くには羨ましい能力を持っている。
高校生になると施設を出て、二人は学校の寮に入り、当然のように同じ部屋をシェアする形にした。
実を言うと、ユウトはかなりのズボラで、家事の一切はアキラが担っている。ほとんどユウトの『専属家政夫』と、言った感じだった。
そんなアキラは、嫌な顔ひとつせず、いつも楽しそうにそれらをこなしていた。
「お前本当、勉強以外は何でも器用だよな。将来は何にでもなれるんじゃないか」
「そうかな。よく分かんないけど。今は部活以外、特にやりたいこともないしなあ」
アキラはまだ、将来について考えようと思ってはいないようだった。
それが、ユウトとアキラとの決定的な差だったのかもしれない。
◇◆◇
校内の一部の女子の間では、とある噂が広がっていた。
「守地くんて、あんなにモテるのに全然女の子と付き合おうとしないよね」
「そーそ! いっつも那月くんとつるんでばっか」
「二人仲良すぎじゃない? あ、もしかしてデキてたりして――ッ?」
「アリだよね! 那月くんカワイーし」
よくある噂話ではあるが、ユウトは心底イライラした。馬鹿な腐女子たちにいいように言われるのが、無性に腹立たしかった。
アキラはと言うと、妙に冷静に対処していた。
「あはは、残念でした~! ユウトも俺もノーマルだよ。そんなの、ユウトより女の子の方がいいに決まってるじゃん」
そう言って、女子トークに混ざって一緒に談笑しているアキラにも、ユウトは少しイラついた。
(ふーん……俺より女の方がいいんだ)
何だか、何もかもがどうでもよくなってきていた。
その頃からだった。ユウトが積極的に彼女を作り始めたのは。
おかげで変な噂は払拭されたが、アキラはユウトが心配だった。
付き合い方に問題があるように感じる。
次からつぎへと、別れては告白されてまた付き合う、の繰り返し。
まるで行列の出来る名店のごとく、女の子が順番待ちをしているというような状況になっている。
「ねえ、ユウト。ちゃんと考えて付き合ってる? 彼女変わるペースがちょっと早過ぎない?」
「考えてるに決まってんだろ。ほとんど来る者拒まずだからそう見えるんじゃないか。とりあえず付き合ってみないと、合う合わないなんて分からないからそうしてるだけだよ」
ユウトは突き放すように言った。
「そうなんだ、ごめん……」
素直に謝るアキラに更に苛立ちを募らせ、嫌みのように言葉を浴びせる。
「お前も女の子が好きって言うんなら、早く彼女作れば? 何回か告白されてんの俺知ってるけど、大した理由もないのに何で断るの?」
「うん、でも今彼女作ってる余裕無いっていうか……部活も忙しいし、時間拘束されちゃうからさ」
おまけに、家事やバイトも全部こなしている。
アキラの言うことはもっともらしかったが、ユウトにはそれが言い訳にしか聞こえなかった。
結局そんなことをしても、ユウトが本当に好きになれる女の子はいなかった。
いつも相手に冷めた自分がいて、結局は破局する。その繰り返しだった。
ユウトは部屋に帰ると乱暴に鞄を放り出し、ベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。
「……もういい加減やめよっかな……」
正直、分からなくなっていた。
自分が恋を出来ていないという確信はあった。
そもそも『恋』とは、一体どんなものなのだろうか。女の子たちの表現では、いまいちピンとこない。
(『ドキドキ』とか『キュンキュン』とか言われても、全っ然わかんねえし……)
未知の世界だった。
(それとも何か? 実は俺って恋愛できない体質とか?)
どんどんマイナス思考になっていく。
元はといえば、アキラの何気ない一言が原因だった気がする。
『ユウトより女の子の方がいい』と言ったその一言。
自分はそれにムキになって振り回されていただけ。
(ただの馬鹿じゃないか、俺)
女の子に自分の理想を問われると、いつも返答に窮してしまう。
明るくて、優しくて、おまけに家事も出来て……まあ、ここまでは平凡。
そして何より大事なのは、
自分のことを本当に理解してくれていること――
そんな人間、いる訳がない。
そんなの……アキラしかいない……
けれど、アキラは正真正銘の『男』である。
人それぞれだとは思うが、残念ながら自分にそっちの趣味はない。
毛嫌いしている程だ。
だから、そんな自分が許せないでいる。
「そうだ。あいつのせいで、俺は女とまともに恋もできないんだ。だったらいっそのこと、アキラが女だったら良かったのに。きっと、何も悩まずにあいつのこと……好きになれる」
どうにもならない現実に、今更ありえないことを思わず口にした。
だからなのか――
最近の自分はアキラに対して冷たい態度を取ってしまう。どうしてもアキラの言葉にいちいち突っかかってしまう。あいつは何も悪くないって分かっているのに……
なのに、ユウトがどんなに嫌味を言ってしまっても、アキラは態度を変えることなく、いままで通りにユウトと接してくれる。
(俺はあいつに甘えすぎてるんだ。このまま一緒にいると、きっとあいつの将来を俺が壊してしまう)
寝返りを打って仰向けになると、ユウトはそっと自分の右目を隠してみた。
義父の暴力で傷ついた左目は、もうほとんど何も見えていない。最近、左目の視力の低下が著しい。
(やっぱり潮時なんだ……アキラにバレる前に、あいつから離れてしまおう――)
そう決心した。
それからのユウトは、彼女を作ることを一切やめた。
受験勉強に打ち込む為という名目だったが、当然それはただの言い訳でしかない。
アキラには内緒で、ユウトはその準備を整えていった。
そして二年生も三学期に差し掛かり、二人はもうじき高校三年生になろうとしていた。