28 虚言
「私の話に少しお付き合い下さる? そうすれば兄の部屋を教えて差し上げてもよろしくてよ」
「……本当に信用しても大丈夫なのか」
「信じるかどうかはお任せ致しますわ。でも、今は行き詰まっていらっしゃるのよね?」
見透かされている――
「早くしてくれ……」
ユウトは溜息をついてそう言った。
「あんた、何でそんなに俺に固執するんだよ」
「あの女と私、何がそんなに違うんですの?」
「何がって、何もかもだよ」
ユウトはさらっと答えた。
「な……」
その返答にレイは声を詰まらせる。
「何もかもが全然違う。大体同じ人間なんて一人もいない。あいつはずっと俺の側にいてくれた。俺以上に俺のことを分かってくれている、たった一人の『女』だ」
まあ、元々『男』だけど……と、心で付け加えた。
「わ、私だって……守地くんが入学してからはもう、ずっとずっとずーっと! あなただけを見てきましたわ!」
レイの握りしめた手がわなわなと震えている。
ユウトが思っている以上に、その想いは真剣なようだった。
「でもあいつとは、もうかれこれ十年以上の付き合いだから」
レイの眉が少しだけピクリと反応したことに、ユウトは気付かなかった。
「十年……? だって、その間にも色んな方とお付き合いしていらしたわよね?」
「俺自身、あいつのことが好きだって気付いたのはつい最近のことだよ。それで、俺から告白した」
「告白……ですって? あなたが? うそ……!」
ユウトから告白したという話は、これまで聞いたことがなかった。
だから、自分にも必ず勝機はあると信じていたのに。
「俺にとって最初で最後の恋なんだ。頼むから邪魔しないで欲しい」
「何を言って……お、女が他にいないからって、何も今から妥協しなくてもいいんじゃなくて?」
「妥協なんてしてない。例え何千何万人の女がいても、俺は必ずあいつを選ぶ」
「は……何よそれ……何なのよ! あなたにここまで言わせるなんて、分からないわ!」
レイのイライラがユウトにも伝わってきた。
「もういいだろ。お前の質問にはちゃんと答えたんだ。早くお前の兄貴の居場所、教えてくれよ」
レイは暫くユウトを見据えていたが、やがて俯いて話し出した。
「私……兄のことが大嫌いなの」
それは見ていて分かっている――
でもそんなことは、ユウトにとってはどうでもいいことだった。
「私以上に自分勝手で、常に人との接触を避けて生きて来たわ。でもたった一人の跡取りだから、必要以上に甘やかされてきた。妹の私のことはおろか、親すらどうでもいいって思う人なのよ」
そして今度は何かから吹っ切れたように、レイは勢い任せに話し出した。
「もうぶちゃけ、うちの実態を教えて差し上げますわ! 父は貿易商でしたけれど、実の所、主に取引していたのは……武器弾薬、そして麻薬でしたの」
ただの金持ちではない、そう思ってはいたけれど。
なるほどそういうことだったのかと、ユウトは妙に納得した。
「待てよ? じゃあ、俺に一服盛ろうとしたあれって……」
「あれは違いますわ。兄の部屋から持ち出した、ただの媚薬ですわ」
「ただの媚薬って……充分おかしいだろ」
もうすでに感覚が常人とは違う。
「この最下層には大量のドラッグが貯蔵されているの。それを使って兄は好き放題やっているって訳。親の遺産だとでも思っているんじゃないかしら? お金なんて、この世界じゃただの紙屑や鉄屑も同然ですものね」
ユウトの疑問がひとつはれた。
ギブ・アンド・テイク――麻薬につられた人間を雇っていたと言う訳だ。
レイの話は続く。
「こんな世界になるまで、まさか自分の親が武器や麻薬の密売人だなんて知らなかった……兄から全部話を聞いた時、目の前が真っ暗になったわ。残った肉親があの兄だけで、これから二人で生きて行かなければならないなんて……何も考えられなかった」
そう言うと、レイはユウトを真っ直ぐに見つめた。
「だから守地くんを見つけた時、私がどれ程嬉しかったか! 奇跡も運命も全部信じたわ。なのに……」
レイの目から大粒の涙がこぼれる。
「それでも手に入らないなんて……だったら……こんな世界に生き残らなければ良かった」
ユウトは静かにその話を聞いていた。
レイの話はどこか芝居じみていたが、本当なら他人事ではない。
自分もアキラがいなければ同じことを思っただろう。
「ごめん……」
突然のユウトの謝罪の言葉に、レイは驚いて顔を上げた。
「正直、俺のことをそこまで想ってくれてたってのは、想定外だったっていうか……ありがとう」
「守地くんが……私にお礼を? ゆ、夢みたい」
「いや、それは大袈裟だろ」
「いいえ、そんなことはありませんわ」
レイはにっこり笑うと、今度は申し訳なさそうに話し出した。
「でも、守地くん……ごめんなさい。実を言うと私、本当は兄の部屋が何処なのか分からないのですわ」
突然の発言に、ユウトの顔色が変わった。
「な……う、嘘だろ? だって、薬を持ち出したって――」
「あれは別邸での話ですし、持ち出したのは私ではありませんもの。あの人の部屋なんて、おぞましくて近寄りたくもない」
「それじゃあ、今まで話したこの時間は……」
「幸せだった……私、とても満足ですわ……」
レイはうっとりと手を組んで天を仰いだ。
本当に芝居だった。
ただの時間稼ぎに付き合わされただけ――
ユウトは気が遠くなった。
一瞬でもこの女を哀れんだ自分が大馬鹿だった……!
「守地くん。あなたががそこまで言うのなら、私あなたを諦めますわ」
そして一言付け加える。
「ただし、あの女が無事だったらのお話――ですけれど」
レイはいつも通りの冷たい笑みをユウトに見せた。
ユウトも鋭くレイを睨み返すと、その場を後にしようとした。
「そういえば『アキラ』って名前――」
ユウトが一瞬立ち止まる。
「どこかで聞いたと思っていたの。確か那月くんの名前も『アキラ』――でしたわよね?」
その問いには答えようとせず、ユウトはまた走り出した。
心の中が凍り付いた。
この女はどこまで分かっているのか。
計り知れなくて恐ろしかった。




