25 それぞれの試練
縦穴から続く階段を抜けると、ユウトたちは薄暗い通路に出た。
それはひたすら真っ直ぐ奥へ続いていて、所々左右へ別の通路が延びている。
物音一つしない、静かな空間が広がっていた。
この金色の瞳には、暗視の能力が備わっているらしい。
だが、暗闇ではとにかく目立ちすぎる。
見つかる訳にはいかないこの状況では、逆にやっかいな存在でしかなかった。
ユウトは眼鏡を取ってウエストポーチにしまうと、持っていたハンカチを眼帯代わりに左目へと巻き付けた。
数少ない電灯の明かりを頼りに、奥へと歩き出す。
通路が交差した地点まで来ると、チビがふんふんと臭いを嗅ぎ回り始めた。
「どうしたチビ。何か分かりそうか?」
そう語りかけた瞬間、チビの耳がピクリと何かに反応した。
ユウトもはっとなる。
自分たちが来た方向から、なにやら声がする。
それはどんどん近付いていた。
ユウトはチビを抱き上げ、慌てて手近にある部屋に飛び込んで身を潜めた。
「まったく、信じられないわ!あの女を浚ってくれたまではいいけれど、何? あの言い様は!」
声の主はレイだった。
心底腹立たしげに怒鳴っている。
兄に対して相当怒っているようだった。
「でもまあ、私がお兄様の立場でも同じことを言ったわね。別にどうなったっていいもの、あんなヒッキー」
(いいのかよ。どういう兄妹だこいつら)
神経が知れない、やはり関わり合いたくはない。
(早くアキラを見つけないと……いい加減早く行ってくれよ)
「それにしても、守地くんは何処へ行ったのかしら。お兄様を追い掛けて行かれたけれど、途中で見失ってしまったわね」
ユウトはギクッとして、更に息を潜めた。
「まあいいわ。その内ここに気づいてあの女を捜しに来るのだろうから、先にお兄様の所で待ち構えていればいいんだわ。行きましょう」
男たちを引き連れて、レイが歩き去っていく。
(あいつについて行けば、アキラの居場所が……!)
そう思って、潜んでいた部屋から出て行こうとした。
が、突然脳裏にある疑問が浮かんだ。
(あいつ……俺を見失った時点で、俺がここにいることに気付いているんじゃないのか?)
今、不用意に動くのは危険だと判断したが、はやる気持ちを抑えきれない。
「どうすりゃいいんだよ……」
頭を抱えた、その時だった。
「君、そこの少年」
突然声を掛けられて、ユウトは思わず声を出しそうになった。
慌てて口を押さえると、慎重に声のした方へと目を凝らしてみた。
薄暗い部屋の奥の方に、なにやら鉄格子が見える。
(牢屋……? 誰か入れられてるのか)
更に目を懲らすと体格のいい男が五人、身動きが取れない程みっちりと牢屋に詰まっていた。
(入れすぎだろこれ、他になかったのかよ?)
と、あまりに緊張感の無いことを考えてしまった。
「君も誰かを捜しに来たのかい」
また声を掛けてきた。
「そ、その通りです。あの、あなた方は……」
「我々はマイハニーを……キャサリンを捜しにここへ来たのだよ」
「キャサリンて……あ!」
ユウトはやっと本来の目的へと、遂に辿り着いた。
◇◆◇
遠くで誰かが自分に呼びかけている――
アキラはうっすらと目を開けた。
「ちょっとあなた、大丈夫?」
目の前の女性が話しかけてきた。
さっきから自分に呼びかけてくれていたのは、どうやらこの人のようだ。
「良かった、ずっと目を覚まさないから心配したのよ」
「あ、ありがとう……」
そう言って、体を起こそうとした。
ズキン!
「う……!」
あまりの痛みに声が漏れる。
脇腹に激痛が走って、起こそうとしていた体をまた床に倒した。
どうやら肋骨にヒビが入っているようだ。
(そうだった。確かあいつに蹴られた後、オレ気絶したんだ。こんなのチビが食らっていたらって思うと……オレで良かった)
チビは無事だろうか。
そして、ユウトは―――
「こんなカッコでごめんなさい。起き上がれなくて……」
「あら、あたしだって似たようなものよ。こんな物はめられているんだもの」
二人は、手錠と足枷で拘束されていた。
(キレイな人……)
歳は二十代半ばといった所だろうか。
『女らしい』とはこういう人のことを言うのだろう、とアキラは思った。
中途半端に女である自分とは大違いだ。
「あなた、早くここから逃げないと、真っ先にあいつの餌食にされちゃうわよ。基本的に年上の女はダメみたいね。なかなか女自体が見つからないから、私は非常食みたいな物らしいわよ」
「でも、どうやって? 逃げたくても身体が言うことを聞いてくれないし……」
「ずっと一人でいた訳じゃないわよね。誰かと一緒にいたんでしょ。その人とは、はぐれたの?」
「はぐれた……? ううん、自分のわがままのせいでこうなったんだ。勝手に嫉妬して、勝手に一人になって……ユウトの言うこと、全然聞こうとしなかった」
いつの間にか独り言のように話していた。
「あなた……もしかして本当は『男の子』?」
「え!?」
女性の一言にアキラは驚いて、思わず体を起こしかけた。
またもや激痛が走ったが、今の言葉の真意を聞きたいと思う気持ちの方が勝っていた。
「なんで分かったの? そう、オレ本当は元々『男』だったんだ」
「あらあ、じゃあ私たちお仲間ね」
「お仲間って……まさか」
女性は悪戯っぽく笑って言った。
「そうよ。ついこの間まで、私も『男』だったのよ」
「え……ええっ!」
アキラは唖然とした。
その振る舞いから、全然そんな風には見えない。
女としての年季を感じる。
「でも……オレと違ってすごくキレイだし、女らしいし――」
「あらー、ありがとう。実は私ねえ、元オネエなの」
なるほど、納得だった。
「ああ、それでかあ。通りでオレなんかより違和感がない訳だ」
「まだ工事前だったからタダで女の体を手に入れられたって感じ? しかも天然の女よ? 今でも信じられないわー」
自分が『女』になれたことを、本当に幸せそうに話す。
「いいな……『女』になりたくてなったんだもんね。オレは普通の男子高生だったし、ちゃんと女の子が好きだったし……なのにどうして自分が『女』になったのか、未だに全然分からない」
「そうなの? でも、条件が幾つかあるみたいなのよね」
そう言って、その女性は説明を始めた。
「まず、今までに女性との経験がない。好きな男性がいる。それに、自分が女性になりたいという気持ちがある――」
「え、でも……確かにユウトのことは小さい頃から好きだったけど、それは家族としてとか親友としてとか、そういう意味での『好き』だったし……」
「本当にその程度? その人のこと、一生ずっと一緒にいたいとか思うくらいに好きだったんじゃないの?」
「そ、それは……」
――ちくん――
心臓に何かを突き刺されたような感覚に捕らわれた。
ユウトから一人でアメリカへ行くと聞かされた時、アキラは絶望的な気持ちになった。
『例え本当の家族でも、いつかはバラバラになるんだ』
そうユウトは言った。
その後の言葉―――
『将来ずっと側にいてくれるパートナー』そんな『彼女』を作れと――
「そうだ……『彼女』なら……『女』ならずっとユウトのそばにいられるのかなって、そう思ったんだ」
少しずつ、記憶の糸が解けていく。
それは、ひとり思い悩んだ苦しい時間だった。
「だったらオレは『女』になりたいって……そう……思った」
思い出した――
靄の掛かったようになっていた記憶が、突然クリーンになった。
この世界でも、自分はしばらく『男』のまま過ごしていた。
こんな世界になったおかげで、今自分はユウトと一緒にいられる。
けれど、ずっとこのままでいられる訳がない。
いつかユウトは、自分から離れていってしまうに違いない。
でも、もし自分が『女』になったら?
ユウトは自分と一緒にいてくれるだろうか、自分を好きになってくれるだろうか。
そんな想いに苛まれ続けた。
そしてあの夜、胸の痛みに朦朧としながら、アキラは寝ているユウトにそっと口づけをした。
どうしてそんなことをしたのか、自分でも分からない。
自分の中の何かがそうさせた。
そのまま気が遠くなって、朝目覚めると自分は『女』になっていた。
そんな顛末だった。
「なんで……何で全部忘れてたんだろう。今初めて思い出した。どうしてもユウトと一緒にいたくて、自分から『女』になりたいって強く願ったこと……」
抱き締めてほしい……
キスしてほしい……
ユウトを拒んでしまった自分を恨んだ。
今はただ、一刻も早くユウトに会いたい。
その気持ちがアキラを突き動かす。
「あいつ、今ここにはいないんだよね? だったら今の内にどうにか逃げ出さないと」
「そうね、あなたがあまりにも弱っていたものだから、面白くないって言ってここへ置いて行ったのよね」
「あの……えと、まだ名前聞いてなかった。オレ、アキラです。那月アキラ」
「アキラちゃんね。私はキャサリンよ、キャシーって呼んで頂戴」
「キャシーさん……」
どこかで聞いたような?
アキラは今回の目的を完全に忘れていた。




