24 拉致
「今のは……!」
アキラの自分を呼ぶ声が聞こえた。
こんな所でもたもたしてはいられない。
隠し持っていたサバイバルナイフを素早く出すと、ユウトはネットを下から上へと勢いよく切り裂いた。
レイもユウトのそんな行動は予想外だったらしい。
慌てて後ろへ引き下がった。
「いやだ、そんな物騒な物持っていらしたの?」
「お前にそんなことを言われる筋合いなんて無いけどな!」
そう言い捨てると、アキラがいたであろう方向へと駆け出した。
「ちょっと、あなたたち! 守地くんを止めなさい!」
黒服で統一された屈強な男たちが飛び出して、ユウトの行く手を遮った。
「なんだこいつら?」
率直な疑問が過ぎった。
「おい!なんだってこんなやつの言うことを聞いてるんだよ?」
相手は答えない。
(こんな世界になってまで雇われてるとでもいうのか? 地位も名誉も、金さえも意味のない世界だぞ?)
このままでは先に行くことすら出来ない。
早くアキラの元に駆けつけたかった。
その時、男たちの足下を小さな子犬がすり抜けて来た。
何やら口にくわえている。
「チビ!」
ユウトの足下でチビは立ち止まった。
「やっぱり、アキラに何かあったんだな?」
チビは申し訳なさそうに小さく「キュウ」と鳴いた。
「何だそれ……スタンガン? まさか、アキラはそれで気絶させられて連れ去られたのか?」
正確には違ったが、意図は伝わった。
「ほら、もうあきらめた方がいいのではなくて?」
レイが詰め寄ってきていた。
「……ああ、そうか」
ユウトは何かに気付いたように言うと、レイの腕を掴んで自分の方へと引き寄せた。
「そのナイフで、私を人質にしようってこと? でも、あなたに人を傷付けることが出来るのかしら?」
「確かに、ナイフで傷付けるのは気が引けるけどな。これなら遠慮無くスイッチを押してやる」
そう言って、その首筋にスタンガンを押しつける。
レイの顔が少し強ばった。
「おーい、何やってんだお前。俺もう帰るぞー?」
のんびりとした男の声が、前方から聞こえてきた。
その腕には、ぐったりとして気を失っている少女が抱えられている。
「ア、アキラ……!」
ユウトは動揺を隠しきれずに、レイを掴んだまま思わず身を乗り出した。
「ちょ、ちょっと! お兄様ったら、何勝手なことをおっしゃっているの! 私が足止めをしたお陰でしょう? 早くこっちを何とかして頂戴!」
「あーはいはい」
キョウは面相くさそうに、ユウトに向かって声を掛けてきた。
「彼さあ、そのスタンガンって俺が捨てたやつだよね。もうバッテリー切れだから使えないよ、それ」
「……余計なことを」
ユウトは舌打ちした。
正直それは分かっていたが、威嚇に使うには充分だったのに。
ユウトはスタンガンをナイフに持ち替えた。
「妹を傷付けられたくなかったら、その娘をこっちに返せ」
「ええ~、それは困るなあ。こんなカワイイ娘、もう絶対手に入らないと思うし。うん、お断りするよ。ああ代わりにソイツはさ、刺すなりなんなり好きにしてくれていいから。じゃ!」
そう言うと、一人でさっさと引き返していく。
「ちょっと! 何よそれ信じられない! 覚えてらっしゃいヒッキーのくせに!」
レイは兄を罵倒する。
妹が妹なら兄も兄だ……ユウトは一瞬思い切り呆れた。
だが、そんな暇はない。
ユウトはレイを乱暴に放すと、直ぐさまキョウの後を追い掛けた。
相手との距離はそれなりにあったが、あっちは人一人抱えながら移動している。
追いつけると思った。
入り組んだ瓦礫はまるで迷路のようだったが、キョウは思いの外身軽に瓦礫の間をすり抜けていく。
(何だこいつ! ヒッキーじゃなかったのか?)
障害物で見え隠れする姿を見失わないよう、神経を集中させながらユウトは懸命に追い掛けた。
「もう少し……!」
そう思った次の瞬間――
「え――?」
突然、二人の姿が見えなくなった。
「どういうことだ……?」
そこは周りより少し広い空間が広がっていて、瞬時に隠れられるような場所は無い筈だった。
「アキラ! どこだよアキラ!」
よく考えると、アキラは気を失っていた。
叫んだところで返事は無い。
「何処に行ったんだよ、一体……」
為す術も無く、ユウトは途方に暮れそうになった。
「ワンワン!」
チビが追い付いてきた。
「チビ……ご、ごめん。つい夢中でお前を置いてきちまった」
チビは気にする様子もなく、ふんふんとしきりに地面の臭いを嗅ぎ回っている。
突然ある所に来ると、爪をがりがりと立てて吠え始めた。
見ると、直径が五センチ程の石が不自然に置かれている。
「これがどうかしたのか?」
横から蹴ってみたが動かない。
「あれ?」そう思って今度は上から踏み付けてみた。
がくん!
「うわ!?」
いきなり足下に穴が開き、ユウトたちは中に落ちて行った。
「いてて、そういうことか――」
縦穴の先に階段が続いている。
教授の研究所と、少し作りが似ているように感じた。
「アキラは……本当にここにいるのか?」
「ワン!」
チビが自信ありげに返事をした。
「お前すっげー頼もしい。ホント天才犬なんじゃないのか?」
その言葉を聞くと、チビは嬉しそうにぶんぶんと尻尾を振った。




