23 引き裂かれる二人
「追い掛けなくてよろしいのかしら?」
後ろからレイの声がした。
ユウトは振り返ると、レイを睨み付けた。
その左目が金色に輝いている。
「あら、気付かなかったわ。守地くんてオッドアイだったのね。素敵」
ユウトは、そんな台詞を完全に無視した。
「お前が仕組んだのか」
「何を言ってらっしゃるのかしら」
「あまりにタイミングが良すぎるだろう。どこから見てたんだ、俺たちのこと」
「さあ?」
レイはとぼけるように言った。
「それより、本当によろしいのかしら。今は、女の需要は計り知れないのよ。つまり珍しいの。誰かに見つけられたりしたらあの娘……一体どうなってしまうのかしらね」
「何だって……?」
ユウトは背筋が凍るのを感じた。
この女の言う通りなら、アキラは格好の餌食になる。
「くそ!」
ユウトは慌ててアキラを追い掛けようとした。
「うわ!?」
突然、ユウトを目掛けて何かが覆い被さってきた。
それは捕獲用ネットだった。
「何だこれ? 何のつもりだよ!」
「だあって、せっかく奇跡的に出会えたのですもの。このチャンスを逃すなんてこと、出来っこありませんわ」
クスクスと笑いながらユウトに近付いて来た。
「それにあの娘の面倒は兄が見て下さいますわ。兄があの娘のことを、それはもういたく気に入ったようですの」
「あんたの兄貴……だと?」
「あの人、ヒッキーだったおかげで助かったんですのよ。たまに外へ出てきたかと思えばいつも決まって女漁り。今は特に飢えていますの。だって、女がいないんですもの」
この女の兄だというだけで、ゾッとした。
しかも、もうアキラが目を付けられている。
「でも、久しぶりの獲物が上物だったおかげで、兄もすこぶる上機嫌でしてよ? まあそれも、いつまで持つかは分かりませんけれど」
ユウトの目の前で、レイはしゃがみ込んだ。
その瞳の奥はどこまでも冷たい。
アキラに対する嫉妬がありありと感じられた。
「ご心配なく。私は兄とは違って一途ですから。ずっと、守地くんを大切に致しますわ」
◇◆◇
「何かもう……こんなのばっかりで疲れたよ――」
アキラは追いついて来たチビに話しかけていた。
「せっかく仲直り出来たのに、どうしてこうなるんだろう。ユウトのこと本当は信じてるのに。このままじゃオレ、一体何の為に……」
「へえ~え! やっぱ、遠くで見るより近くで見た方が何倍もいいねえ!」
突然の男の割り込みに、アキラは驚いて一瞬声が出なかった。
「あ……だ、誰……?」
何とか声を振り絞る。
「嬉しいなあ、こんなカワイイ娘が残っててくれるなんて。君、ラッキーだね」
(何言ってんの、この人。こっちの話全然聞いてないし)
「で? 何してんのこんなトコで。君みたいな娘が一人でいるとさあ、ホント……危ないよ?」
ゾクッとする言い方だった。
「い、いえ……連れがいるんで……もう戻らなきゃ」
早くこの男から離れなければ――本能がそう告げている。
急いで立ち去ろうとした。
「おっと、ちょーっと待ちなよ彼女!」
いきなり乱暴に腕を掴まれ、ダン! とそのまま勢いよく瓦礫の壁に押し付けられた。
「あう……!」
アキラは背中を打ち付けて、声が詰まった。
気が付くと、すぐ目の前に男の顔がある。
「ふーん」
アキラを品定めするように、じろじろと嘗め回す。
「な、何……」
アキラはいい知れない恐怖を感じていた。
「なるほどねえ、やっぱあれ彼氏だったんだ。こんなにくっきりキスマーク付けるなんて、誇示の現れだよねえ」
(キスマーク? なにそれ……これってユウトが付けたってこと?)
相変わらずの無知だった。
「じゃあもう処女じゃないってことかなあ。ちょっと残念だけど、まあどうでもいいや。俺と一緒においでよ」
そう言って、掴んでいた腕をグイと引き寄せた。
「だから、さっきから何言って……嫌だ放してよ! 連れがいるって言ってるじゃ……」
「君の彼さあ、うちの妹のお気に入りなんだよねえ」
男――レイの兄キョウは、また話をねじ込んできた。
「どうやっても手に入れるんだってさ。前にあんなこっぴどく振られたってのに、アイツしつこいからねー。君、もう彼のことはあきらめなよ。こっちはこっちで楽しくやればイイじゃん」
「妹って、さっきのあの人……?」
やっぱり、ユウトの言っていた通りだったのに――
嫉妬に負けて素直になれなかった自分を、心から恨んだ。
「じゃあ行こっか」
強引にアキラの腕を引っ張ろうとする。
「や、いたっ! 放してってば! こっちは一緒に行くなんて言ってない!」
「ざーんねん、君には断る権利なんて無いんだよ? ここにはさ、だあれも君を助けてくれる人なんていやしないんだから」
「や……やだ! ユウト、ユウト―――っ!!」
思わず、ユウトの名前を叫んでいた。
「おいおい~だからぁ、呼んでもムダなんだって……」
キョウがそう言いかけた時だった。
小さな影が飛び出して、キョウの腕に思い切り噛み付いた。
「いっで――ッ! 何だコイツ!」
キョウは腕からそれを振り払い、地面に叩き付けた。
「キャウ!」
悲鳴を上げる。チビだった。
「チビ!」
束縛から自由になったアキラが、慌てて駆け寄った。
チビはすぐに起き上がり、キョウに向かって小さく唸り声を上げている。
「この……クソ犬が!」
キョウは後ろへ大きく足を振り上げて、チビを蹴り上げようとした。
「ダメッ、やめて!」
ドゴ……ッ!
そんな鈍い音がして、間に割って入ったアキラの腹にキョウの蹴りが勢いよく入った。
「……あ……っ……」
呼吸が出来ず、声が出ない。
蹴られた勢いで転がったまま、動けなくなった。
「クンクン……」
側に来たチビが、心配そうに声を上げる。
「チ、チビ……早く逃げ……て……」
やっとの思いで声を絞り出すと、アキラはそのまま意識を手放した。
「あー、びっくりした。ま、いっか。結果オーライってことで」
キョウはアキラをひょいと肩に担ぎ上げた。
「一応これ持って来てたけどいらなかったなー。あれ? なんだ、どのみちバッテリー切れか」
そう言って、ポイ! と持っていたスタンガンを適当に投げ捨てた。
チビはしばらくアキラを気に掛けるようにおろおろとしていたが、そのスタンガンを懸命に拾い上げると、元来た道を急いで引き返して行った。




