22 仕組まれた罠
「おい、アキラ! いい加減に止まれよ! 先に行くなって言ってるだろ!」
丘の頂上に着いて、ようやくユウトは追い付いたアキラに声をかけた。
だが、アキラは答えない。
「こら、お前なに考えて――」
そう言った瞬間、ユウトは自分の犯した間違いに気付いた。
「お前……誰だ?」
アキラではない。
その女はクスクスと笑って、頭につけたウィッグを勢いよく取った。
アキラよりも長い髪が、バサッと大きく広がる。
「な……ウ、ウソだろ……?」
ユウトは目を疑った。
よりによって一番会いたくない相手が、今……目の前にいる。
「そうか……あんた無事だったんだ」
ユウトは少し冷たい目をして言った。
「あら、お互いせっかく無事に再会できましたのに、もう少しお喜びになったら?」
「誰がお前なんかに……」
この女にだけは本当に、出来れば二度と会いたくはなかった……
そう思ってユウトは舌打ちをした。
女の正体は、さっき双眼鏡越しにユウトへと語りかけていた、天王寺レイと言う名の女だった。
◇◆◇
天王寺レイは、ユウトたちと同じ高校の一つ上の先輩にあたる。
校内でも随一のご令嬢と言われた少女だった。
「一度はお付き合いをした仲ですのに」
長い髪をかきあげながら、レイはユウトに近づいて来た。
「あれは付き合ったとは言わないだろ。告られた後に、殆ど拉致状態で家に連れて行かれて、散々色んなもんの自慢に付き合わされて。その挙げ句に一服盛られそうになるって……そんなやつと誰が付き合うかよ」
ユウトの言うことはもっともだった。
校内でも、レイの行動はいつも常軌を逸していた。
だが誰も何も反発することは許されない、そんな存在だった。
「あの時はまんまと逃げられてしまいましたわね。私に逆らう人なんてあなたが初めてで、あなたのことますます好きになったわ。こうやって生きて出会えたのも、何かの運命だとは思いませんこと?」
「そんな運命、迷惑だ……」
確かに自分たちは生存者を捜しに来たのだが、今回ばかりは来るんじゃなかったと心底後悔した。
これは相手が悪すぎる。
はぐれたアキラのことが心配で仕方がなかった。
「ねえ、私と一緒に参りましょうよ。以前通りとは行きませんけれど、それなりの待遇は今でも出来ましてよ?」
「シェルターくらいはしっかり用意していたって訳か。でも俺はあいにく―――」
アキラのことを言いそうになって、「しまった!」と思った。
レイは目ざとくその穴を突いて来た。
「お連れの方のこと? そういえば、仲の良かった那月くんはどうなさったのかしら?」
「どうでもいいだろう。あんたには関係ない」
ユウトはそう冷たく言い放った。
「そう……でも、今日は女の子とご一緒でしたわね。彼女はどなた? 今、何処にいらっしゃるのかしら。女の子一人では危ないと思うのだけれど?」
ニヤニヤとして話す。
ユウトに不安が過ぎった。
「あいつに、何かしたのか……?」
「いやだわ、何もしていませんわよ。さっきちょっとお見かけしただけで」
「何もない訳がないだろう! あいつに変装までして! 言えよ、何処にいるんだ?」
ユウトが詰め寄った。
「そうね、教えて欲しかったらそれなりのことをして頂かないと」
「お前……!」
ユウトは思わず相手の胸ぐらを掴んだ。
「ひどいわね、女の子にこんなことをするなんて」
はっとなって一旦手を引いた。
「そんなに大事なの? あの女のこと―――」
レイの態度が冷ややかに豹変した。
「だったら、私にキスなさい。あの女がどうなってもいいのなら、断っても構わないけれど?」
「……相変わらず、卑怯な女だな」
今更、アキラ以外の女とキスをするなんて――
後ろめたさと嫌悪感が入り交じった、変な感情に悩まされる。
でも、本当にアキラが捕らわれていたりしたらと思うと、不本意でも言う通りにせざるを得なかった。
(この、クソ女!)
心で罵倒しながら、ユウトはレイの肩に手を置くと、ゆっくりと顔を近付けた。
その瞬間、瓦礫が小さく崩れる音と共に、誰かがこちらに近づいて来る気配がした。
レイの目が、ちらりと横を見る。
彼女の目の端に映っていたのは、ようやく罠から解放されて追い付いてきたアキラだった。
「あれ、ユウト……?」
「え? あ――」
ユウトがアキラの声に反応する。
と同時に、レイはユウトに両腕を絡め、ぐいと引き寄せてキスを強行した。
「!! やめろ……ッ!」
ユウトは咄嗟にレイを突き放した。
レイはよろめきながらも、その顔に不敵な笑みを浮かべていた。
「アキラこれは……あ、ちょっと待てって!」
踵を返して走り去るアキラを、ユウトは懸命に追いかけた。
追いついて腕を掴むと、アキラは抵抗なく立ち止まった。
けれどこちらを振り向こうとはしない。
「アキラ……あの、これは――」
「良かったね」
話し出そうとしたユウトの言葉を、アキラが遮った。
「元カノの一人が無事で。寄りも戻ったみたいだし、やっぱり本物の女の子の方がいいもんね」
「何言ってんだよ、あれはあっちから無理に……」
「そうなの? ユウトの方から、顔近付けてたように見えたけど」
アキラの素っ気ない言葉に、ユウトは焦りの色を隠せなかった。
「だから脅されたんだよ。お前が捕まってると思って、俺……そういう女なんだあいつは」
「そうなんだ。でもごめん、何かよく分かんない」
そう言って俯いたまま、ユウトの顔を見ようともしない。
「何で……俺の説明分からなかったか? だから俺は――」
「本当に今は頭の中がぐちゃぐちゃで……放して、お願いだから一人にして」
「ダメだ、一人は危険だ。またあいつが……」
「でも、さっきの光景が頭に焼き付いてて……どうしてもダメなんだよ! ユウトといると、本当におかしくなりそうなんだよッ!」
アキラが叫ぶように言うと、ユウトは掴んでいたアキラの腕を引き寄せ、そのまま唇を重ねようとした。
「やだっ! やめてよ!」
そう叫んでユウトを突き放した。
「アキラ……俺は……」
「……何で?」
「え?」
「何で別の女の子とキスした直後に、オレにそんなことが出来るの? こんなのって……最低……」
ユウトは言葉を失った。
確かに最低な行為だったと自分でも思った。
最近は自分を見失ってばかりだ。
(それくらい……お前のことが好きなんだ)
言葉には出さなかった。
今は言っても伝わらないと思った。
「あんまり遠くには行かないから、少しでいいから一人にしてよ……お願い」
そう言うと、アキラはユウトから離れて行った。
ユウトはもう、追い掛けることが出来なかった。
「――チビ。アキラと一緒にいてやってくれよ。何かあったら教えてくれ」
足下にいた子犬に声を掛ける。
「ワン!」
一声吠えると、チビはアキラを追い掛けて行った。
その姿を、ユウトはぼんやりと見送るしかなかった。




