21 待ち伏せ
「この目で確かめるまで、信じられなかったわ」
双眼鏡を構えた手が、感激で震えている。
「また生きて巡り会えるなんて、これって運命だと考えてもいいと思うの」
双眼鏡の向こう側に見える少年に語りかける。
女は、その少年の名を知っていた。
「ねえ、そう思うでしょ? 守地ユウトくん――」
女――天王寺レイは、うっとりと呟いた。
「でもお前、あの男に振られんじゃなかったっけ? それもかなりキョーレツにさ」
横にいた男がいらないやっかみを入れると、レイは男を軽く睨んだ。
「いいの。今度はどんな手を使ってでも手に入れるつもりですもの。だからお兄様にも協力してほしいの」
「キョウリョク~? 俺をわざわざ外まで引っ張り出して、それって俺になんかメリットあんの? この間から嗅ぎ回ってるゴキブリ五匹、やっと捕まえてこれから遊んでやろうと思ってたのにさ」
「お兄様」と言われた男――天王寺キョウは気怠そうに欠伸をした。
「タダとは言いませんわよ」
そう言って、キョウに双眼鏡を手渡した。
面倒くさそうに双眼鏡を覗いた途端、キョウは感嘆の声をあげた。
「すっげーいい女がいるじゃん! え、なに、アレ俺がもらっちゃていいワケ?」
「もちろん、お兄様に差し上げますわ。私にとってはただ邪魔なだけですもの。だから、これからは私に一切構わないで」
今までも色んな女と付き合っているのを見てきた。
だが、ユウトがいつも本気でないことはよく分かっていたので見逃してきたのだ。
ところがあの女に関しては何かが違う。
クールが売りのユウトが、女の一言一言にいちいち踊らされている感じである。
「本当に許せない。あの女、メチャクチャにしてやるわ――」
レイは冷ややかにそう呟いた。
◇◆◇
ユウトたちは車から外へ出た。
何らかの設備のあった場所なのか、崩れたビルの残骸が数多く転がっていた。
地面の隆起や沈下も手伝って、所々起伏の激しい迷路のようになっている。
まずはこの辺一帯の全体像を見ておきたいと思って、二人は一番小高くなっている丘の上を目指した。
「アキラ、大丈夫か?」
「大丈夫。体力だけならユウトよりも自信あるよ」
そう言うとまるで絶壁を駆けるカモシカの如く、ユウトの前を一人トントンと駆け上って、あっという間にアキラの姿は見えなくなった。
「こら、アキラ! 一人で勝手に行くんじゃないって言っただろ!」
ただでさえ瓦礫が障害になって視界が悪い。
見失ったらはぐれてしまう。
「あ、そうだった。ごめん」
アキラは少し戻ろうとした。
その時、飛んできた何かに両足を捕られて思わず体勢を崩した。
「わ……! え、な、何?」
見ると、ワイヤーのような物が両足首に巻き付いている。
「どうしよう、取れない……」
慌てて取ろうとすると、ますますこんがらがる。
その時、
「アキラ!」
ユウトの声がした。
瓦礫の間からユウトの姿が見える。
「あ、ユウト……!」
声を掛けようとしたが、ユウトはアキラのいる所を素通りした。
そのまま上へと駆けて行く。
何故かひどく慌てているようすだった。
「え? なんで行っちゃうの? ねえっ、ユウト!」
その声は虚しく響くだけで、ユウトには届かない。
アキラはその場に呆然と座り込んだ。
アキラの掛かったその罠は、時間が来れば自然に解放される仕掛けられた物だった。
すでに、全てが仕組まれていた。




