18 信頼
「それはそうと」
教授は少し神妙な面持ちになった。
「聞きそびれておったが――君の背中、随分と古い傷や火傷がたくさんあったようじゃが」
「ああ、これは……俺、義理の親から虐待を受けていたんで」
学校では誰にも背中を見られないようにしてきた。
水泳の授業には一度も出たことがない。部活もしなかった。
その分、別の所で内申や点数はカバーしてきたつもりだ。
この背中の傷はユウトの『トラウマ』だった。
「アキラは事故で家族を一度に失って……同じ養護施設で育ったんです、俺たち」
「そうだったのか……随分と幼い頃から苦労しとったんじゃなあ。だから二人は強い絆で結ばれとるんじゃろう。アキラちゃんが『女』になった理由も、その辺りにあるのかもしれんのう」
ユウトはこの話の延長線にある昨夜の自分に関する謎を、教授に打ち明けようと思った。
「あの、教授。実は俺の虐待の傷は、背中だけじゃなくて……この左目、これもその影響でほとんで見えていません」
「なんと、酷い事を……」
眉をひそめた教授の目が少し潤んで見える。
この人はいい人だ――ユウトはそう思った。
信頼できる人間がいるというのは、とても心強いことだ。
ただ教授の場合、茶目っ気が過ぎるのが難点だけれど。
「それが、最近になって少しずつ見えるようになってるみたいで……しかも、昨日アキラに言われるまで気付かなかったんですけど『左の瞳の色が変わる』って――でも、これは見ることに神経を集中させた時だけで、その時には視力も格段にアップするんです」
「ほう、これはまた新しい事例が出てきたのう。例によって仮説を立ててみようか」
そう言って、また二人は席に着いた。
「目に、何か刺激を与えた事は?」
「特には……今まで点していた目薬はもうないですし。強いていえば、例の水で毎朝顔を洗っているくらいですか」
「あの水のおかげで自然治癒力が高まったと考えるのが、まあ一番妥当じゃな。怪我の影響で瞳の色が変わるというのは有り得る事じゃ。通常色が変わるのはメラニン色素の影響のはずじゃが、色がアンバーとなると、リポクロームと呼ばれるイエロー色素の影響と言う事になる。俗に言う『狼目』じゃ」
「でもそれなら、ずっとオッドアイの状態が続くはずじゃ……」
ユウトは眼鏡を取って、自分のその瞳を教授に見せてみた。
教授は目を丸くして、その金色に変化して輝く瞳を食い入るように見つめた。
眼球に集まった血液が何か別の物質に生まれ変わっている……キラキラとした小さなラメのような、そんな輝きを放っていた。
「普通の色素変化とは違うようじゃな。しかし害はないと思うぞ。もう少し様子を見てみよう」
(害はない……そうかな。ガン見とかしてたらバレるじゃん。ちょっとやっかいかも)
思わず、せっかくの視力回復をネガティブに考えてしまった。
アキラの歌が止んだ。朝食が出来たようだ。
ユウトと教授はキッチンへとまた戻っていった。
◇◆◇
「え、おじいちゃん、オレたちの他にも生存者に会ってたの? 何で言ってくれなかったの?」
みんなにお茶を配りながら、アキラが聞いてきた。
結局、話して説得することにした。
「いやあ、すまんのう。ついうっかりしておった」
教授はそう言ってとぼけたようだった。
そんなアキラの様子を覗うようにユウトが言う。
「それでさ、まだ近くにいるみたいだから、少しだけでも会って来ようかと思ってるんだ。でも、危ないから俺一人で――」
「ええ、オレも行く! 他に生き残ってる人がいるんなら会いたいし!」
やっぱりそう言うと思った……ユウトは浅く溜息をつくと、
「今回はダメ」
きっぱりと言った。
「なんでーっ? ケチ!」
「いやケチとかって、そういう問題じゃないだろ。他にも誰かいる可能性があって、それがどんなヤツかも分からないんだ。そんな所に女が行ったりしたら、何されるか分かったもんじゃない」
「でも一人でなんて……ユウトのことが心配なんだよ」
正直心配してくれるのは嬉しいが、アキラを危険な目に合わせるようなことは絶対に避けたかった。
「とにかく、今回は俺一人で行くから。安全が確かめられたらお前も会えばいいだろ」
「え――……」
(全然納得してないな、コイツ……)
アキラの様子に今度は大きく溜息をついた。
それからも説得は続いたが、アキラに納得した様子が見られることはなかった。




