16 金色の瞳
「あ、これ、大事な物忘れてるよ」
アキラが気付いて、ユウトに眼鏡を差し出した。
「ああ、ありがとう」
ユウトが受け取ろうとすると、アキラがじっとその顔を見つめてきた。
「え、なに?」
「ユウト、目は大丈夫なの? 何かさっき左目だけ色が違って見えたから。悪化したりとかしてないよね?」
心配そうに聞いてきた。
「色が違う? そうなのか……」
ユウトは突然アキラの頬に手を添えて、自分の顔の正面に寄せた。
「え……あ、また」
ユウトのブラウンがかった左の瞳が、金色へと変化した。
「前までほとんど見えていなかったのが、今は見えるんだ。神経を集中させないと駄目だけど」
それを聞いたアキラが、今度はユウトの顔をガバッと両手で自分の方へと引き寄せた。
「ホ、ホントに? ホントにちゃんと見えてる? オレの顔も?」
「う、うん、見える……てか、ちょっと近すぎるんだけど。このままキスでもする気か?」
「えっ、や、ちがうってば! そんなこと……」
それでもユウトは、迫ってきた方が悪い、とばかりにそのままアキラの唇を奪った。
「も……ユウト! 人が真剣に話してるのに!」
「じゃあ真剣に聞くけど、俺のこと気味悪くないか? 左右瞳の色が違うって」
そう言ったユウトの目は、いつも通りの色に戻っていたが。
「なんで、全然? 逆にシベリアンハスキーみたいで、何かカッコイイじゃん。オレなんか、外見丸ごと変わっちゃってるんだけど? そっちの方がよっぽど変でしょ」
「シベリアンハスキーって……まあ、いいけど」
そう言いながらも、アキラの言葉はユウトの不安を吹き飛ばしてくれた。
「そうか……見えるんだ。良かった……」
そう言って心底嬉しそうにしているアキラを見て、ユウトも何だか嬉しくなった。
アキラだけではなく、自分にも何らかの変化が起こっている。
これは、人間の進化なのか――?
分からない、謎ばかりが増えていく。
この件は、教授へのお土産にして、一緒に考えてもらうことにした。
◇◆◇
研究所に戻ると、教授が二人に部屋をあてがってくれていた。
「ユウトくん。良ければアキラちゃんと同じ部屋にしてやっても……」
「いえ、余計なお世話なんで。部屋の提供ありがとうございます。おやすみなさい」
外でのことを詮索されない内に、さっさと教授への挨拶を済ませると、ユウトは自分たちの荷物をそれぞれの部屋に運び込んだ。
「あ、そうだ、お前に渡す物があるんだった。お前に丁度いいと思ってこの間手に入れておいたんだ」
「え、なになに? 何かオレにくれるの?」
アキラの目が期待で輝いた。
ユウトは荷物の中から一冊の本を取り出して、アキラに手渡した。
「……何コレ、保健体育の教科書って……何でこんなもん持ってんだよ」
期待を裏切られて、露骨に嫌な顔をする。
「付箋の所だけでも読めよ。お前、自分のことなんだからもっと女のこと勉強しろ。これ以上口で説明すんの、俺は嫌だからな」
「え~、いいじゃんケチ」
「ふーん……じゃあやっぱり実践で説明してやろうか?」
「あ、いいです! ごめんなさい読みます!」
アキラは教科書を盾にして後ずさった。
「それから先に言っとくけど、それ絶対に落書きすんなよ」
「はいはい、分かってますよ、もう!」
「そう言って、前に貸した国語の教科書……樋口一葉が化け猫にされてたんだけど」
「そうだっけ? もう忘れた」
「……いいよ、もう。とにかく読め」
ユウトは教科書の無事をあきらめた。
一通り荷物を運び終え、ユウトは自分の部屋のドアを開けた。
中に入った途端、目に飛び込んできた光景に眉をひそめる。
「あれ? お前の部屋こっちだっけ? 俺、間違えたかな」
「ううん、こっちがユウトの部屋で合ってるよ」
そう言いながらも、アキラは何故かユウトのベッドを陣取っていた。
「えーと、何やってんのお前? ここ俺のベッドなんだよな」
「そうだよ。だからさ、ここで一緒に寝てもいい?」
「え……はい? 何でそうなる?」
さっきあれだけ自分を拒絶していた人間の台詞とは思えなかった。
「だって寒いし、こうするとあったかいから」
そう言ってユウトの胸ににぴったりと寄り添った。
「ちょっ……待て待て、おかしいだろそれ! お前、俺に襲われても文句言えないぞ?」
「オレのペースに合わせてくれるんでしょ? 大丈夫、ユウトはちゃんと約束を守る人だから」
にっこり笑って言う。
(何なんだこれは? 変に信頼されてるし、何を考えてるのかさっぱり分からない!)
アキラを見ると、そんなユウトの想いはそっちのけに、安心しきった顔でじっと目を閉じて何かに聞き入っているようだった。
「オレ、ユウトの鼓動聞くのが好きなんだ。何だかすごく安心できるから。いつもなら背中にするんだけど、ユウト今怪我してるし」
「いつも? え、もしかして、昨日も俺の寝床に潜り込んでた……?」
「うん、そうだよ?」
「…………」
全然気付いていなかった。が、納得した。
いつも背中を襲われる理由も、あの二枚の毛布の意味も分かった。
「お前な……どうなっても知らないからな」
そう言うと、胸元にいたアキラを更に抱き寄せた。
「いい……おやすみ……」
アキラはもう眠りそうになっている。
「いいって……お前、適当すぎるだろ」
眠ってしまったアキラの髪に、ユウトは顔を埋めてみた。
やわらかい良い香りが鼻をくすぐる。
温かく心地のいい眠りに誘われて、その日ユウトはあっという間に眠りに落ちることが出来た。




