15 告白
外はもう日が落ちて、ひんやりとした空気が辺りを包んでいた。
ユウトは一人焚き火の側でごろんと横になりながら、ぼんやりと爆ぜる炎を眺めていた。
今日は、本当にいろいろと貴重な情報を手に入れることが出来た。
にも関わらず、頭の中はアキラに関することばかりが、答えを得られずに行ったり来たりしていた。
(結局のところは、どうだったんだ? 『女』は面倒だと思ってるってことしか聞けなかった。でも、『女』になりたいって気持ちは、どこかにあったんだよな)
そんな堂々巡りをする内に、ユウトはいつしかウトウトと眠りに落ちようとしていた。
「いっ……て――――っ!」
突如背中に激痛という衝撃が走り、ユウトは思わず叫び声を上げた。
何かが背中に張り付いて、大声を上げた衝撃でそれは後ろへと弾け飛んだ。
「あー、びっくりした」
そう言ってむくっと起き上がったのは、アキラだった。
「ア、アキラ……何故お前は俺の背中を狙う……」
「ご、ごめん。ユウトが背中怪我してるの、つい忘れちゃって……大丈夫?」
そう言って、ユウトが起き上がるのを手伝った。
「何してんだよ、教授のとこにいろって言っただろ」
「でも、ユウト全然食べてなかったし、体調でも悪いのかと思って。昨日も寒そうにして寝てたしさ、風邪でも引いたのかなって」
「いや、大丈夫だから。お前は戻ってろよ」
「一人で戻るのはやだ! だったら一緒にいる」
アキラはユウトの隣にストンと座った。
「な、何やってんだよ、だめだって! 一緒にいられたらここに出てきた意味が……」
言いかけたが、アキラには聞きたいことがあった。
考えてみれば、教授の前では話しにくいことも。
だったら何から話せば……そう思うとなかなか言葉が出て来ない。
そうして、しばらく二人とも押し黙っていたが――
「ハ……クシュン!」
ユウトが大きなくしゃみをした。
アキラは一瞬ビクッと肩をすぼめて驚いたが、そのおかげで緊張が解れたようだった。
「ほらーもう、やっぱり風邪引いてんじゃん!」
そう言って毛布をユウトの肩に掛け、自分も潜り込むとユウトの隣にぴったりと寄り添った。
「お、おいちょっと……くっつきすぎだって」
「何で? 別にいいじゃん。昔はよく寒い時、二人でこうしてたよ?」
「子供の頃の話だろ。あの時はお前も男だったし……」
自分に寄りかかるアキラの長い髪が、風でふわりと揺れた。
触れている肌は、柔らかくてとても心地が良い。
ずっとこうしていたい――そんな誘惑に駆られる。
ユウトは目をアキラから逸らすと、重い口を開いた。
「お前さ、『女』は面倒だとか言ってたけど、戻れるなら『男』に戻りたいとか……そう思ってる?」
「んー……」
アキラは、なかなか答えようとしなかった。
内心で少し焦りを感じながら、ユウトはアキラの声を静かに待った。
暫くして、アキラがようやく口を開いた。
「正直、よく分からないんだよね。自分がどうしたいのか、そもそも自分がどうして『女』になっちゃったのかも。何にも分からない」
教授は、アキラが『女』になった理由に、自分が絡んでいるのではないのかと言っていた。
それが本当なら嬉しいけれど、ただの自惚れだとしたら……
そう思うとなかなか聞きづらいものがあったが、ユウトは思い切って聞いてみた。
「なあ……お前、俺のこと好き?」
「うん、好きだよ。何で?」
あっさりと答える。
ユウトは少し拍子抜けした。
「す、好きにもいろいろあるだろ? いつから? どういう風に好きな訳?」
「どういう風って言われても……好きなのはずっと前からだけど」
「それって『男』の頃からってこと? じゃあ『女』になってからも、ずっと同じ『好き』なのか? 恋愛感情とか……そういうのはどうなんだ?」
「え、恋愛感情って? オレが? ユウトに?」
……無いのかよ……と少々落胆しながらも、ユウトは止まらない。
「だいたい、俺にキスされて何にも思わなかったのか?」
矢継ぎ早な質問に、アキラはたじろいでしまった。
「いや、びっくりはしたけど……でも……」
返答に詰まってそのまま俯くと、ユウトの両手にその方向を変えられた。
目を上げると、ユウトの真剣な顔が自分を見つめている。
「お前、俺だったら嫌じゃないって言ってくれたよな。それってどういう意味?」
「や、やだな。何かオレ、まるでユウトに告白されてるみたい……」
話をはぐらかしたつもりだった。
だが――――
「みたいじゃなくて、しようとしてんだよっ!」
「ええっ!?」
アキラの赤かった顔が更に赤くなる。
「ユ、ユウトから告白なんて、今までしてたことあったっけ? だけどあの、何でオレ? ほ、本気?」
「そうだよ! 生まれて初めて本気で告白するんだよ! なあ、お前は『女』として、俺のこと好きでいてくれるのか?」
ユウトはもう必死になっていた。
強引に返答を迫られて、アキラの方もパニックだった。
「え? え? いやあの、急過ぎて頭の中が追いつかないっていうか? だって何か、納得いかない所もあるし……」
「な、なに?」
不安そうなユウトの顔――これがツボに入った。
(あ、何だ……ユウトもこんな顔するんだ)
アキラは少し可笑しくなって、気持ちにも余裕が出た。
「ユウトさっきから質問ばっかじゃん。告白って言うんなら、オレにちゃんと『好き』って言って? まだユウトの口から聞いてない気がするけど」
「う……」
今度はユウトが赤くなる。告白するのは慣れていなかった。
散々問い詰めた側として、逃げる訳にはいかない。
「分かった。お、お前のことホントに好きだから。だからその……今更な気もするけど、俺の彼女になってずっと俺のそばにいてほしい――」
「うん、いいよ」
「……へ?」
間髪入れずに返答されて、ユウトは間抜けな声を出した。
「だから……ありがとユウト。オレもずっとユウトと一緒にいたい」
そう言って、アキラは嬉しそうに笑った。
あまりにあっさりとした返答に思わずぽかんとしてしまったが、独りよがりの想いではなかったことにユウトは心の底から安堵した。
「はは、良かった……」
力が抜けたようにそう言うと、寄り掛かるようにしてアキラを抱き締めた。
「え、なに、そんなに緊張したの?」
「したよ、今までで一番」
正直今はお互いの気持ちが分かっただけで充分だった。
けれど、少し思い悩んだ末にユウトは思い切って口を開いた。
「俺、まだお前に肝心なこと、言ってなくて……」
「なに?」
「お前の胸のアザ、どうやら消せるらしいんだ。だから出来ればそれ、俺が消してやりたいんだけど」
「え、これ消えるの? ユウトがどうやって……」
言い終わらない内にユウトの顔が近付いて、そのままアキラは唇を塞がれた。
「――っ…」
一瞬、驚いた様子を見せつつも、そのまま抵抗なく目を閉じた。
ゆっくりと自分の身体が倒されていくのを感じる。
唇が離れるのと同時に目を開けると、月の光を背にしたユウトがアキラを見下ろしていた。
そのユウトの瞳に、アキラは釘付けになった。
なぜだろう、左右の瞳の色が違う気がする。
(ユウトの目ってこんなだったっけ? 何だか左目だけ、金色がかって見える……)
そんなことを考えていると、ユウトが静かに口を開いた。
「それ……今すぐ消してやりたい。早くお前に完全な『女』になって欲しい」
「え、どういうこと? 完全な『女』って?」
少し考えながら、ユウトは言葉を続ける。
「今のお前はまだ『女』に確定してる訳じゃない。完全に『女』になるには、その……男としなくちゃいけないんだ。そうすることでアザが消失するんだけど……お前本当に『女』になる気、ある?」
アキラはいまいち理解していない感じだったが。
「要するに、オレにちゃんとした『女』になって欲しいんだよね? ユウトがそうして欲しいならいいよ、今すぐ『女』にしてくれても。さっき告白されてOKしてんのに、断れる訳ないじゃん」
「え、でも、そんな簡単に決めていいのか? お前、ずっと普通に『男』だったじゃないか」
「そうなんだけど……なんでかな。『女』になることにあんまり抵抗がないっていうか。だからいいよ、ユウトが決めてくれて」
アキラには、本当に抵抗はなさそうだった。
実際『女』になってしまった時ですら、特に慌てる様子も無かった。(慌てたのはユウトの方だ)
アキラの中のどういう感情がそう思わせるのか知りたい気持ちもあったが、できれば今はこの言葉に甘えたいとユウトは思った。
「じゃあ、今から俺と……しようか?」
「ああ、そういえば男とするとかって……で、何をするの?」
「いや、何って――」
こんな体勢になっているにも関わらず、案の定分かっていない。
ユウトは眼鏡を取ると、アキラの耳元に口を近付けて言った。
「だから……Hするんだよ、俺と」
「え……?」
そこまで言われてようやく理解した。
頭の中が一瞬真っ白になり、身体が完全に固まった。
そうして「はっ!」と我に返ると、今度はジタバタとし出した。
「むむッムリムリムリ! やだそんなの! いきなりそれは絶対ムリだからッ!」
「でも、こういうのは流れに任せてした方が――」
「ちょっと! やだってば――ッ!」
げしっ!
ユウトが仕掛けようとした二度目のキスは、アキラのパンチによって阻まれた。
「いって! お前なあ――」
「そ、そんなに急がなきゃいけないの? 告白されてすぐなのに? ホントに今はちょっと……こ、心の準備とか!」
ぎゅうぎゅうと、必死にユウトの顔を手で押し退けている。
(おいおい、『女』になるのに抵抗ないとか言って、するのは無理って……逆ならまだしも何かおかしくないか?)
しかし、このままでは首がむち打ちになりそうだ。
「いたた……分かったって! 何もしないから落ち着けってば」
「ホ、ホントに……?」
アキラの抵抗がピタッと止んだ。
「結構簡単に『女』になってもいいって言うから……そんなに嫌がるとは思わなかった」
「いや、だって! したことないのに今すぐってのは……その、こ、こわいっていうか……?」
(まあこいつ初めてだし、さすがに無理矢理は可哀相だよな。今回はあきらめるしかないか――)
ユウトは一度大きく息を吐いた後、アキラを見ながら改めて言った。
「でも、そのアザは俺が消したい。いつまでも拒否されるとどうしようもないけど」
「それは……うん、分かってるよ」
辺りはひんやりとして、空には半分に欠けた月が煌々と輝いている。
ユウトは先に立ち上がると、アキラの手を取って言った。
「お前もう戻れよ。ホントにここ冷えるから。俺も一緒に行くし―――」
「ユウト」
アキラが申し訳なさそうに声をかけた。
「その……ごめんね」
「いいよ、なるべくお前のペースに合わせるから。もう俺の彼女になったんだし、気にしなくていい」
そう言ってアキラの頭をくしゃくしゃと撫でると、アキラの心配そうな表情が和らいだ。
多分、これでアキラが『男』に戻るという要素は無い筈だ。
今は自分を好きでいてくれればそれでいい。
「そっか、彼女かあ……何か変な感じだけど。オレってユウトの何番目の彼女になるのかな?」
「……さあ……」
アキラの全く悪気のない一言が、ユウトにはずしりと重かった。




