13 刻印
「すーすー」
静寂の中、アキラの静かな寝息だけが聞こえる。
「……ホントにこいつは……」
「おやおや、気持ち良さそうに寝ておるのう」
「すみません、こいつ昔から難しい話を聞くと寝てしまうんです」
ユウトはまるで保護者のように謝った。
「そうかそうか。それにしても、アキラちゃんは寝顔も可愛らしいのう」
話題が変わったせいだろうか、アキラがぱちりと目を覚ました。
「あ、ごめん。話終わっちゃった?」
「大事な話、してたんだけどな……」
ユウトが冷めた目でアキラを見た。
「そういえば、オレの話はしなくていいの? 関係ない?」
「あ」
いきなりだと唐突過ぎる為、後で切り出そうと思っていたのに。うっかり忘れる所だった。
「ん? アキラちゃんがどうかしたかね」
「うん実はね、オレホントは『男』だったんだ」
さらっと言ってしまった。
「おいおい! いきなりそれじゃあ直球すぎて分からんだろうが!」
ユウトが補足しようとした、その時――
「ほー……アキラちゃん、ちょっと胸元を見せてくれんかの」
「ええッ!?」
焦ったのはユウトだった。
アキラを庇うように立ち上がると、教授に向かって捲し立てた。
「き、教授! なな、何言ってるんですか! そんなとこ見なくても分かるでしょう! 今アキラはれっきとした『女』です! でも『男』だったんです!」
何だか支離滅裂になっている。
「え、別にいいけど?」
アキラはあっさりとそう言ってシャツを脱ごうとしたが、ユウトが慌ててそれを阻止した。
「お前、何を素直に脱ごうとしてんだよ! もうちょっと羞恥心ってもんを身につけろよ!」
「だって、この服だと脱がないと見えないし。大丈夫だよ、今日はちゃんとブラ付けてるから。てか『シュウチシン』て、なに?」
「とにかく! 見せなくていいって……」
(え?)
止めようとしていたユウトの手の方が止まった。
アキラの胸の谷間辺りに、小さいがはっきりとした赤いアザが見えた。
「お前……いつからあるんだ、これ」
「ん、これ? わかんないけど、女になってからかなあ。やっぱり何か関係あるの?」
(ただのアザじゃないよな。まるで刻印みたいな……何だ一体?)
二人の男が女の子の胸元をガン見するという、何ともシュールな光景がしばらく続いた。
「はっ!」ユウトが突然我に返った。
(これじゃただの変態じゃないか! 何やってんだ俺!)
急いでアキラのシャツを正した。
ユウト一人が激しくパニックに陥っていた所で、
「ふーむ、やはりのう」
教授が呻いた。
「教授? 今ので何か分かったんですか」
ユウトが期待を持って乗り出した。
「うむ、やはりアキラちゃんは良い胸をしとる」
うんうんと頷きながら、ほっこりとしている。
ユウトはそのまま前のめりに倒れ込んだ。
(こんの……エロじじいが……!)
行き場のない怒りに拳を振るわせながら、ユウトは心の内で罵った。
「いや、良いものを見せてもろうた。さて、二人にも見せたいものがあるんじゃが」
教授は立ち上がると、更に奥の部屋へと歩いて行く。
まだ、何かあるのか? 二人は顔を見合わせてからその後について行った。
◇◆◇
少し狭い物置のような部屋。扉は開けっ放しにされている。
その部屋から、ダダッと何かが転がり出てきた。
「あ! 子犬だあ!」
アキラが弾けるように走り出し、子犬を抱き上げた。
子犬はちぎれんばかりに尻尾を振りながら、ペロペロと忙しなくアキラの顔を舐めてきた。
「かわい~! 何この子、おじいちゃんの犬? おじいちゃん、一人じゃなかったんだね!」
「あの教授、見せたいものってこれですか?」
何となく当てが外れたような顔でユウトが言った。
「まあまあ、その子犬をよーく見てごらん」
「え?」
アキラは言われた通りに子犬を見てみた。
「えーと……あ、女の子だ!」
「その通りじゃ」
「ええ! 見るのそこ?」
ユウトもアキラの横で子犬を観察し出した。
すぐに何かに気づき、子犬の胸辺りの毛を掻き分ける。
「これ……同じだ」
毛に埋もれて見づらくはあるが――
子犬の胸には、アキラと同じアザがしっかりと刻まれていた。
「その子犬も生まれた時はオスだったのじゃよ」
「この子も、元は『男』ってこと?」
アキラは自分と同じアザをまじまじと眺めた。
「元々生まれたのは二匹での。二匹ともオスでそのアザも両方についておったのじゃが、ある日気付くと一匹だけがメスになっていたのじゃ」
「それがこの子……? あ、もう一匹の子は? お母さんも何処にいるの?」
「残念じゃが、もう一匹の方の子犬は先日死んでしもうてな……仲の良い二匹だっただけに可哀相な事をしてしもうた。母犬も今は元気を無くしておる」
「そうだったんだ……家族がいなくなるのは、悲しいよね……」
そう言ってアキラが子犬に頬ずりすると、子犬もそれに答えるようにぺろぺろと舐め返してきた。
「あ、もしかして……『ファイ』か?」
黙って考え込んでいたユウトが突如口を開いた。
「何それ?」
アキラは子犬を抱いたまま、ユウトの方へ顔を向けた。
「ああいや、そのアザの形。ギリシャ文字の『φ』に似てるなと思って。『黄金比』って意味らしい」
「黄金比って?」
「世界で最も美しい形を作り出す、神様の作った比率だって言われてるんだ。『φ』には他に『からっぽ』って意味もある」
「ああ、オレの場合そっちかも。オレの頭の中からっぽだから」
「うん、そうかもな」
自虐的なアキラに合わせてそんなことを言ってみる。
「……ユウトひどい」
拗ねる顔も可愛いと思う。
自分の心を惹き付けてやまない、今のアキラの何もかもが黄金比そのものに感じる。
自分たちは、地球の思惑通りに動いているにすぎないのかもしれない。
けれど別にそれで構わない――そうユウトは思った。