12 『あの日』の謎
「まずは、『あの日』何が起こったかじゃなあ」
教授はお茶をすすりながら、こう話し出した。
「教授は、あの時もここに居られたのですか? この地下研究所に」
「そうじゃ、実はもう何年もこの研究所からは出ておらんかった。たった一人ずっと籠もりっきりで、ただ好きな研究に没頭しておった」
こんなにおしゃべりなのに、一人きりで居られるものなのだろうか……と、少し疑問だったが。
「二人はあの時、何処に居たのかね」
「オレたちは子供の頃に作った秘密基地にいたんだよ。大きな樹の根元に開いた穴から出入りできるんだけど、久しぶりに行ったらオレもユウトも大きくなってて入るのが大変だったんだよね。でも中は結構広くて……」
ユウトのジトっとした目線に、アキラは話が本題から逸れそうになっていることに気付いた。何とか方向修正をする。
「あの地震の後穴が閉じちゃって、暫く外に出られなくなったんだけど、一ヶ月くらいしたある日、気が付くと何故かまた穴が開いてて……今考えるとあの樹はオレたちのこと、ずっと守ってくれてたんじゃないかなって」
「ちょっと、違うかな……」
ユウトがアキラの話に口を挟んできた。
「多分、あの樹は俺たちじゃなくて、お前を守ってたんだと思う」
「え、どういうこと?」
「あの樹、施設の裏山にあって遠くからでもかなり目立ってたろ。なのに、あの秘密基地が今まで誰にも見つからなかったのって、どうしてだと思う?」
「そういえば……何で?」
言われてみれば、秘密基地とは言いながら人一人入れるあの穴は結構目立つ。
だが、あの基地に自分たち以外の人間が入った形跡などは、今まで一度も感じたことがなかった。
「俺が一人で行くとあの穴は無いんだ。お前といる時だけあの穴は現れていた。まあ誰にも見つかる心配が無いってことで、俺は気にもせずに重宝してたんだけど。だからお前には何も言わなかった」
唖然とするアキラにユウトが言葉を続ける。
「俺、思ったんだけど、あの樹はお前のことが好きだったんじゃないのかな」
「なるほどのう。ここにある樹も同じかもしれん」
教授は、ユウトの話に協調したようだった。
「ここにあるあの樹は、ワシが若い頃に故郷から一緒に連れてきたクスノキじゃ。その時はまだ小さな苗じゃった。それからずっとワシと一緒に年を重ねてきた。ワシにとっては可愛い子供みたいなもんじゃ」
そう言って、昔を懐かしむように目を細めた。
「あの地震の時も、気が付くとワシは樹の根に守られるように倒れておった。やはりあの樹がワシの命を救ってくれたのじゃなあ」
「俺たちは一ヶ月間、穴から出られずに外の世界を見ることが出来なかった。たった一ヶ月であんなにも生態系が変わってしまうなんて、本当ならあり得ないことですよね。それに……」
ユウトは一番気になっていたことを聞いてみた。
「他の人たちはどうなってしまったのか。これまで、俺たちなりにいろいろと探索してはみたものの、一度も人に会うどころか……遺体すら見つけられていないんです」
「実はワシが初めて外に出たのも、ひと月程経ってからじゃ。君らと同様に、それまでは外に出たくても出られんかったんじゃが、ある日あの扉がいつの間にか開いておってな。誘われるように表に出てみたら、そりゃあ驚愕した。そのままぽっくり逝ってもおかしくない程になあ」
ガタン、と突然アキラが教授の方へ身を乗り出した。
「そんなこと言わないでよ、おじいちゃん! せっかく会えたのに! 生きててくれてありがとう!」
「優しいのう、アキラちゃんは」
二人は手を取り合い、涙を流しあった。
一人置いてけぼりを食ったユウトが、咳払いをして「それで?」と、話の続きを催促する。
「おお、それでじゃ。この部屋の中の異常を見ただけでも、外では大層な異変が起こっているのだろうと察しがついてはいた。じゃが、外の世界は想像を遙かに超えるものじゃった。勿論ワシも学者の端くれじゃて、色々と調べて仮説を立ててみたのじゃ」
そうして人差し指を立てて言う。
「さて、君らはあの世界を見てどういう事に気が付いた?」
「えーやだ、何かテストみたい」
アキラはぼやいたが、ユウトは真剣に考えた。
「あの地震で大きな地殻変動が起こったのは間違いないですよね。陸地が大幅に減って、水の量が増している。でも、この辺り一帯の水溜まりは海水じゃなかったから、地下水か何かですかね。それに気になったのは、あの水の異常な程の透明度……植物の異常成長や、見たことのない新種の植物とも何か関係があるのかな……」
ユウトは、ここぞとばかりに疑問をぶつけていく。知りたいことは山ほどあった。
「一番気になったのは、さっきも言ったように、人間は何処へ行ってしまったのかと言うことです。このような状態になって、遺体が一つも見当たらないなんて……正直あり得ません」
「ユウトくんはよく見ておるのう。おかげでワシの仮説もあながち間違ってはおらんという自信が出てきたわい」
ユウトを絶賛すると、教授もまた語り出した。
「地球の再生――地球は自らのやり直しを図っておるのではないかな」
「地球が……再生している?」
ユウトは驚きを隠せなかった。
「異常な程に水が澄んでいるのは、これまた異常な浄化作用によるものじゃろう。本来ならば何十年何百年かかって成されるものが、僅か数ヶ月で遂げられてしまったのじゃ。それは水だけで無く、土や空気とて同じことじゃ」
「こういうことですか……? 遺体が見つからないのは、すでに浄化されてしまっているからだと――」
「あくまでも推測の域ではあるがの。そう考えるのが、一番理にかなっているのではないかな」
「亡くなった人たちは、俺たちの目に触れることなく自然に還されていった……そういうことか」
ユウトは、ようやく合点がいったと思った。
「ワシらは一ヶ月間閉じ込められていたおかげで、直接亡骸を見る事も、それらが朽ちていく様を見る事も無かった。それは植物たちの優しさだったのかもしれんなあ」
どう解釈していいのか、正直ユウトには分からなかった。
それ以上、ユウトも教授も言葉を発することはなく、しんみりとした空気が辺りを包んでいだ。