11 地下研究所
「いやすまなんだ。綺麗な歌声が聞こえてきたもので、つい外が気になってのう。確認もせずに扉を開けてしもうたんじゃ」
ユウトたちのいた瓦礫の下に、その扉はあった。
自動で開閉するその扉が開けられた振動で、瓦礫が崩れてしまったらしい。
かなり頑丈な金属で出来た扉の奥には、一メートル幅程の階段が続いている。
いわゆるシェルターのようだった。
「良かったら寄っていきなされ。お詫びにお茶の一つも入れさせてもらわんとな。それに、そっちの兄さんの傷の手当てもせんと」
「あ、そうだ! ユウト、背中見せて!」
老人の言葉に促されるように、アキラは未だ寝転がったままのユウトの体を起こした。
Tシャツは見事にボロボロになっていた。
背中は打ち身に擦り傷、そして軽い火傷を負っているようだ。
「ああ、痛そう! ホントにゴメンね、ユウトお~!」
そう言ってユウトの背中にすがりつく。
「いてててててて! お前、もしかしてわざとやってないか!?」
「いやいや、仲が良いのはええことじゃ」
そのやり取りを、老人は面白そうに眺めていた。
◇◆◇
「わ、すごい!」
アキラは思わず感嘆の声を上げた。
狭い階段を下りきると、その奥には驚く程広い空間が広がっていた。
大きな機械やら、実験道具やらが至る所に置かれている。
床には大量の書物が散らばったままになっていた。あの地震で書棚から落ちてしまったのだろう。
割れた硝子などは、適当に壁の端へ寄せてあるだけになっている。
一番驚いたのは、そのフロアの真ん中から生えている巨樹だった。
見事に天井を突き抜けているが、その枝は天井に張り巡らされ、この地下室の崩壊を食い止めているかのようだった。
「これは、上で見たあの樹ですよね」
「そうじゃ、この樹はワシの命の恩人なんじゃ」
老人の言葉に、ユウトが素早く反応した。
「それは……どういうことですか? もしかして今回のこと……何かご存じなのではないですか」
「そうじゃのう。まあ茶でも飲みながら少しおしゃべりでもしようか。人とまともに話をするのは久しぶりじゃ」
ユウトの傷の手当てを終えると、老人は別の部屋へと二人を通した。
その部屋を見て二人はまた驚いた。
部屋一面が緑でびっしりと覆われ、天井からは見たこともない果実がぶらさがっている。
「ここは品種改良の為の部屋だったんじゃが、『あの日』以来どんどん勝手に成長して、気が付くとこんな状態になっておった。害はないから、良かったら食べてみるかの?」
老人に促され、アキラは果実を食べてみた。
「えっ、何これ? すごく美味しい!」
「そうか、そりゃー良かったわい」
ほのぼのムードの二人に、早く本題に入りたいユウトが痺れを切らして切り出した。
「あの、ここって研究所ですよね。どういった施設なんですか。それに、あなたは一体……」
「おお、自己紹介がお互いまだじゃったな」
「あ、はい! じゃあオレから! 那月アキラっていいます、よろしくねおじいちゃん」
「アキラちゃんか、元気が良くていいのう。おまけにべっぴんさんじゃ」
「やだなーもう! でもね、オレホントは……」
余計なことを言うなとばかりにアキラの口を塞ぎ、ユウトが割って入った。
「守地ユウトです。あの、いろいろお聞きしたいんで……よろしくお願いします」
「ユウトくんは堅いのう、もっとアキラちゃんみたいにリラックスせんと~ほれほれ」
「いや、俺は早くお話を伺いたいだけで……」
何なんだこの人は……ユウトは少しイラッとした。
「えーと、かしき……じゅさぶろう?」
アキラが言った。
「もしかしておじちゃんの名前、カシキジュサブローって言うの? この辺に落ちてる本、みんなその人が書いた物ばっかりだよね」
「え!?」
ユウトは驚愕した。
「本当ですか? 樫木教授と言えば、生物学界の権威と言われている、あの―――」
今までに著書を何冊か読んだことがある、ユウトが尊敬する人物の一人だった。
「ほおお、その若さでよくワシの事を知っとったな。いかにも、ワシが樫木ジュサブロウじゃ。よろしくのう」
茶目っ気たっぷりに、教授は曲がった腰をぴんと伸ばしてみせた。
「なになに? おじいちゃんてすごい人なの?『けんい』って何?」
「いやいや、生き物好きのただのジジイじゃて」
親近感がありすぎてイメージとのギャップが凄まじかったが……とにかくこのような人物に出会えたのは、願ってもない幸運だった。




