表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/45

10 初めての生存者

 自分は今までに何人もの女の子と付き合ってきた。

 それにも関わらず、恋をしているという感覚はこれまで一度も無かった。

 自分から彼女たちに何かを求めようという気にもならなかったし、逆に求められるとうっとうしいと思うことさえあった。

 

 アキラは誰よりも長く自分の側にいて、誰よりも自分のことを知ってくれている、自分にとってかけがえのない存在だ。

 けれども『男』であるアキラは、当然自分の恋愛の対象にはなり得なかった。

 それが今、その垣根は取り払われて障害と呼べるものは何も無い。


(アキラが好きだ。俺は今、間違いなくあいつに初めての恋をしている)


 アキラが『女』になったのは、もしかして自分がそれを望んでいたからなのかもしれない。

 こういう事態にならなければ、一生知らずに終わっていたかもしれない想いだった。



(とりあえず今は、自分のことが信用出来ない……)


 あれから、アキラとはキスもしていない。

 暴走しそうな自分が怖かった。


「ねー、ユウトー?」


 アキラが声を掛ける。


「何でいつもそんなに遠くで寝んの? 夜は冷えるんだから、もっとこっちで寝ればいいじゃん」


 焚き火を挟んで十メートル程先、寒々とした場所にユウトは寝床を構えていた。


「いいんだよ、俺はここでいいんだ」

「えー、なんでー? 風邪引いちゃうよーっ?」


 アキラからのブーイングを無視して、ユウトは毛布を頭から被った。

 そうやって自分の視界にアキラの姿が入って来ないようにした。

 ここ数日はずっとこんな感じだ。


(この間あんなことがあったってのに……俺のこと信用してるからか、そういう対象には見ていないだけか……それとも、全く何とも思っていないのか)


 最後の選択肢が一番しっくりきてるな――そう思ってしまう。

 自分の気持ちが分かってしまっただけに、何だか切なかった。



 ◇◆◇



「ハクシュン!」


 ユウトは自分のくしゃみで目を覚ました。

 世界が常春になっているとはいえ、昼夜の気温差はあるので夜はそれなりに冷えた。

 東の空が白み始めている。まだ早朝だ。

 ユウトはもう一度寝ようとした。

 その時、自分の毛布が二枚に増えていることに気が付いた。


「え? これ、アキラの……」


 燃え尽きた焚き火の向こう側にいる筈の、アキラの姿が無かった。

 ユウトはアキラを捜そうと、眼鏡を手に慌てて起き上がった。


「……あれ?」


 眼鏡を掛けた瞬間、ユウトはふと目の違和感に気付いた。

 違和感と言っても悪い意味ではない。とにかく、何だかいつもと違う感じがした。


 その時、聞き覚えのあるメロディーが微かに耳に響いた。

 聞き慣れた歌声とは少し違うけれど、凛とした少し特徴のある歌い方は変わっていない。


 ユウトは歌が聞こえてくる方へ顔を向けた。

 目線の先に巨樹が見える。

 あの日以降、植物の成長や進化が目覚ましくなっている。

 この樹もその影響を受けている為か、目を見張る程の大きさに成長していた。


(『あの日』に一体何があったんだ? アキラの変化にも、何か関係があるんだろうか。それに、もしかして俺も――)


 そんな考えが頭をよぎったが、とにかくアキラの所へと急いだ。

 


 巨樹のすぐ側には、透き通った水辺が広がっていた。

 瓦礫の山から、その水辺を見下ろすように突き出したコンクリート壁の上、そこにアキラは腰掛けていた。

 心地よい風に吹かれながら、目を閉じて歌うことに夢中になっているようだった。


 以前は良く通る澄んだ少年の歌声をしていたが、今は硝子細工のように繊細な、それでいてよく響く少女の歌声になっている。

 その声に、ユウトはあっという間に魅了された。

 声を掛けようとはせずに、静かに聞き入った。

 

 一通り歌い終わったアキラが、「ふう」と息をついた。


「お前の歌、久しぶりに聞いたな」


 ユウトの声にびくっと反応して、アキラが振り向いた。


「びっくりした! ユウト起きてたの?」


 少し顔を赤くして言う。


「声が変わっちゃったせいか、音程が上手く取れなくて……恥ずかしいからこっそり歌ってたのに」


 どこがおかしいのだろう? とユウトは思ったが、その辺のこだわりは本人にしか分からない。


「あ、そうだ! ほら、ユウト見て見て~」

「……え」


 そんなアキラの手には、以前見た覚えのある小鳥がしっかりと握られていた。


「お前、どうしたんだそれ……」

「歌ってたら寄ってきたから捕まえたんだ。こう『ぱしっ』て感じで」

「…………」


 天使の歌声に惹き寄せられた獲物が、思わぬ触手に捕らえられたと――

 まるでクリオネの補食を見た時のような衝撃だった。


「……『バッカルコーン』って言ったっけ、あれ……」

「え、なんて言ったの?」

「いや。それ、放してあげれば? そんな小鳥じゃ、食べるとこあんまりないだろうし」

「でも、ダシくらいなら取れるよ?」

「いや……もう放してあげてくれ、頼むから」


 ユウトは思わずアキラに懇願した。

 

「はいはい分かったよ、ユウトがそんなに言うんなら。まあ、ダシになるだけじゃかわいそうだしね」


 そうして自由になった小鳥は、忙しなく羽をばたつかせながらどこかへ飛んでいってしまった。

 本当はこのくらい逞しくならなければ、サバイバルは生きてはいけないのだろう。

 だが、そんなアキラの姿はあまり見たくない……そう思ってしまった。


「ところで、なあ、そこ危なくないか? もう降りてこいよ」

「やーだ! ユウトがこっちにおいでよ。風が気持ちいいよー」


 悪戯っぽく言ってユウトを誘った。

 仕方なくユウトは、アキラのいる瓦礫の上へと登り始めた。


「そっちに行ったら、俺のリクエスト聞けよ」

「えー、どうしようかなあ――」



 ズズズズズ……



 突然低い地鳴りと共に、瓦礫に振動が走った。


「わ……っ」

 

 コンクリート壁が傾き始め、アキラの身体が前方へ投げ出されそうになる。


「アキラっ!」


 ユウトは咄嗟にアキラの腕を掴んで引き寄せた。そのままその身体を抱き止める。

 コンクリート壁の滑り台の上を、ユウトはアキラを抱えたまま背中から滑り落ちた。

 落ちた角度自体は大して無かった為、幸い瓦礫に激突すること無く停止した。


「あつつつ……アキラ大丈夫か?」


 摩擦で背中が燃えるように熱い。


「オレは大丈夫だよ、ユウトが庇ってくれたから。ユウトは? 大丈夫なの?」

「ああ、背中がちょっと……まあ大丈夫だよ」

「ごめんねユウト、ホントにごめん……」


 余程責任を感じたのか、アキラは泣きながら謝り続ける。


(こいつ、昔っから泣き虫なのは変わらないなあ)


 ユウトはふっと笑いが込み上げて、アキラの頭に手を乗せると、子供をあやすようにポンポンと軽く叩いた。


「ホントに大丈夫だって。だから泣くなよ」


 その時だった。


「詳しい事情は分からんが、女の子を泣かすのは関心せんのー」

「いやだから、これは泣かせているのでは……」


 言いかけて、ユウトはアキラと思わず顔を見合わせた。

 バッと同時に声のした方を見る。

 瓦礫の間から、つるりとした物体が見える。


「え……タコ……?」

「何言ってんのユウト!」


 アキラはユウトの肩をバシバシと叩いて言った。


「あれ人だよ! おじいちゃんだよ!」

「え、せ……生存者?」


 二人が出会った初めての生存者は――

 見るも眩しい頭をした、齢八十程の老人だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
E★エブリスタ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ