表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/45

09 確信

 さわやかな朝だった。降り注ぐ陽射しが心地いい。

 アキラはしなやかに体を反らして伸びをした。


「ん――! 結構寝たからかな、だいぶマシになったみたい!」


 眩しい笑顔を見せて言う。


「そ、そっか。大丈夫なら、良かった」


 どうやら自分は大丈夫ではなさそうだと、ユウトは思った。

 朝からどうしても、アキラの顔をまともに見ることが出来ない。


(くそ、今この眼鏡がサングラスだったら、どんなに良かったか)


「どうしたの、ユウト?」


 明らかに様子のおかしいユウトを、アキラが心配そうに覗き込んだ。


「な、何でもないから! 大丈夫……」


 ふと、アキラが手に何かを持っていることに気づいて、ユウトは冷や汗が吹き出した。


(しまった、片付け忘れてた――)


 ユウトの目線にアキラが気付いて言った。


「ああこれ、ユウトが飲ませてくれたの? 昨日は何か朦朧としてたせいで全然覚えてなくて。でもおかげで楽になった、ありがとう」


 屈託のない笑顔を見せる。

 アキラの手にあったのは、昨日飲ませた薬の箱だった。


「ああ、うん……」


 良かった……夕べの自分の過ちまではアキラにバレていないようだ。

 少しほっとして胸を撫で下ろした矢先――


「それでさ」


 アキラが言葉を続けた。


「口に……何か感触が残ってるんだよね。そう、柔らかい物がずっと触れていたような――」


 ユウトは、背けた顔から脂汗がだらだらと流れ出るのを感じた。


 バレてる? 

 しかも、遠回しに責められてる? 

 いや、アキラはそういうことをするヤツではないし……


「? どうしたのユウト、大丈夫?」


 キョトンとした顔で聞いてくる。

 罪悪感がヒシヒシとのし掛かってきた。

 ダメだ。もう言おう、言ってしまおうと、ユウトは心に決めた。


「あの、それは……!」


 勢いよく向けた顔の間近に、アキラの顔があった。

 焦りのあまり心臓が飛び出しそうになるのを、言葉と一緒に飲み込んだ。


「ユウト、顔が真っ赤だよ? もしかして熱ある?」


 アキラは更に顔を近付けて、コツンと自分の額を当ててきた。



 その瞬間――ユウトはフリーズした。


 せっかく押さえていた理性が吹っ飛んだ。

 頭で考えるより先に本能が体を動かし、気付くとそのままアキラを抱き寄せていた。


「え? ユウ……」


 開きかけたその唇を唇で塞ぐ。

 たっぷり十秒。

 その間、アキラは微動だにしなかった。


 ユウトはそろそろと目を開けた。

 そこには、大きく目を見開いて呆然としているアキラがいた。

 急激な自己嫌悪に襲われて、ユウトは慌てて体を離した。


「ご、ごめん! 俺……」

「…………」


 アキラは無言でその場から動かない。

 この先どうアキラと接すればいいんだ……そんな考えが頭の中を駆け巡った。


「ユウト」


 今まで無言だったアキラが口を開いた。

 その声にはっとなり、ユウトは逃げるようにアキラから離れた。


「え、そんなすごい勢いで離れなくても」


 アキラの方は意外にも落ち着いていた。


「いや、だって俺、このままじゃお前に何するか分からないし――」

「何って?」

「さっきみたいな……夕べ俺、お前に口移しで薬を飲ませたんだ。それから……もう、とにかくおかしいんだよ俺」


 少なくとも自分はもう、アキラを『女』として意識してしまっている。

 今回、否応なしに確信した。

 ただ、アキラは家族同然の幼なじみであり、ついこの間まで普通に『男』だったのだ。

 心境が複雑なのである。

 とにかく、もう今までのように普通に接することなど出来る訳がない。


「あ、そっかあ」


 唐突にアキラがぽん! と手の平を叩いた。


「ユウト、そんなに女の子とキスしたかったんだ?」


 突然出た脈絡のないアキラの言葉に、ユウトは「は?」となった。


「えーと、欲求不満ってやつ? いいよもう、キスくらいなら別に減るもんじゃないし。まあ、オレ初めてだったから思わずびっくりしちゃって、一瞬頭の中が真っ白になったりもしたけど」

「……誰が欲求不満だ」


 アキラの台詞は半分、自分自身に言い聞かせているようにも感じられたが、とにかくユウトを否定しようとはしていなかった。

 アキラなりに二人の仲が険悪にならないよう、懸命になっているのだろう。


(こいつ、心広すぎ……しかもファーストキス奪っちゃったとかって、俺……最低だろ)


 心の中で自分を蔑んだ。


「初めてのキスが男でがっかりだろ」


 ユウトは自分を皮肉るつもりでそう言った。


「でもオレ今『女』だし、相手がユウトだったから……それならまあ別にいいかなって……」


(ん?)アキラの言葉が妙に引っかかった。


「何で、俺だったらいい訳?」

「え、何となく……でも、他の男だったらって思うと……それはやっぱり嫌、かな」


 やはり、アキラの中でも何かが変わりつつあるような感じがした。

 ユウトは確認するように聞いてみた。


「じゃあ、俺がもう一回キスしたいって言ったら?」


 今度はアキラの顔が真っ赤になった。


「い、いいけど……オレでいいの? てか、オレしかいない……よね……」


 目をきょろきょろとさせながら、わざとユウトから目線を逸らせているようだった。


「ホントにいいのか?」


 もう一度聞く。


「あ――……う、うん……」


 一度いいと言ってしまった手前、もう後には引けないといった感じだった。

 ユウトがアキラに近付くと、反射的にアキラは少し後ずさる。


(何だこれ。大丈夫かな、やりにくい……)


 頬に手を添えると、アキラはびくっと震えた。

 ユウトはゆっくり顔を近付けて行く。

 初めてのまともなキスに、緊張の為かアキラはふるふると小さく震えている。


「えと……いい加減に目、閉じてくれないかな」

「あ、そっか、ごめん! こ、こう??」


 アキラは慌ててぎゅっと目を閉じた。


「…………」


(な、何かこいつの仕草、ウサギみたいなんだけど)


 思わず吹きそうになりながら、そんなアキラをユウトは可愛いと思わずにはいられなかった。

 そして、今度はゆっくりと丁寧に口づけをした。

 震えが唇からも伝わってくる。


(ヤバイ……やっぱりこいつの唇、気持ち良すぎて……こんなの初めてだ)


 完全にはまってしまう前に、ぎこちなくアキラから自分を何とか引き剥がそうとした。

 その時、アキラが少しぼーっとしながら、小さな声で言った。


「何かキスって、気持ちいいかも……」


 その台詞を耳ざとくユウトは聞いた。


「え、今なんて?」


 アキラは、はっと我に返った。


「あ、ち、ちが……ごめん! 何か今オレ、恥ずかしいこと言った……」

「いや、アキラが本当にそう思うんだったら、その、もう一回……いい?」

「……うん」


 ユウトの申し出にも、今度はあまり躊躇がなかった。

 再び唇を重ねた時には、もうアキラの震えは止まっていた。

 いつの間にか二人抱き合うようにして口づけを交わす中で、ユウトは確信を得た。


(本当に単純だと思うけど……俺こいつのこと)


「―――好きだ」


 声に出してみた。

 小さな声で、呟くように。

 アキラに聞こえていてもいなくても、どちらでも良かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
E★エブリスタ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ