嫉妬と笑顔とそれから
「テスラ…怒ってる?」
「べ~っつに~」
怒ってるじゃんか…
「別に私が骨の髄まで愛している旦那が少女に癒されていようが、王女様のことを怖いと言おうが…知ったことじゃないもん」
「だって事実だし。俺、ほぼ無理やり婚約させられたし」
「私のこと、嫌いなの?」
「そうやって言う女が嫌い。なんか…こう…面倒臭い」いいや、ウザい。
「心の声も聞こえるんだから…発言には気をつけるように」
「事実だしさ…」
これぞ、Theプリプリ歩き、と言わんばかりの歩き様を見せてくれるテスラは俺に見向きもせず、旧友の情報屋に紹介されたという宿屋に向かっていた。今更ながら…ここまでの道中、俺は1度たりともテスラの前を歩いていない気がする。
「はぁ~…せっかくの新婚旅行が…」
「新婚旅行って…そんな言い方よせよ」
「だって、サードと2人で一緒に外泊するんだよ?」
「は?部屋は別々だろ?」
「1人部屋を2つと2人部屋を1つ、どっちが安いと思う?」
「そんな切羽詰まるような金額しかないのか?」
「節約節約」
この世界に疎い俺よりテスラが軍資金の管理に適していた。そのためか懐具合を知る由もないし、「500万ネイ」と言われても…何円だよってなるのがオチだ。
「疎いで思い出したけど…エリーが農業生産特区とか言ってたが、それはなんだ?」
「また質問…まぁいいけど。え~っと、どこの町も発展を望むものよ。そうすると加工や販売に力を入れる町が多くなるの。実際、加工や販売の職についた方が…この世界では高収入を得られるから。でも加工や販売をする以前の問題に、原料の生産をしなければ元も子もない。だから国は原料の生産を重視させる町をいくつか指定したの」
「それが外に出れないのとどう繋がるんだ?」
「農業生産特区は半強制的なものでね、低収入で過度な肉体労働を課せられるから…逃亡者が出るかもしれない。だからってこと」
世界史で習った植民地とかと同じ感じかな?現代でいうと…南北問題の要因的な?
「ふ~ん…じゃあここは…」
「農業を強制された奴隷の町。正確なことを言うと、彼らは奴隷でないけれど…国から人権を認められていないのは事実。まるで、農作物を作る家畜よ」
上流階級のやることはえげつない。でも俺はそれらを黙って見ていることしかできない。
『またエリーと話してね』
そう言って笑顔を見せた少女も家畜…か。
「俺の知らない世界だな」
前の俺は…もっと怒っていたかもしれない。無駄な正義感があった。ドラゴンに変身できたと思えば、皆を助けに行こうと考えていたのだから。今もそれは変わらない。でも…なんか…何かが俺を変えている気がする。目の前に家畜呼ばわりの人が歩いていても、その事実を普通に受け入れている。関東に住んでいた時は、いじめは良くないって叫んでいたのに…
「なぁテスラ、俺は変か?」
俺は冷たい男になってしまったのか?
農業生産特区の意味を知った上でササラの町を見ると…景観がガラリと変わる。ただの藁葺きの家かと思っていたのに、藁葺きではなく、ただ単純に藁が家に被さっているだけの…強風が吹けば消えてなくなるような家に見えてしまう。今歩いている道だって…俺が収容されていた監獄みたいに汚く思えた。
どことなく自己嫌悪に襲われた俺にテスラは振り向くと…寂しげな笑みを見せてきた。どうやら俺の心を読んだようだ。
「私も王女様を演じていると3日でこの世界の常識に染まったわ。奴隷や家畜が人の形をしている、そんなことなど…慣れてしまったわ」
「変じゃないよな?」
「変じゃないわ。染まるのは普通のこと。この世界は私たちのいた世界とは別物だから。私達はこの世界に順応しなければ…死ぬだけよ」
悲しく思う必要はない。無駄な正義は無駄な同情を生み、無駄な同情は…付け込まれる隙を与えるだけだ。
『お兄さんは…優しい人だね』
でも…あの少女は家畜なのだろうか?
「サード」
「あん?」
テスラが指差す先には大きな宿があった。
「今はそう…深く考えないで。私の調子が狂うから」
………………なんて自己中心的な女だ。
「わかった。考えない。とっとと宿に行こう」
でも俺は…それにすがることしか知らない。
~~~~
「はぁ~ん!気持ちいい~」
「頼むから…変な声を出すな」
「変な声って?」
誰に弁明するわけでもないが…宿の部屋にいる。正直…普通だ。電気が存在しないということもあり、外からの光を入れるために壁を取り払い、一面が大きな窓になっていた。でも…それだけだ。小さなベットが2つ、荷物が置ける程度の小スペース…だけしかない。仮にも王女様であられたテスラにこんなところを紹介するとは…
「って…何やってんだ?」
俺が荷物を整理している一方で、俺の背後からは何かを引きずる音が聞こえた。思わず振り向くと…テスラがベットをくっつけていた。そしてくっつけたことによって広くなったベットの中央にチョコンと座り、屈託ない笑顔で俺を見てくる。不覚にも…可愛いな、と思ってしまった。思わない方が無理とも言える。
「何って…ベットをくっつけただけ?」
「なんでくっつけた?」
自分で思っている以上に気持ちのない問いだった。
「う~ん…一緒に寝たいから?」
本来の俺なら、声を大にして歓喜の雄叫びをあげたかもしれない。美女と一夜を過ごす、ということに期待を膨らませていたかもしれない。
「寝たいからってな…あほんだら」
多分、今は知ってしまったからであろう。この町のことを。
「あほんだら?」
「もういいよ…」
外はまだ明るい。と言っても日が沈む手前ほどではあるが。少なくとも寝るまでにはまだ時間がある。この問題は…テスラがいない間に考慮するとしよう。
「それで?情報屋からは何を聞いた?」
俺もベットに上がり、テスラの正面に座る。
「聞きたい?」
「ああ」
「収穫は………………」
「早く言え」
「ほぼなしでした!」
「…」
「え?…何その目?」
「想像に任せる」
「う~ん…私を早く襲いちゃいたい目?」
「それはない。絶対ない」
「そこまで否定しなくたって…」
あ、しょげた。
「でもまぁ…不満ではあるが、ほぼってことは…少しぐらいはあるんだな?」
「まぁね~」
復活早いな…
「それが私の売りだもん。じゃなくて、真面目にいきましょ」
俺は最初からふざけているつもりではないのだけれども?
「ごめんなさい。ふぅ~」
ここまで来てわかったこと、テスラは本題にはいるまでが異常に長い。ついでに話の脱線も多い。
テスラは両手で頬を叩くと息を抜き…真面目な表情になる。ようやく話を進める準備が整ったようだ。
「浮島と黒髪の目撃情報は皆無。浮島は基本的に積乱雲の中にあるからね」
「でも七瀬は俺を首都まで運んだんだろ?誰か…」
「首都を出て行くところだけ、目撃されてたの。だから最悪、盗賊に襲われたりしてたら…今頃、人身売買の市場に出回っているかも」
「怖いこと言うな」
「黒髪は滅多にいない…てか私は見たことがないから、希少価値は高いし、殺すことはないはず。観賞用なら」
「他の奴らは髪を染めているから…その点の問題はないだろう。そうなると…」
「その他の奴らっていうのを見つけるのは大変ね」
「ああ、誰が生きているかもわからないからな」
そもそも本当に7人しか生き残っていないのか、という疑問も俺は拭いきれない。生き残るためには浮島から飛び降りる必要があるはずだ。そこまで行くまでにも…蜘蛛に襲われては、俺みたいに能力がない限り…
「あいつらも異世界から来た。じゃああいつらも能力を持っているのか?」
「さぁ?ナナセちゃんは能力を持ってたの?」
「いや、特にはなかったようだが…」
「それとも気づいていないか…私は持っていたし、サードも持ってる。確率としては高いけど、それがどんな能力なのかはわからないわね」
「SNSとかネット掲示板とかありゃな…連絡手段として早く済むんだが」
テスラの反応を見る限り、この世界にはない。まぁ当然なのだが…じゃあどうする?
「サードはあいつらが付けたあだ名だし、七瀬も知っているはず。いっそ俺の本名である釜谷を広める方法さえあれば、知っている奴なら動くはず」
呟くように言った俺の言葉にテスラは俯き、考える素振りをして、しばらく沈黙した。
「1つだけ、とっておきがある」
顔を上げたテスラは俺の様子を伺うように言うも…またあの嫌な予感しかしない笑顔を向けてきた。
「シラクサ王女の夫は王女と共に楽しく暮らしている。そう新聞に掲載させてもらえば?情報屋の彼なら…それくらいのコネは持っていたはずよ?」
新聞、そんなもの…もうあるのか。活版印刷技術の進歩は馬鹿にできないな。この世界にもグーテンベルクのような発明家がいるわけだ。
「だが…」
「そんな恥ずかしい記事が出回ったら、皆に合わせる顔がないよ~って?」
こいつ…俺の内心をわかっていながら提案してきやがる。そういう時のこいつの提案は…
「はぁ…断りようがないだろ?」
王国の通過「ネイ」は日本円を英語でyenと書くので逆さまにしてneyにしたんです。