変態と涙と当たり前
「聞こえる?」
「ああ…完璧だ」
「シュウジ…お前」
「そう言うテッペイも気になるんでしょ?」
「………まぁな」
護衛隊のいる廊下を出て隣の部屋に移った俺らは完全に男子高校生の空気になっていた。
「あのさ…マジやめた方がいいって」
ベットが2つしかないため、1人はソファで、もう1人は椅子で寝ることが決まると、椅子で寝ることになった俺以外は全員が………テスラとユキノのいる部屋側の壁に耳を澄ませる。それどころか、シュウジは手から土を生成し、その土を操って聴診器のようなものを整形した。そして今、それを壁に当てて実践しているのだが…
「やだなぁ~サード君。自分の奥さんが心配かい?」
「そういうのじゃないんだ。確実にあいつならユキノさんを襲っている。さすがにそれを聞くのは彼女が可哀想だ」
ニヤニヤと笑うユウキに苦笑をすると、シュウジが急に自分の作った聴診器をユウキに押し付ける。それからなぜか仰向けに倒れ、顔を真っ赤にして…のたうちまわる。
「どうしたの?」
そんな様子に疑問を持ったユウキも聴診器で壁の向こうの世界を聞く。すると、こともあろうに彼までもが壁から退き、聴診器をテッペイに渡す。そしてユウキは手で生成した花を遠目で椅子に座る俺に見せてくる。百合だ。やっぱりか。
「サード君も聞きたいでしょ?」
「遠慮する。それと…護衛隊に用事があるんだ」
「そっか~…じゃあシュウジ、あと2つ作ってよ」
「よし来た任せろ!」
「あんま興奮すんな。バレたらどうする?」
俺は完全にはぶられた。まぁ実際、廊下を歩いた時にある人物から呼び出しを言い渡されたし…彼女の勘の鋭さは最強だ。テスラは盗み聞きをされている前提で動いているだろう。だからヘマはしない。その点、彼女の心配はない。ユキノの方は心配だが。
「「「おぉ~」」」
こいつら…
「行ってくる」
正直、「ああいうの」は俺でも気になる。その手の雑誌とか動画とか…何度となく池口たちと見ていた気がする。異性に興味がないと言えば嘘になるだろう。テスラに誘惑された時だって…一瞬だけ揺らいだ。ただ、ただ…盗み聞きはいかんだろう!王女の夫として紳士の振る舞いをしなくてはね!
「あ!サード殿!どちらへ?」
変態たちを部屋に残して廊下に出ると、真っ先にボルトナーさんが駆けつけてくる。さすがに自分たちの隊から負傷者が出たのだ。廊下の雰囲気はピリピリしている。
「え~っと…ちょっとそこまで」
「と言いますと?」
ちょっとの外出でも詳しく説明する必要があるらしい。
参ったな。あの人に呼び出されたって…言っていいのかな?
「ボルトナー分隊長、私が護衛します」
俺が困っているところにスッと現れたのはエレーナさんだった。その登場にボルトナーさんは不思議な顔を浮かべる。
「エレーナ…」
「分隊長、この建物内の警備は厳重です。私1人で十分です」
「お前…疲れているだろう?」
「大丈夫です。私にサード様の護衛を最後までやらせてください」
「だがな…」
「強情なのはわかっています。ですから…」
「わかったわかった。そこまで言うなら俺は何も言わん」
どうやらボルトナーさんはエレーナさんのしつこく粘るところが苦手らしい。というか面倒臭いのか?
「じゃ…じゃあエレーナさん、よろしくお願いします」
「どちらまで?」
「え~っと…屋上かな?」
まぁ俺も彼女の真面目すぎるところは得意ではない。
俺が歩き始めるとエレーナさんはピッタリと後ろをついてくる。俺は運良くワーナー隊長がいない廊下を歩き、エレベーター的乗り物に乗り込んだ。乗り込み、扉が閉まる瞬間までピリピリした雰囲気に生きた心地がしない。
「はぁ~…それで?俺をわざわざ呼び出して何の用ですか?エレーナさん」
51階に相当する屋上まで行く間、俺は呼び出した張本人に話しかけた。よりによってエレーナさんが俺を呼び出すなんて意外すぎだったが、部屋を移動する時、周りには聞こえない微弱な声で話しかけてきたのだ。それなりに人目を気にする案件なのだろう。
「護衛風情がお呼び出しなどと出過ぎた真似を」
「そういう謝罪はいいから本題に入ってくれないかな?」
「で、では…」
歯切れが悪いと思えば、護衛隊の制服の左袖を肩が見えるまで捲り上げ、そこに巻かれていた包帯を取り去る。そして俺がやらかした引っかき傷と混在するものを俺に見せつけてきた。
「やっぱり…その件だろうと思ったよ」
彼女の左肩、そこにあるものを俺はお姫様抱っこをして運んだ時に見てしまっていた。さらにその手の知識を得た翌日だったために…鮮明に俺の脳に焼き付いていた。
「見たんですね?」
「ああ、見覚えのある紋章だからな」
左肩に混在するそれは…紋章だった。昨日見たばかりの記憶に新しいものだ。
「まさかエレーナさんがバーシア奴隷だったとはね…」
屋上に到着し、満天の星を仰ぎ見ながら半周約500mの塔の中心に立ち、後を追ってきたエレーナさんに振り返る。
「私は逃亡奴隷です」
バーシア出身、6年前にバーシアを出、テスラに拾われた。逃亡奴隷という言葉がエレーナさんの口から出てくるなり、昨日今日と何気なく聞いたエレーナさんの過去と密接な繋がりを得てきた。
「王女様もこのことは知らないはずです。あの方はまだ私のことをただの貧しい市民出身だと思っていると思います」
「護衛隊は?」
彼女は言葉なく首を横に振る。要は…俺だけが知ってしまったということだ。
「あの…ですから」
「言わないよ。絶対にね。神にでも誓うさ。守れなかったらその剣で俺を斬るといい。でもまぁそういう問題でもないか」
王族を守る神聖な護衛隊に奴隷が紛れている。それが明るみになった時、俺の首1つで収まるはずがない。
「私は一体何をすれば許されますか?」
うん?
「私はまだ…死ぬわけにはいかないんです」
強く訴えてくるも半泣きの顔で面と向かわれては…冷静な彼女のイメージに似つかず、こっちが戸惑いを隠せない。
「な…何か理由でも?」
「……私には…姉がいるんです」
何かを思い出したのか…さらに弱々しく見えてくる。
「姉は私と一緒にここから逃げたのです。そして…首都近くのササラという町にボロボロになりながら到着しました」
「そこなら知っている」
エリーという愛らしい少女と情報屋がいた町だ。
「でも姉はそこの人々に捕らえられ、私を庇った姉は…どこかへ連れて行かれてしまいました」
そこの人々って…あそこは農業生産特区とかに指定されている町で、ほとんどがそれに従事する奴隷に近い存在だと聞いたけど…
「姉と…はぐれた私は…ササラを出て、途方に暮れているところを、王女様に拾われたんです。だから…護衛隊で生活をし、いつかは姉を探し出すと決めたんです」
へぇ…実際にそういう人っているんだな。アニメやドラマの世界だと思ったぞ。
「だから…だから今は…」
「いや、言わないから。どうやったら信用してくれるかな」
元々、俺がこの世界の住人なら「奴隷」という言葉を聞いても侮辱の目をすることができたかもしれない。彼らはそういう生き物なんだって理解できたと思う。ただ…俺は違う。あの世界では21世紀の高校生だ。歴史を授業で学び、労働基準法で過労に対する規定を設けられ、奴隷解放などずいぶん昔の話になっている。人を虐げるのは良くない。皆仲良くランランラン、そうやって育った平和主義の日本人だ。
だから目の前でどんな過去を、理由を打ち明けられても、その以前から俺の腹は決まっている。
困っている人は助ける。
あの世界では当たり前。その当たり前がこの世界で通じないことは知っている。それでも俺は貫きたい。
かっこよく言うなら、俺が俺であるために、だ。
今はそれをどうやって目の前の彼女に、弱々しい彼女に証明できるか。
「じゃ…こうしないか?」
悩んだ末に出した俺の提案は至って簡単なものだった。




