針の筵のワルツ
七瀬に襲われた俺は3人のクラスメイトと共に繁栄の塔に入った。デイビス家の一大拠点ということもあり、警備は厳重で、気絶したエレーナさんとイレンを抱え、血で汚れた俺の服を目の当たりにした警備兵たちはすぐさま俺とその2人をロビー奥の治療室に運んだ。その間、俺が警備兵に適当な言葉を並べ、他の3人を38階の俺とテスラの部屋に案内させた。あそこならまず安心だろうという判断だ。
そこまではいいんだが、治療室のベットに横になった俺はどうやら熟睡をしてしまったらしく…起きると、窓の外は夕焼けに染まっていた。4時間は眠ってしまったか。
「サード!起きたのね!」
ぼんやりとする頭で状況の整理をしようとした俺が上体を起こすや否や、テスラが飛びついて来た。披露宴も終わっていたのか…
「テスラ…じゃなくてシラクサ…痛いぞ」
「我慢して!心配で酔いも覚めたんだから!」
そっか…そいつは良かった。俺がいないと酒をガバガバ飲んで泥酔してしまう可能性もあったからな。
「サード様…その…」
「サード………様…えっと」
抱きつかれていた俺の目線の先にはエレーナさんとイレンが申し訳なさそうに立っていた。エレーナさんは左肩を右手で押さえ、イレンは頭と左腕を包帯でグルグル巻きにされた状態でだ。エレーナさんの傷は全部俺のコントロール不足が招いたものなので…申し訳なさそうにされても、こちらが辛い。
「「本当に申し訳ありませんでした!」」
頭を深くまで下げて詫びてくる2人。思えば、七瀬が襲ってきた原因も俺にあるわけだし…謝らないといけないのは俺かもしれない。俺という存在を守るために…12名の守護兵団も死んでしまったのだから…
「守ることもできず、相手に敗北してしまい、本当に申し訳ありませんでした!」
「私は守るどころか…守られてしまい…挙句、私を庇って背中に傷を負わせる結果となり…その…ここまで運んできたのもサード様とのことで…」
誰が悪いのかは言及しない方がいい。これはきっとそういう問題だろう。
「イレンもエレーナさんも無事で何より。逆に俺がエレーナさんの肩を傷つけてしまった。ごめん、大丈夫だった?」
「これくらいの傷など…!」
俺も謝るが…これが見事に逆効果。エレーナさんの頭はさらに下がってしまった。
「聞くところによると、エレーナはお姫様抱っこで運ばれたらしいじゃない。現役お姫様の私は未だにやってもらってないのに」
そこへ追い打ちをかけるように俺から離れたテスラがからかう。結果、エレーナさんの隣にいたイレンさえも可哀想な顔をしてしまった。
「シラクサ…まったく」
眠ったことで体力は回復していた。なのでスルリとベットから抜けると、その勢いでテスラにお姫様抱っこをしてやる。
「え⁉あ…!ちょっ…!キャッ!」
「いくぞ~…それ~!」
そしてその場で7回ほど回転し、その間何度となくアップダウンを繰り返した。終わる頃にはエレーナさんもイレンも…近くにいた医者もこっちを見て唖然としていた。
「どうだシラクサ?」
「恥ずかしいから降ろして~!」
「だろう?やってる俺も恥ずいんだ」
顔を真っ赤にしたテスラを降ろすも、彼女は俺に強烈な右ビンタをした後、早急に治療室から出て行った。照れ隠しにしては…結構キツイな。まぁ彼女がいなくなった方が2人も緊張が和らぐだろうし。
「あの…サード様…」
「そんな顔をしないでくれイレン。運が悪かったのさ」
護衛2人の目に今の俺がどう写っているかは知らないが、とりあえず笑っておく。頬はかなりピリピリするけど…
「エレーナさんも助けられて良かった。命はそんなに簡単に捨てていいものじゃないんだから。時間稼ぎなんて言われて、俺が素直に逃げるのって…どうも、素直になれなくてさ。俺みたいな弱い男ほどつまらないプライドで構成されてるからね」
「でも…!私は護衛です!守ることが仕事で…!」
「そっか、じゃあその肩の傷は俺からの罰ということで。それで全部お終い」
そのせいで俺はあなたのとんでもない秘密を知ってしまったしな…
俺の言葉に不満げで、まだ何か言おうとしたエレーナさんを俺は全力で無視をし、治療室を出た。向かう先は…
「早速夫婦喧嘩か?眩しいな」
「誰かと思えば…テッペイか」
廊下に出てすぐの壁にもたれていたのは世でいうリア充のテッペイだった。俺の顔を見るなり苦笑していた。やっぱりビンタ受けた部分…腫れているのか?
「テッペイが生きてるってことは彼女も?」
「ああ、今…城主をやってるよ」
「ふ~ん…シュウジたちは?」
「お前の部屋だ。お前の嫁さんにも話は通してある」
テスラと生存者は接触済みか…となると、テッペイはなんでここに?
「まぁ…部屋に行こうか」
テッペイは正直…あんまり好きではない。一緒にいた連中が苦手だったし、テッペイの目はどこか上から見下しているようなものを感じた。俺より身長が小さいくせに…
そんなやつと立ち話ができるはずもない。歩きながらでも厳しいが、部屋まで行けば、誰かしら会話のフォロー要員がいるだろう。
「俺はお前に質問がある」
「この世界のことなら俺よりシラクサの方が熟知している」
「違う。俺はサードに、釜谷に質問があるんだ」
そういえば、サードの名付け親ってこいつらじゃないか?
「俺に?」
「お前はこれからどうしたい?」
「どうしたいって?」
「元の世界に帰りたいかと聞いているんだ」
こういう時のこいつの「早く答えろモブ男」的な視線が嫌いだ。別にお前に格下と思われようが知ったことではないが、わざわざそういう態度を俺に見せるなよって思う。
「帰りたいから俺は皆に居場所を伝えただけだ。王女と婚約してリア充エンジョイヒャッハ~!なんて興味ない。そもそも王女と婚約したのも取引だ」
テスラ自身の好意等々は知らないけど。
「王女からその辺の事情は聞いてる。龍使いなんだってな」
「ああ、俺ら以外にも別世界から来たやつがいるってことだ」
その辺も聞いているなら、俺が帰ろうとしているのも聞いているはずだぞ?何が言いたいんだ?
大勢の警備兵で殺伐な空気に包まれているロビーに出て、そこからすぐのエレベーター的な乗り物に乗る。もしここに七瀬が突撃してきたら…警備兵は全滅するだろう。だから来ないことをこの世界の神に祈りながら乗り物の扉をボタンで閉める。
「俺は釜谷の口からその言葉を聞きたかったんだ…」
密室の中、テッペイのため息が漏れた。
テッペイは何か悩んでいるのか?
親しいわけでもないし、ここでそれに踏み込むのはさすがに無理か?本当に悩んでいたら向こうから動くだろうしな。
俺の関与するところではない。
そう思った矢先、
「なぁ釜谷、もしだぞ?もし…大切な人と考えが合わない時、お前ならどうする?」
「話し合いで妥協点を見出す」
うん?反射的に答えてしまったけど…これって、こいつなりの悩みだったりするのか?彼女と何かあった、と見ていいのか?
「妥協点か…なるほどな」
「俺としては、本当に大切な人となら見出すことは可能だろって思うけど」
ひょっとしたら、カップルの仲がギクシャクしてるんじゃないのかな?などと推測を立てた上での発言だが、思った以上にテッペイは考えている。ビンゴだな。
「ま、本人次第でしょ」
この言葉さえ言っておけば、俺に被害はない。
俺としては…
本人次第でしょ…
これらは魔法の言葉だ。「一個人の意見」と「あなた次第」を相談等々の答えに混ぜ込んでおけば、何かあっても言い逃れできる。「お前がそう言ったから…」なんて言われりゃ、厄介ごとにしか巻き込まれない。
「だよな…」
38階につくと、テッペイは普通に俺の先を歩いていく。その先には護衛隊諸氏が集結していたが、俺を見つけるとすぐに道を開けてくれる。
「サード殿、ご無事で何より」
「ボルトナーさん、あの…イレンとエレーナさんをお願いできますか?なんか針の筵に座らされているようで…」
「わかりました。針の筵とは…恐ろしい表現ですな」
針の筵って言葉はないのか…
ボルトナーさんの前を通ると心配をしてくれたが、ワーナー隊長の前を通ると…鼻で笑われた。この人に嫌われている理由が検討もつかないのだが…俺の早死を望んでいるようだ。
「お前も大変だな」
それぞれの反応で察したのか、テッペイがそう言う頃には部屋の前に到着していた。
「ほっとけ」
部屋への入り方は限られた人間しか知らない。何やら魔法結界がどうとか…
俺はテッペイの前に出ると扉に手を触れ、目を閉じる。すると頭の中で「解除しました」という誰かの声が聞こえ、扉が開いた。指紋認証ならぬ波紋認証らしい。詳しいことは魔導師ラテラクリフトに聞かないと不明だ。
「さてと…今後の話といきますか」
「だな」
不明なことが多い今、この部屋に集められているであろう生存者たちと何が決まるのだろうか?
未知への不安を噛みしめ、小さな一歩を踏み出す。
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