悪夢と変化のコンチェルト
「サード様をお守りしろ!」
エレーナさんの号令が響き、イレンと守護兵団11人が不審者に襲いかかる。先陣を切ったのはイレンだった。
イレンの剣技は見たことがある。あの変幻自在に繰り出される斬撃はどんな強者でも戦いにくいはずだ。
「もらった…!」
「アハハ!アハハ!」
間合いを詰め、右から出るかと思わせ、瞬時に左が飛び出す。しかし不審者は笑いながら躱してみせる。
「アホが!」
不審者が後ろに下がって躱すことをイレンは予想していたらしく、今度は右を突き出す。短剣の切っ先は確実に腹へ向かっていた。でもこれは高く飛び、イレンの頭上を宙返りで躱した。その時には守護兵団も持っていた槍で襲うのだが、ひらりひらりと躱してしまった。その動きは…イレンの剣技よりも断然速い。目で追いかけるのがやっとだ。
「邪魔!」
「グフッ…!」
「邪魔!」
「ウワァ!」
「邪魔邪魔邪魔ぁ!」
気づけばあっという間に守護兵団6人が「殴り」殺された。すべての攻撃は素手で行い、高速で繰り出される拳は正確に心臓を捉え、捉えられた者は大量の血を吐き…絶命していた。
「なろっ!」
不審者が守護兵団を倒す隙を狙ったイレンが背後から襲いかかるも…
「あなたウザい…」
回し蹴りで返り討ちされ、吹っ飛んだ身体は繁栄の塔にぶち当たり、起き上がってこなくなった。
「サード様…お逃げください。私が時間を稼ぎます」
イレンも守護兵団も倒され、残るはエレーナさんだけ。
「ハァ~ン…まだ蝿が一匹」
どうする?俺がここでドラゴンとなって応戦するか?一応、旅中にテスラから鍛えられたつもりだが…俺がそんな能力をエレーナさんの前で見せて良いものか?でも、このままだとエレーナさんが殺される。
「貴様、私たちに手出しするなど許さん!」
エレーナさんが細身の剣を抜き、不審者と対峙している。迷っている暇はない。どうしたらいい?
チカラヲ…ヨコセ…マモルチカラヲ…オレニヨコセ
「ハァァァ!」
「アハッ!邪魔なの!」
迷っている間に2人が動き出した。そうなりゃ…やることはただ一つ。
『肉体強化!』
「エレーナさん!」
瞬時に左手でエレーナさんの左肩を掴み、後ろへと引き倒す。そしてエレーナさんと入れ替わりながら、彼女の心臓を目掛けて飛んできた不審者の右ストレートを右手で掴む。
できたけど…イッ……………テェ~!
「なっ…⁉」
不審者は驚きの声をあげ、すぐさま俺から距離をとった。引き倒され、尻餅をついたエレーナさんも驚きの表情を浮かべた。生憎、俺も驚いている。
「サード…様…?」
ドラゴンの能力を手に入れてから、視力も聴力もかなり良くなっていた。だから筋力等々も向上しているのではないか、と思い…実は旅中に隠れて実験をしていたのだ。すると結果はご覧の通り、目で追うのがやっとな不審者の攻撃を防いでみせた。ドラゴンじゃない俺でも普通の人間より身体能力がいいのだ…テスラには絶賛秘密中だったが。意識すれば普通の俺を超えた能力が引き出せるため、俺は肉体強化と呼んでいる。
「どうしてあなたが私の敵をするの?」
「悪い。言っている意味がわからんぞ」
ただ残念なことに…俺ができるのはここまでだ。この肉体強化、まだ実用化には依然至っていない。護身術も殺人術も…力のコントロールもまともにできないせいで、エレーナさんの服の左肩を裂き、引っかき傷を残してしまった。
コントロールもロクにできない身体で強者と戦うなんて無理だ。
「サード様逃げて!」
こちらの事情を知らない不審者は容赦なく俺に突っ込んでくる。目で見た情報を瞬時に判断、それに応じて手足を…
「ガハッ!」
顔面に強烈フックが炸裂。顔は横を向き、頭は揺れる。やっぱりコントロールできない。何度も言うが…目で追うのがやっとなのだ。
そして追い打ちの如く、横腹に蹴りが入ると身体は浮き、繁栄の塔に背中から叩きつけられる。
「ダハッ…!」
ヤバい。死ぬ。勝てない。
ズルズルズルと壁にもたれながら地面に落ちていく俺の方に不審者は猛接近してきた。
「サード様…!」
さすがにヤバすぎる。そう思った途端、俺と不審者との間にエレーナさんが割って入ってきた。
「邪魔をするなぁ!」
「エレーナさん、ダメだっ!」
この時初めて、俺は自分のことを筋金入りのバカだということに気づいた。
なぜなら、痛くてたまらない身体なのに…反射的に伸びた腕はエレーナさんを横になぎ払っていたのだから。
エレーナさんが消えたところでいよいよエレーナさん向けに繰り出した拳が俺の顔に…
ピトッ
「ハァ~ようやく触れた」
この場には似つかない安堵の声。
目を瞑ったせいで何が起きたか理解するのに時間がかかった。何せ………俺は死ぬもんだと思っていたから、急に両頬を触れられても反応をすることはできない。
「この温かみ…本人だわ」
ゆっくりと目を開けると…不審者の素顔が間近に迫っていた。そして俺はその顔を知っている。
「お前は………七瀬か?」
頭に被さっていたマントが落ち、黒いお下げ髪に眼鏡をした女がニコリと笑う。
「やっとわかってくれた…釜谷君」
不審者…ではなく七瀬は抵抗する力もない俺の顔を触りまくってくる。その手つきは不愉快になるほど執拗に感触を確かめるようだった。
「ねぇ釜谷君、助けに来たよ?私と行こ?」
「七瀬…何が…あった」
辛うじて動く口、その口から出る言葉だけでは俺の疑問は解消されない。
なんであの真面目で大人しい優等生な七瀬が人殺しを?
しかも見たこともないような狂った笑顔…
怖いほどに俺を見つめる瞳…
「お前は…本当…に…七瀬か?」
「私は寺脇七瀬だよ?どうしたの?」
違う、こいつは七瀬じゃない。俺の知っている七瀬は…七瀬?
俺の知っている七瀬って何なんだ?
「ハァハァ…釜谷君、釜谷君、釜谷君!」
本当の七瀬は…今の七瀬じゃないのか?だとしたら…
「七瀬…俺は…もう釜谷じゃない…俺は…サードだ」
「アハ!何言ってるの?釜谷君は釜谷君だよ。私の釜谷君は永遠だよ?」
「俺は…サードだ。悪いが…人違いだっ…」
「本当に何言ってるの?どうしちゃったの?釜谷君、サードはウザったい連中がつけた最低な名前なんだよ?」
「それでも…俺はサードだ」
「ねぇ釜谷君!」
頬に触れていた手が離れ、七瀬は虚ろな目になり、頭をグシャグシャとかき乱す。
「違う…釜谷君はこんなのじゃない!違う…!違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!」
七瀬が…狂っている?
地面に座り込んだ俺は動かない身体で目の前で荒れ狂う七瀬を直視した。すると何かを叫び続けていた七瀬がピタリと止まる。
「そうだわ…きっとあの女が釜谷君を変えたんだわ…だからあの女…王女を殺せば釜谷君が戻ってくるはず…そうね…そうとしか考えられない…釜谷君を変えた連中は全員殺しましょ…アハ、アハハハハハ!」
「よせ…七瀬…」
「手始めに…この邪魔な女から!」
七瀬は近くに落ちていたイレンの短剣を1本拾い、俺が強くなぎ払ったせいで気絶したエレーナさんに近づく。
「待て七瀬…やめ」
「待っててね釜谷君。すぐに連れ戻してあげるから」
七瀬は両手で短剣の柄を握りしめ、地面に突っ伏すエレーナさんに向かって振り上げた。
オレニ…マモルチカラヲ…!
「やめろ…!やめろぉぉぉおおお!」
七瀬が振り下ろそうとした刹那、俺の身体は妙な軽さを覚えて飛び出した。そして起きる気配もないエレーナさんに覆い被さり、俺は……
「ガハ…ゴフッ…!」
クラスメイトに背中を刺された。




