恐怖と狂笑のカプリッチオ
第2章だっ…
「あれが王女様だとよ」
「ほぅ…なかなかの上玉じゃないか。一発やりてぇな」
「バカか。あの女、見かけによらず武闘派らしいぜ?」
「だから俺らが雇われたんだったな」
俺らは屋上から標的であるシラクサ王女を見下ろす。
「リック、エデル、下の見張りから知らせは?」
「異常なしだとさ。もういつでもいけるだろ」
俺らは雇われた。それも国の重臣から高値でだ。
「うし、弓を」
「リチャーズは旦那を狙え。追加報酬間違いなしだ」
政治に関しては疎い俺らだが、何やら王女様を射殺しりゃ…俺らの雇い主は嬉しいらしい。殺し屋稼業を長年やってきて、ようやくデカい仕事が回ってきたことに、思わず鼻歌交じりで準備を始める。国内最強の殺し屋集団と謳われる俺らの真髄を見せたいところだ。
「カンエイ様、反対側からイエローフラッグ。準備は万全とのこと」
「へっ、王宮騎士団護衛隊もチョロいな。ブルーフラッグだ。作戦を開始する」
バーシアの中央広場で披露宴をやるなど…絶好の鴨だ。背面は繁栄の塔だが、他すべてが4階建の建物に囲まれている。そして道幅も狭いため、逃げ道を確保しておけば、追手からも容易く逃れることが可能。左右から矢を舞台に降り注ぎ、新郎新婦殺害後、追手に捕まる前に駿馬で逃走。今回の作戦に狂いなど存在しない。
「カンエイ様、マーセナスはどうします?」
「デイビスか…エデル、お前がやれ」
矢にはたっぷりと猛毒が塗ってある。皮膚に塗っただけで腐敗するほどの浸透力のある毒が。それを腕利きの殺し屋総勢12名で射るのだ。いくら武闘派の王女でもくたばるだろう。
「向こうからもブルーフラッグを確認。作戦を開始します」
まずは舞台の右側にいる別動班6人が射る。もし全員が外したところで、護衛隊も王女も右側に警戒するはずだ。そこに左側にいる俺ら6名が不意撃ちをする。少なくとも俺だけは弓で百発百中の自信がある。
「さぁさぁ…楽しもうじゃないか」
俺とエデル、リック、リチャーズ、ボートス、ハンヤルンがそれぞれ屋上の淵に身を伏せ、別動班の行動を待つ。この建物の1階は見張り番が封鎖しているので警戒する必要はない。すべて、王女を射抜くことだけを集中する。
「第一に王女だ。次にサード、マーセナスの順だ。尚、マーセナスを殺すことに成功すれば、俺らはハンセン商会に身柄があるエルフを攫う」
「「「「「了解」」」」」
作戦の再確認終了後は沈黙だ。俺はこの沈黙がたまらなく愛している。中央広場にいる労働者どもはお祭り騒ぎをしているのに、それを無視して沈黙を貫く。そして射殺に成功すればお祭り騒ぎは悲鳴に変わり、俺らが高笑いするのだ。最高に気分がいい瞬間である。
しかし今日は何かが違っていた。
「………遅くないっすか?」
隣にいるエデルが不意に声を出したのは数分後のことだ。確かにブルーフラッグを出して、作戦はすぐ開始されたはず。狙いをつけるのに数分もかからない。
作戦通りに進まないだと?
「リック、望遠鏡を」
「はいカンエイ様」
まさかバレたのか?
そう思いながら身体を起こし、望遠鏡で100m先の別動班がいる屋上を見た。
「おいおい…嘘だろ…」
俺が望遠鏡を覗いた瞬間、作戦はすでに失敗していた。そしてその元凶は俺を見て笑いやがった。
「お前ら狙え…!」
望遠鏡越しの俺と目が合っている元凶は、俺に何かを投げてくる。望遠鏡を覗いているので、何が来るかはすぐ理解できたが、理解した瞬間にはもう遅い。
「グオッ⁉」
それは望遠鏡のレンズを貫き、覗いていた俺の右目に突き刺さる。
「「「「カンエイ様!」」」」
「いいから早く射ろ!」
驚き戸惑う連中に叱責し、俺は急いで刺さったものを目から抜こうとしたが…深く食い込んだせいで眼球ごとえぐり出すしかなかった。激痛を超えて、一時的に何も感じなくなった。意識も飛びかける。
「うわっ」
「うっ」
「イツッ!」
「ウギャ!」
「ドゥワッ!」
ほんの一瞬だけ周りが見えなくなっただけなのに、弓を構えていた連中も目を狙われた。手に握られた太い針には俺の眼球がくっついていやがる。
「イテイテイテェ~」
「目がぁぁ~」
「うぁぁぁ~!」
俺らの作戦を崩壊させた元凶が何者なのかはわからない。しかし唯一わかったことがある。
「アハッ!ダメじゃないですか~」
そいつはたった10秒で100mを移動して、俺らの背後に立っていた。あそこから俺らのいる屋上までには中央広場があり、そこは人が群がっている。ここまで他の建物から飛び移ってきたとしても…10秒で到達できるとは思えない。化け物だ。どこから来やがった…!
「お前…何者だ」
黒いマントで頭からつま先まで隠れている。顔も影になっていて、こちらからは見えない。ただ…小柄で、声は若い女、ということしかわからない。
「ウフフ…私の大切な人を殺そうだなんて」
反射的に剣を抜く。すると…消えた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」
一際大きな悲鳴が聞こえた後ろを向くと、5つの首が宙を舞っていた。それらはゆっくりと俺の中で情報処理される。
「エデル、リック、リチャーズ、ボートス、ハンヤルン…」
仲間の首が5つ。
「アハハ!」
宙に舞ったそれらは黒い何かによって一瞬で消えた。俺は残像を追うようにまた振り返る。
「彼に手を出そうとするからよ…ねぇ?」
「お…お前は正気か…」
5人の血が滴る生首でジャグリングしてやがる…ピチャピチャと飛沫が俺の頬を濡らした。聞かずともわかる。正気じゃない。
「くそったれ!」
足を止めていたら俺も生首の仲間入りだ。戦わなくては…確実に死ぬ。
剣を握り直し、俺はそいつに飛びかかった。殺し屋集団のリーダーたる俺が剣で負けるはずが…!
「んん~?エヘェ~?」
俺の剣先は狂いもなく変な笑い声を出すそいつの首に向かっていた。しかし、生首を放ったそいつは…自分の腕で首を隠した。当然、刺さる…はずだった。
バキッ
何かが折れた。こいつの腕の骨か?………違う。
「剣が…⁉」
折れたのは俺の剣だ。鍛治職人によって作られた強固な剣が…容易く?
「ニハァ~」
予想外の出来事に前のめりでそいつに近づいてしまう俺。そいつの顔の距離が近づき、舌を出して笑うそいつの口元が見えた。が、これまた一瞬だ。次には強烈なフックが俺の顎を捉え、俺は数m横に吹っ飛び、4回地面を転がる。顎は確実に外れたな…
「ゴホッ…カハッ!オェェ…」
幾度となく、猛将や猛者と戦ったはずなのに…こいつの強さはありえない。本当に女なのか?
「ダメですよ~?私の大切な人を殺そうとするなんて」
ザクッ
何かが俺の太腿に刺さった。もはや痛みも感じない。
「あ…あああ…あぁ~!」
何を言おうにも顎が役立たずになった今、ろくに言葉も言えない。そもそも何を言おうとしているのかすら疑問になるほどの疲労具合。
「どうしたんですか?もう終わりですか?」
化け物だ。化け物だ。化け物だ。化け物だ!
俺の頭を掴み上げ、化け物はニタっと笑い、地面に俺を何度も叩きつける。
もう死んだ方が楽なんじゃないかと思うのに…俺の意識は飛ばない。早く殺してくれ…
訴えようにも口が動かない。
「アハハ!私を怒らせちゃいましたね!」
グチャ…!グチャ…!
「もう我慢できない。殺しても殺し足りない!」
何度も…何度も…何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も…
「でももういいんです!私気づいちゃったから!」
何がなんだかわからない状態になったところで解放された。その時偶然にも風が吹き、俺の白く濁り狭まっていく視界にそいつの顔を隠していたマントが取れ、素顔が現れた。
「もう釜谷君の隣には私しかありえないんだから…!あの小煩い王女でも!ウザいクラスメイトどもでもない!私こそが釜谷君にふさわしいの!」
ああ、俺はこんな少女に殺されたのか…
「だから決めたの!釜谷君の周りに飛び回る小蝿どもを皆殺しにするって!」
俺は大勢の人間を殺した。笑いながら殺してきた。俺は強かったからな…でも最後の最後で立場は逆転した。
「待っててね釜谷君…今度は私が助けてあげるから!」
笑われて殺される人間の気持ちなど、その立場にならないと絶対にわからない。そして俺はわかった。恐怖に支配されながら殺された人々の気持ちが…
レンズにヒビの入った眼鏡、左右にそれぞれ束ね垂らされた黒い髪、こびりついたような狂った笑顔…俺はそんな彼女から気づかさせられた。
「アハハッ…アハハハハハハハハ!」
畜生…死ぬのが怖いなんて…思ったこともなかったのに。




