地下で側妻はいかが?
地獄への出入りは自由だった。それ即ち、別に咎められることはなく、合法的な場所のようだ。
手枷を吊るされ、ぐったりする奴隷たちを…まるで車の展示会のように囲みながらあれやこれやと騒ぐ人々。奴隷に男は当然ながら女子供も関係なく、肩にはバーシア奴隷の象徴である焼印が押されていた。購入値段はピンからキリまで…比較的、20歳過ぎたばかりの青年男子が人気で高値らしい。そう言うのも…
「それにしてもサード様が奴隷に興味があったとは」
入ってすぐに俺の素性がバレ、奥にたまたま控えていたデイビス家の当主マーセナスが直々にやって来たのだ。いくらフードを被っても、白髪を一瞬でも見られれば…俺だとバレてしまうらしい。
「あ…いや、単なる見学です。購入できるほどの財力もありませんし」
「またまた~、でしたら5体ほどプレゼントさせてもらいますが…」
「お気になさらず!あの…全然…ええ!大丈夫ですから!」
人懐っこい笑顔を浮かべる中肉中背のおっさん。ごますり野郎のような人だが、バーシアの支配者という。俺の中ではいくら奴隷でも数える単位に「体」を使う人とは仲良くなりたくない。たぶん、マーセナスの頭の中は「王女様の婚約者」という情報で…損得勘定しているのだろう。この青年に取り入られるべきか否か、と。
「そう仰らずに………おい、あいつを連れて来い」
醜悪な金持ちたちの間を抜けながら、マーセナスは奥の部屋へと俺を案内してくる。念のためボルトナーさんに視線を送ると、護衛として頷いてくれた。
「ささ、こちらへどうぞ」
展示ブースは15個以上の円形舞台によって成り立っていた。各舞台の近くには看板が立っており、
「青年男子」
「厳選男性」
「従順奴隷」
「重労働用」
「手工芸用」
エトセトラエトセトラ…
といった主題があるようだ。俺は案内されるがまま、それらを通り過ぎ、奥の部屋に通された。その際、嫌なことに…すれ違い様に首輪の繋がれた女性奴隷から助けを乞われた。すぐさま管理していた人間に鞭で打たれていたが…俺の良心など、ここに来た段階で微塵にないのかもしれない。
「まぁまぁお座りください」
通された部屋の中は応接間になっており、俺は入り口に近いソファに座り、その向かい側にマーセナスがニヤニヤしながら座る。そしたらすぐに飲み物が彼の従者から前の机に出された。色や匂いから察するに…赤ワインっぽい。
「私は結構だ」
「同じく」
俺の後ろにいる護衛2人は毅然とした態度で飲み物を断っていた。
「今日はご挨拶ができず誠に申し訳ない。何分、多忙な身ゆえに」
「いえ、気にしないでください。弟さんの…ガズンさん?から説明は受けているので」
「愚弟が何かやらかさなかったでしょうか?」
あのひょろ長い…栄養失調手前じゃないのかって思う人か。宿泊部屋の案内をしてくれたが、テスラがひどく嫌な顔をしていたな。彼女曰く「醜い連中だ」とか何とか…きっと容姿のことではない気がする。
「まったく何も。繁栄の塔とはご立派な建物ですね」
「お褒めに授かり光栄です」
設計から建築まで魔導師ラテラクリフトがやったらしいが、自分の手柄のように胸を張って笑っている。
「マーセナス様、例のやつを」
「ならば連れて来い」
今度は誰かを連れて来た。俺への献上品なのか?
「サード様、こちらはエルフ族の娘です」
従者によって引きずられるようにマーセナスの横へ連れて来られた長い金髪に尖った耳を持つ俺と同い年ほどの女性…エルフ族って?
「あんた…エルフ族のって言ったか?」
マーセナスの得意げな顔に真っ先に反応したのは俺ではなく、ボルトナーさんだった。振り向いて見れば…護衛2人揃って携えていた剣の柄に手をかけている。
「エルフ族はシラレン国際講和条約に基づき、介入は禁止されているはずだ。それもこともあろうに奴隷市場で取引しようなどと…!」
「よくも私たち王宮騎士団護衛隊の前でそのようなことをしてくれましたね」
ドッと殺気を発する護衛2人は今にもマーセナスに斬りかからんとしていた。俺としては取り残されている感が尋常ではない。
「まぁ待ちたまえ。彼女は奴隷ではない。そもそも真っ当なエルフ族ではないのだよ。その証拠に…」
殺気を向けられたマーセナスは余裕な顔でエルフ族の娘とやらの耳にかかった金髪をかき上げた。汚い手で女の子に触るんじゃない!とか言える空気でもなさそうだな…
「はぐれのエルフ…か」
「クッ…」
何を見たのか謎だったが、護衛2人は苦い顔をして柄から手を放した。
「あの…それで彼女を俺に見せてどうしようと?まさか俺の護衛をからかうために連れて来たわけではないでしょう?」
よくわからないけど、知ったかぶりをしておこう。そっちの方が見下されずに済みそうだ。たぶん…彼女の耳に本来なら何かあるのかもしれないが。
「さすがはサード様です。話のわかる方は違いますな」
褒められている、で合っているんだよな?
ボルトナーさんらをからかうように一瞥したマーセナスは俺を見て…謎の笑みを浮かべた。
「どの国もエルフ族の知恵が欲しくて欲しくてたまらんのです。喉から手が出るほどに」
まずは稀少価値の説明か…
「この娘ははぐれであってもエルフです。つまり、この娘さえいれば、エルフ族の知恵もすぐに手に入りましょう」
だからなんだと言うのか?
「財力はないのですよ?」
「ご安心を。別に商売がしたいわけではありません。取引がしたいのです」
「俺は政治的権力もありませんが?王女に取り繕うことも無理ですよ。彼女は俺の提案を論破しますし」
「私の狙いはそこではありません」
「では何を?」
少しずつだけど…妙な風向きになってきたな。
「どうかこのエルフを側妻に」
「はぁ…………………はぁ⁉」
マーセナスは俺が驚くことを予測していたらしく、身を少し乗り出して…本格的な取引の態勢になったようだ。
「このエルフは爆弾でしてな。下手に扱うとデイビス家が崩壊してしまう。しかし逆にこれがあるおかげで、どこの貴族からも干渉されなかった」
「なるほど…ならずっと持っておくべきでは?」
「それが6年も続いてしまうと、貴族からの圧力がいよいよひどくなりまして…デイビス家も限界なのです」
時間が経てば、脅威が脅威じゃなくなるわけだ。そしてそれを自分たち側に取り込もうと動き出した…じゃあ彼女は6年も前から囚われの身なのか?
「ですのでサード様にお譲りしたい」
「そこが理解できん」
「王女様の夫となられたサード様は王家側の人間。そのような方にエルフを託せば、私どもも王家側につけます。さらにエルフ目当ての貴族も偉大なる王家には手が出せないはずです」
話の筋が見えてきたが…この男、元々俺に取り入られる道を選択したわけだ。
「つまり、俺はエルフ族の知恵とやらが手に入り、デイビス家は安全な王家側につける。知恵の代わりに身の安全を保障しろと?」
「やはりサード様は話のわかる方ですな」
話は理解した。けどさ…エルフ族の知恵が何なのかわからないし、真っ当な王家の人間じゃない俺が決めていいことなのか?
「困ったな…返答はいつまでに?」
「早い方がありがたく…」
「じゃ…ここに滞在している間に決める。それでいいですか?」
ただ散歩がてらに見学に来ただけなのに…変な話が急に転がり込んで来た。調子のいい話、この世界でハーレム形成は楽なのかもしれない。
「まぁ…嫁さんと相談しますよ」
「良い返事を待っています」
とりあえず今日学んだことと言えば、勝手に出歩かない、素姓は隠し通す、危ない人にはついていかない、の3つだろう。
急展開キタキタキタ~!




