真夜中の街
「サード…」
テスラにそう呼ばれたから目が覚めたわけではない。そして、一緒のベットの中にいるから緊張したわけでもない。ただ何となく目を覚ましたのだ。
「寝顔は一級品なんだがな…」
(今回は)運良く身体が密着していないので、気づかれないようにそっとベットを離れる。カーテンのない窓からは青白い光りが街を包んでいるように見えた。
ちょっと散歩に行くか。
この世界の夜は肌寒く、変装も兼ねてフード付きのロングコートを羽織る。それから高級な部屋を抜け、廊下を静かに歩き、玄関の扉をそっと開けた。ちなみに、最近になってようやく土足文化が根付くようになっていた。
「これはサード様」
「し~っ…静かに頼むよ」
外廊下に出ると護衛隊員が6名も待機していた。その中で最も若く同い年のイレンが俺に普通の声量で声をかけてきたので、俺が人差し指を口に当てて「静かにして」とアピールするも…この世界には通じなかった。
「え…?あの…どちらへ?」
「ちょっと散歩。できれば単独で行きたいのだけれど」
「ダメですよ!」
「静かにしろって」
「あ、すみません…せめて護衛を2人は」
「いや、イレンさんたちに迷惑はかけれない」
「いいんですよ。今回の任務は王女様とサード様の護衛ですし」
「イレン、どうした?」
俺が不満げな顔でアピールしたところへ…ヌッと現れた身長2m以上はある大きな黒人の護衛隊員がイレンの肩を掴み、強引に押しのけながら俺の前へと歩み寄ってきた。茶色いドレッドヘアがチャームポイントなのかもしれない。
「え~っと、ボルトナー…さんでしたっけ?」
「お目にかかれて光栄ですサード様」
ワーナー隊長を超える威圧感。上から覆い被さってくるような気持ちに襲われたが、ニカっと白い歯を見せてくれたおかげで幾分か気持ちが和らぐ。
「私が護衛に参りましょう。エレーナ、お前もだ」
「ボルトナー分隊長の仰せがままに」
彼に言われれば仕方がないので頷いておく。
「エレーナはバーシア出身の者でしてな」
その後、すぐに彼らも変装を行い、ボルトナーさんとエレーナさんの両名を護衛に38階から魔導師ラテラクリフトが発案した魔力を原動力に動くエレベーター的なものに乗り込む。
「しかしサード様…」
「サードでいいよ。特別な身分じゃないしさ」
「それはできませんぞ」
「じゃあ様以外なら何でもいいよ」
「で、では…サード殿、こんな夜更けに散歩などというのは?」
優しいおっちゃん、ボルトナーさんにはそういう印象があった。俺をどこか毛嫌いしているワーナー隊長と俺との間に割って入ってくれるのは常に彼だったからだろう。年齢的には護衛隊員の最年長ということもあり、ベテラン感が滲み出ていた。
「え~っと…ハハハ」
「王女様との夜が緊張しているのでは?」
「いえ!それはまったく!…たぶん」
「若いですな~」
尚、もう1人の護衛隊員エレーナさんは物静かな感じの青髪美人さんだ。感じの、というよりかは物静かなのかもしれない。基本的にあまり話すことはないようだし、こちらが話しかけようとすると拒絶するように鋭い目つきになる。気の強いS女みたいな人だ。とりあえず…テスラとは正反対なものを持っている。
「ボルトナーさん、俺はこの街のことをあまりよく知らない。だから見ておきたいんだ。情報収集って大切でしょ?」
「王女様の講義をお聞きになったのでは?」
「自分の目で見ておきたいんだ。俺の目に写る景色とテス…シラクサ王女の目に写る景色、同じとは思えないしさ」
「まったく…今の大臣たちに聞かせてやりたい言葉ですな」
話している間に1階まで到着した。魔法によって浮力を得ているこれは、振動もなく滑らかな動きをしていたので、普通のエレベーターより乗り心地は良かった。
「ところでサード殿、どちらに向かわれるのですか?」
「正直決まっていなかった。方向は繁栄の塔を目印にしたら問題ないと思ってたし」
星付きの高級ホテル並の豪華絢爛なロビーを抜け、夜中の喧騒とした街に出るも…はてはて。
「あの…エレーナさんの是非ってところは?」
「私がいたのは6年前です。景観がずいぶん変わっていますし、私から言うことは特にありません」
じゃあボルトナーさんはなぜ彼女を護衛に?と思いながら本人を見ると…苦笑で見返された。
繁栄の塔を出てすぐ、足を止めてしまったが、フードを被り、目の前に広がる中央通りへと進んでみた。汗の臭いが染み込んだ労働者が通りに建ち並ぶ居酒屋に入ったり、酔っ払いがフラフラと独特なステップを踏んだり…存外、元いた世界の都会の夜と変わらないものがあった。
「いらっしゃい!いらっしゃい!今日もいい娘がいるよ!」
工業都市ということもあってか、バーシアは観光向きではないらしい。労働者向けの飲食店や風俗店、娯楽施設が多い。さすがに俺のような未成年者には刺激が強すぎた。
「朝昼はこの通りって…こんな感じなんですか?」
「客の多くが労働者。朝昼は通りに人はいませんよ。今日は王女様とサード殿が来たということで大勢集まりましたがね」
「学校や…普通の市場は?」
「労働者は全員が出稼ぎか奴隷ですのでな。自炊するものは疎か、妻子と暮らしているものはおりませんので」
「じゃあ衣食住は運営側が保障してると?」
「表ではそうなっています」
「嫌な表現だな…あとは察するよ」
所詮は奴隷…か。
「でも飲食店等にいるのは全員が労働者なの?」
「はい。奴隷たちは今も働かせられているはず」
「この街の奴隷の数って?」
「表向きには全体の3割程度を占めるとされていますが、実際は5割を軽く超えるでしょう。全国各地から奴隷を仕入れているようですしな」
「その…奴隷市場ってどこにあるんですか?」
「……見に行かれますかな?」
「よし来た。是非ともお願いするよ」
ここから先はボルトナーさんの指示に従いながら、少しずつ悪臭を感じるようになっていく路地裏を進み続けた。
「サード殿はなぜバーシアで披露宴を?」
黒髪の七瀬が人身売買の中心にいる可能性があったから。それに人が集まるところに行けば情報も集まるだろう。ついでにバーシアという知名度の高さを利用すれば、この世界にいるであろう他のクラスメイトたちと合流が可能だから。「俺はバーシアにいるよ」などと広めても、「バーシアってどこ?」と言われれば元も子もないし…
ま、全部が全部…テスラの考えだからな…
「森に囲まれ、交通に不便な首都でやるより、交通整備された平野にあるバーシアでやった方が大勢の人が集まると思いまして…」
この言葉もテスラが用意したものだ。何事も表向けの正当性が大切だとか言ってたな。
「そろそろ見えてきますぞ。奴隷市場ハンセンが」
中央通りから伸びる道をぐねぐね曲がり続け10分、かなり険しい顔で周囲を警戒するエレーナさんとは対照的に、ボルトナーさんは明るい声をあげた。しかしそこにあるのは…どこまでも続く迷路のような細道だけ。
「えっと…どこに?」
思わずボルトナーさんを見上げると、彼は得意げな顔で真夜中の月明かりに照らされたある一点を指差す。なぜかそこだけ月明かりが入り込むような造りになっていた。
「あれは…」
「階段です」
ボルトナーさんの言う通り階段だ。それも地下行きの。その上には普通に建物があるし、繁栄の塔を始め、中世ヨーロッパ並の文明ではない気がしてきた。景観はそれに近いが…魔法という存在で独自の発展を遂げているらしい。
「地上の建物はハンセン商会のものです。そして地下に続く階段の先はデイビス家が運営する奴隷市場となっていますよ。ハンセン商会もデイビス家の傘下だそうな」
「地下って…安全ですか?」
「我々が今現在立っている真下も奴隷市場ですので、崩れることはないのでは?」
何食わぬ顔でボルトナーさんは階段を下って行く。地震とか来ないのかな?そもそも地盤とか…
「エ、エレーナさんは入ったことあります?」
俺は俺が思う以上にヘタレだ。階段の前で足を止め、後ろにいるエレーナさんに確認をとってしまう。
「ないです」
何ともきっぱりな回答だ。
「ちなみにバーシアで地震って起きてますよね?」
「ジシン?…が起きる?何を仰っているのですか?」
「ほら、何の変哲もない地面がいきなり揺れたり…」
「そのような経験はありません」
なるほど…なるほどな。
「この世界に地震という概念どころか…現象すら存在しないのか」
「はい?」
「いや、何でもない。ならいいんだ…ハハハッ」
笑ってしまうよ…これから見る地獄の前で。




