バーシアの塔
「ここがバーシアかぁ…」
ササラを出て、随分と長い旅になったが、途中でテスラの呼び寄せた護衛隊と合流したり、ワーナー隊長に睨まれたりと…後半は気苦労が多かった。
「工業都市バーシア、表向きは首都を超える人口を誇る大都市」
「テスラ…表向きは、とか意味深すぎる」
「だって機械を動かすのは人間だから、24時間よろしくな奴隷の長時間労働が横行して、裏では奴隷市の中心だもん。人身売買の中心地ってことにもなるのかしら?私はここ、あんまり好きじゃないわ」
「そんなこと聞かされて…好きになれるやつの顔が見てみたいよ」
「中堅クラスの商人かな?ここの奴隷って質がいいのに安いから」
新聞で広めたおかげで、バーシアに入ってから…ずっと道の中央を歩いている気がする。気がするというより…
「王女様~!」
「おめでとうございます!」
「王女様~!」
色とりどりの紙吹雪が舞い、道の両端に集まった民衆からは手を振られる。そして何より、俺とテスラを囲むように配置された護衛隊10名が警戒を怠らない。なんとも凄まじいVIP待遇だろうか…
「王女様」
そんなことを思っていると…ひょいと道の中央に躍り出て、こちらに声をかけてくる金髪もじゃ眼鏡の杖を持った男が近づいてきた。護衛隊が誰も反応しないってことは…そういうことなのか?
「ラテラクリフト!どうしてあなたがここに?」
テスラが喜々とした声で呼んだラテラクリフトという男は何食わぬ顔で護衛隊の囲いを通過し、テスラの前で頭を下げた。テスラが足を止めたので、後方にいた俺も、護衛隊諸氏も停止した。
「少しあなたに御用がございましてね」
「魔導師のあなたが私に?」
魔導師?なんだそりゃ?魔法使いと何が違うんだ?
「正確に言いますと…後ろの御仁に用がありまして」
そう言ったと思えば、いい顔で笑ってくる。なんか…絵に描いたような優男、みたいな印象を受ける。
「お、俺に?」
「はい。2年1組とお伝えになればわかるかと」
2年1組…俺のいたクラスじゃないか。つまり、このラテラクリフトさんに拾われた誰かがいるということか?
「一体誰なんですか?」
当然ながら誰かを尋ねるも…魔導師は苦笑した。
「いやぁ~…何事もサプライズは大切でしょう?ですので、明日の披露宴が終了した夜にでも、こちらから足をお運び致します。何せ彼女…引きこもりですので」
「え?てか名前だけでも」
俺の言葉が言い終える前に、魔導師は苦笑したままポンッと光の粒子になって弾けた。
「えあちょ…!…えぇ~?」
何が起きたか理解するのに時間を要した俺に対し、テスラはクスリと笑うと、空へと浮上していく光の粒子の方へと近づき、しゃがみこんで何かを拾った。
「彼はラテラクリフト。王国、いや、世界一の魔導師よ。そして読書好きの学者。万能人とも呼ばれてるわ」
あ~…レオナルド=ダ=ヴィンチ的なね。
「ついでに…変人よ」
テスラは拾ったものを首に装着する。それからこちらに振り向き、それを見せた。赤色に光る大きめのクリスタルの首飾りだったようだが…
「今の服には合わないな」
服装が普通すぎるせいで…クリスタルの派手さに負けてしまう。きっと王女として真っ当な豪華さのあるドレスを着れば、なかなかのものなのであろう。
「ま、そうだね」
テスラはクリスタルを服の中…というか豊満な胸の中にしまい、再び俺の前を歩き出す。
「引きこもり…一体誰なんだ?彼女とか言ってたし、女なんだろうが」
「あら?花嫁を前に浮気?」
「からかうな。あのな、正直…クラスの女子はあんまり好きじゃないんだ。必要のない権力を振り回し、こっちがヘコヘコすれば調子に乗る。でも旗色が悪くなったら周りに頼る他力本願。校則違反を白昼堂々行うわ…化粧もケバいし髪も染める。笑い声だって耳障り。人を見下し、力のある男には媚を売る」
「真っ当な生き方よ。サードは気に入らなさそうだけど」
「だろ?俺のことわかってんじゃん」
「フフン、嫁ですもの」
「じゃあ浮気とか言うのやめないか?」
「それとこれとは別問題ね~」
俺にしか聞こえないような声で話しつつ、民衆に社交辞令よろしくな笑顔を振りまいていた。それが社交辞令だということがわかるようになったのは…つい最近である。
「それにしても…本当に披露宴すんのか?」
「しないと記事に派手さがないでしょ?単純にここに来ただけじゃインパクトないし」
「本気かよ…はぁ~」
「準備等はワーナーに一任してある。中央広場を貸切で大盛り上がりといきましょうよ」
気が進まない。別にテスラと婚約したのには理由があって、その…いろいろと積もるところもあるし…でもゴニョゴニョゴニョ……ああ俺、思春期だな。
新聞の一面を埋めるインパクトが必要だった。でもそのためにガチでやっちゃうなんて…正気とは思えない。ワーナー隊長の準備の手際も迅速且つ的確なものだ。そもそもバーシア全体に飾り付けなどが施され、もうお祭りの準備は整っているようだった。
「今日は最高級の宿屋で寝るのよ?メディア向けに2人部屋で」
軽口を叩けるテスラは彼女を羨ましいと思う数少ない瞬間だった。こういう場での王女としての度胸が半端なものではないのだ。俺は民衆に今にも押し潰されてしまいそうで…その度胸が欲しくてたまらない。
「なぁ、あのサードっていう若いの…緊張してねぇか?」
「そりゃそうだろ。王女様との結婚だぜ?」
「若いのに白髪とは聞いたこともない」
「一体どこのどんな野郎なんだ?」
「さぁな。空から降ってきたらしいぜ」
「なんだそりゃ?あの王女様も物好きな人だぜ」
「お堅い皇太子とは大違いってな」
はい、そこの左側のおっさんたち…俺って能力者になってから視力だけじゃなくて聴力も少し良くなったんだぜ?周りが騒々しくても丸聞こえだこの野郎…どうせ緊張してるよ!
都市の中央に向かう道に曲がり、正面に中世ヨーロッパ文化じゃあり得ないような…現在の上海やニューヨークなどでよく見る高層ビル並の建物が姿を現した時、俺はもう、重たい何かに押し潰されかけていた。いや、潰されたな。
「テス…王女、あの大きな建物は?」
辛うじて出た声も裏返っていた。
「バーシア総督デイビス一族の大御殿。光を浴びる人間は繁栄の塔と呼び、陰で暮らすものには魔王の城と呼ばれている…王国最大の工業都市バーシアの繁栄と格差の象徴よ」
どこか悲しげに言うテスラの言葉である程度は察せれたが…果たして、あの塔を見上げているクラスメイトは何人いるのだろうか?
空を見上げると…雲一つない真っ青な空が広がっていた。




