引っ込み思案少女と魔導師
この世界に来て10日目。友達も何もかも失った私。ついさっき…携帯電話の充電が尽き果てた。もう私には何も残されていない。
「ユキノさん、また引きこもりですか?」
そんな私を拾ってくれたのは優しい魔導師さんだった。どういうわけか、彼は空腹且つ傷だらけの私をもてなし、家に留めてくれた。
「ユキノさ~ん、入りますよ?」
生来の引っ込み思案である私は人気者の夏子ちゃんの後ろに隠れることで生きてきた。その夏子ちゃんが…
いやや!いやぁぁぁぁああ!
目の前でグチャグチャになり、夏子ちゃんの友達も全員が大きな蜘蛛に食べられてしまった。私も死ぬのかなと思っていたら…頭上を白いドラゴンが飛んで行き、蜘蛛は皆、そのドラゴンを追いかけて行った。結果として、私1人が取り残された。
「入るよ?本当にいいの?…失礼しま~す。僕の家だけど」
何はともあれ、私は夏子ちゃんと限られた友達としか会話したことがなく、当然ながら男性との会話などからっきしだった。そのこともあって…ずっと魔導師さんの家の一室に閉じこもってしまった。
「暗いね…カーテンが閉まっているじゃないか。日光は大切だよ。本当にね」
「すみません…ごめんなさい」
「2種類の謝罪を同時に使う子は初めて見たな」
私が扉から最も離れた部屋の隅でうずくまっているのを、部屋に恐る恐る入ってきた魔導師さんが苦笑していた。電気もなく、カーテンも閉めたままの暗い部屋で表情がわかる理由は…魔導師さんの持っている長い流木のような杖の先端が光っていたからだ。
「朝食の用意が出来ているんだ。君も食べにおいで」
扉のすぐ近くにあるカーテンが開けられ、眩しい光が窓から部屋に流れ込んで来た。魔導師さんの金髪の天然パーマも輝きを帯び、丸い眼鏡がキラリと光を反射させた。その反射した光はあろうことか…私に直撃する。
「あの…すみません」
「さっきも聞いたよそれ」
魔導師さんは私が怖がらないように決して部屋の奥には踏み入れて来ない。彼自身の家だというのに、占拠してしまったという罪悪感がそれを見る度にこみ上げてきた。なので…3日ぶりに部屋の隅から動いてみることにした。
「お、ようやく心の扉が解錠!…って感じ?」
私が立ち上がり、魔導師さんの方に歩いていくと彼は満面の笑みを浮かべる。まるで心待ちにしていたようだ。
「3日も飲み食いせず、暗い部屋に閉じこもりっきり…心配したぞ?あの部屋で死体が発見されるなんて考えたくもなかったよ」
人の良い魔導師さんだ。名前は…ラテラクリフトさんだったはずだ。
「すみませんでした」
「もう聞き飽きた。早く下においで。僕も君も…お互いに聞きたいことがあるはずだから」
何も食べていないせいでフラつく私の右手を取り、優しく2階から1階に降りるエスコートをしてくれる。
「僕の家は普段、僕1人しかいないから、久しぶりに他人と朝食が摂れると思ったら…久々に腕によりをかけてしまったよ」
家自体は2階建ての4LDK。特別広いわけでもなければ、狭いわけでもない。外には猫の額ほどの庭があるだけだった。
「さ、掛けて掛けて」
「すみません」
「すみませんは禁止ね」
「…すみません」
「こ~ら」
案内された食卓の上には…見たことがあるようでないような料理が並んでいた。ここに来てすぐは空腹で意識したことがなかったが、よくよく見ると…おかしい。でも私は死んでいない。つまり食べても毒ではないようだ。
「ささ、お食べ」
「い…いただきます」
西洋の朝食っぽい。丸い形をしたパンっぽいのが主食だとすると…キャベツっぽいオレンジ色の何かと緑色の…肉?っぽいのが主菜になるのか。そしてスープは…まさかの青色。中の具材もカットされているために謎だ。ただ驚くべきことに…使用するのは箸だった。
「おや?食べないのかい?」
困惑していた私に魔導師さんは不思議な顔をしつつ、緑色の何かを口に運び、青色のドロドロしたスープを流し込んだ。
「あの…この緑色のって?」
「ケルメルケシュの実のことかい?苦手だった?」
実…肉じゃなかったのか!表面に焼き色がついていたし、油っぽい液体も出ていたからてっきり肉だと思ったのに!よくわからないけど…危なかった!
「いえいえそうじゃなくて…じゃあこのスープは?」
「ゴルタスの羽を3日3晩煮込んだだし汁にエヤの粉末を加えて、さらに2時間寝かせたスープだよ。具材はダッコンとクルファデア、ザットーの胸肉」
…わけがわからない。じゃあどれが青色の成分を持っているんだろうか?ゴルタス、ザットーは生き物なんだろうけど…
「ちなみにですけど…オレンジ色のは?」
「ダッテンバーのヒゲです」
ヒゲ?…キャベツじゃないの?これも生き物の部位?
「じゃあこのパンっぽいのは…!」
「セルメイエスのコブがどうかした?」
セルメイエスの…コブ?パンじゃない…主食じゃないってこと?
「あの…どれが炭水化物でしょうか?」
「タンスイカブツ?………あぁ~…あれが好きなの?」
「好きというか…」
「ちょっと待ってて。持ってくるから!ちょうど捕まえてきたところなんだ!」
捕まえて…きた?この世界では小麦や米が暴れているのかな?…んな馬鹿な!
「ちょっと…!」
私の疑問と制止を無視し、魔導師さんは食卓を離れて行った。せっかちな人なのか…なんなのか。
「あ………はぁ」
やっぱり知らない人と話すのは苦手だな、なんて思う自分がいる。これからどうしていけばいいか…1人で考えないといけないなんて考えるのもゾッとする。
「これは?」
そんな時、魔導師さんの座っていた側の料理の横に新聞と思しきものを見つけた。そしてそれがパッと目に飛び込んでくる。
「シラクサ王女が婚約を発表…相手は白髪の青年?…名前はサード…空から降ってきた…………釜谷君?」
「ユキノさんの言ってたのってこれでしょ?タスカンダツ!君はきっと隣の地方から来たんだね~。これの呼び名ってたくさんあるから!タンスイカブツは初めて聞いたけど」
魔導師さんは深海魚みたいなドロっとした大きな魚をぶら下げて戻って来たが…私にはもうどうでもいい気がした。
「あの…!…この記事…!」
私は新聞の記事を魔導師さんに聞いてみたくなってしょうがなかった。
「うん?…ああ、ササラって町に住んでる情報屋の友人が送って来たんだ。その記事を書いたのも彼でね」
「そうじゃなくてそうじゃなくて…!えーっと…この相手の人について聞きたいんですけど!」
焦るな私。落ち着け。
「相手の人…サードって子のことかい?情報屋の彼でも謎だったらしいよ?王女様本人に詳しく聞いても笑顔で躱されたんだってさ。年は王女様より2つ下とか言ってたけど」
「王女様っておいくつなんですか?」
「確か…19。でさ、このタスカンダツなんだけど…」
つまり17歳。サードは釜谷君のことだよね?夏子ちゃん達が付けたアダ名だもん。
「あの…私…その人に会ってみたいんですけど」
私から見て食卓の奥にある台所で包丁を握った魔導師さんはキョトンとしたが、何やら満足そうな笑顔を見せた。
「ようやく君の意思を見せてくれたね。だったら僕は何でも手伝うよ。彼女ら、明後日にはここからすぐのバーシアに来るらしいから…その日に行こうか。実は僕、その王女様と面識があるんだ」
「あ…是非お願いします」
ひょっとしたら釜谷君が他に生き残った皆を集めようとしているのかもしれない。釜谷君って…やっぱり頭良いんだな…
『ユキノってサードのことが好きなん?』
『え…あ…うん、実は』
『それほんま?アハハッ!お似合いちゃうか?』
どうして今それが…!
不意に夏子ちゃんとの会話が蘇り、私は反射的に…スープを啜った。啜った後になって気づく。啜ってしまった事実を。
「あ…ああ…」
飲み込んだ瞬間、手に持っていたスープの器を床に落とす。
「どうしたんだい⁉」
私はあまりもの衝撃的な味に…椅子ごとひっくり返る。
あ…甘すぎる…カブトムシの餌かってくらいに…
いやん。サードを中心に恋の波乱?
サード…爆ぜればいいのにな~




